体育祭超目玉競技の肝試しが今から始まる。
全生徒は体育館へ移動し、座席に着いている。
肝試し参加生徒の三名は別室に移動。外の様子は分からない。そして三年の出場者のここねは、死地へ赴く雰囲気を纏いながら別室へ向かった。
「怖いのなら耳栓でもする?」
「持ってるんですか?」
「持ってないわ」
そう言って
この肝試し、観客に与えられる情報は音声のみ、出場者の悲鳴だけが聞こえる仕様。
出場者は別室からスタートし、校舎のある場所に置かれている札を取ってくるというシンプルなもの。
シンプルなのだが、あまりの怖さに未だに札を持って帰って来た者はいない。去年の出場者である
「あれはヤバいわ」
ヤバいのだ。ここねが参加すると言った時は卒倒しそうになったが、頑張ってなにがあったのかを教えた。
今まであまりの怖さに情報が回っていなかったため、仕掛けが去年と同じなのか分からないがとにかく頑張って教えた。聞いたここねも顔を青くしていたが、ぶっつけ本番であれを経験するよりマシだろう。
「そんなにヤバかったの?」
「もう、思い出したくないわ。あれはそういうものなのよ。ヤバい、ヤバすぎるわ」
「涼音、ヤバいらしいわ」
涼音の耳元でそっと囁く。
「あーーーーーーー!」
耳を塞いでいる手は涼香の手であるため、涼音に抵抗するすべはなかった。
「静かにしないさいよ」
「ごほっごほっ。今日は頑張りすぎたせいか、凄くしんどくなってきました」
「なら私の膝で寝る?」
「いちゃつかないでよ!」
顔を赤くした菜々美が二人の会話を遮る。
「ちょっと、静かにしなさいよ」
「あたし的には賑やかな方がいいんですけど」
涼音がやれやれと耳を塞ぐと早速体育館に設置されているスピーカーから一年生の叫び声が響く。
既に始まっていたらしい。その不意打ちの叫び声に体育館内がざわめく。
「ヤバいわね……」
顔色を悪くした菜々美がそっと呟く。
なにがヤバいのかは、去年参加した生徒しか知り得ない。
「まさか……そんなことが……⁉」
涼香がそれっぽいリアクションをとる。菜々美はこいつが行けばいいのに、という気持ちを込めた目を向ける。
「場を和ませただけよ」
髪を払う涼香の膝元では、涼音が耳を塞いで丸まっている。
それから二回ほど叫び声が響いたあと、競技に参加していた一年生が戻ってきた。涙と冷や汗で髪の毛がへばりつき、震える身体を抱きしめてへたり込む。
――途中リタイア。
その生徒の友達が、すぐに駆けつけて慰める。
戻ってきた一年生をゆっくりとパーテーションで仕切られた仮設の救護室へ運び込む。
「三回目の絶叫でリタイア……。そう、あそこで……」
「いやそれ私のセリフ」
またもやそれっぽいことを言う涼香に菜々美はツッコむ。
三回目の絶叫ポイントを思い出した菜々美だったが、涼香のおかげで気が紛れ、平常心を保てている。
「気が紛れるでしょう?」
「おかげさまで……ありがとう」
「その感謝はお寿司で返して貰うわ」
「分かったわよ」
菜々美は軽く頷く。
この後、軽く頷いたことを後悔するのことになるのだが、それはまた別の話。