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3-7

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 部活を終えて罰になってる後片付けをし、重たい体を引きずりながら教室に戻って、置きっぱなしにしていたスクールバックを手にした。悠真から借りた文庫本は、教科書とは違う仕切りポケットに入れて、大事に扱っている。


 その部分を外からそっと触れて、本の存在を確認した。


(食後に宿題をしてから読むか、それとも先にこれを読んでから宿題をするか。どっちにしろこの気分じゃ、あまりページは進まないだろうな)


 大きなため息をついてスクールバックを肩にかけ、ゆったりとした足どりで歩き出した瞬間に、教室の扉が開け放たれた。


「西野、ちょっとだけいい?」


 声をかけてきたのはクラスメイト数人で、背後を気にしながら中に入ってくる。


「いきなりどうしたんだ、クラスでなにか問題でもあったのか?」


 俺の知る限り、今のところウチのクラスでイジメはない。校則が適度に緩いせいで、派手な身なりをしているヤツが数人いるものの、副委員長の佐伯が目を光らせているおかげで、クラス内ではトラブルが起きていなかった。


「問題というか。おい佐伯はちゃんと、学校から出て行ったんだよな?」

「それは確認済み。隣のクラスのヤツと一緒に、仲良く帰ってるのを見た」


 副委員長の佐伯には言えない話をするのがわかり、肩にかけたスクールバックを自分の机の上に置いた。


「俺に話ってなんだよ?」


 悠真のことで、気落ちしている場合ではない。委員長として、クラスメイトの話をきちんと聞かなければ!


 俺がクラスメイト5人に向かい合ったら、中央にいるヤツが気まずそうな顔で口を開く。


「西野ってさ、月岡のことが好きなんだろう?」

「あ……えっと、うん」


 クラスメイト全員に、恋バレしている事実を佐伯から事前に聞いていたので、思いきって肯定した。この規模でバレているのなら友達伝いで、いろんなヤツが知っていてもおかしくはないだろう。


「それを聞けて良かった。西野って気遣い屋だから、クラスの雰囲気をもっと良くしようと考えて、月岡にウソの恋を抱いたところを見せることで、B組を盛り上げる可能性もあるなって思ってさ」

「気遣い屋なんてそんな。俺は去年と同じことをしてるだけだし……」


 クラスの委員長でアルファの俺だから、クラスメイトに気を配るのは当然だ。それを当たり前だと言い聞かせて、これまで過ごしていた経緯もある。


 言葉を中途半端に濁して肩を落とした俺に、目の前にいるクラスメイトたちは明るい表情で声をかけた。


「陽太が月岡にラブなのはわかったのに、西野のプライベートに口を挟むなって、佐伯が言ったろ。だけどふたりのやり取りを見ていて、すげぇもどかしくてさ」

「そうそう! なんか俺らに手伝えることがあるなら、遠慮せずに言ってくれよ。学校行事や体育でペアを組むとかあったら、うまいこと誘導してやるし」

「フェロモン爆散して、ムダに空回りしてる西野が、かわいそうでならなくて」

「陽太が落ち込んでるのを、これ以上見ていられない」


 などなど、ほかにも同情するセリフを延々と聞かされることになり、それが正直なところすごくショックだった。


(悠真に恋をしてまだ数日だって言うのに、俺ってばクラスメイトから、かわいそうなヤツに見えているのかよ……)


 それを脱するために佐伯だけじゃなく、クラスメイトの恋バナを聞いて、今後の対策に役立てようと考えた。


「ちなみに皆は、誰かと付き合ったことがあるのか?」


 夕日が陰りはじめた教室でする恋バナは、からかうような雰囲気が一切なく、真面目にピュアな話をしてくれるような気がした。


「俺は中学のとき。共学だったから、彼女から告白されてそのまま付き合った。でも別々の高校に行ったら、自然と疎遠になったな」

「なるほど、彼女からのアタックか」


 確か父さんも母さんから告白されて、付き合ったって言ってたっけ。


「そう。お試しで付き合った感じ」


 すると聞いてくれと言わんばかりに、端にいるヤツが手を上げた。


「彼女から迫られるのもそうだけど、オメガのヤツもわりと攻めてくるよな。俺はベタなのにさ」

「僕は西野と同じアルファだから、フェロモンのせいでオメガが寄ってくるのが多いよ。付き合う以前に、匂いを嗅がれて終わってる。運命のつがいじゃないのが、それでわかるしね」


 普段はしない男同士の恋の話に、それぞれ思うことがあるからか、会話が全然途切れない。


「運命のつがいって、なかなか出逢えないらしいな」


 俺がポツリとこぼしたら、集まったクラスメイトが神妙な面持ちで頷いた。


「出逢った瞬間に、体よりも心が反応するみたいだよ。この人が運命のつがいだって」

「それがわからないから、いろんなヤツと付き合い、そのうち妥協して結婚するのが常識になってるけどな」


 常識というセリフを聞いた瞬間、両手の拳をぎゅっと握りしめる。


「悠真のこと、俺は運命のつがいだって思った。それは思い込みなのかもしれないけど、諦めたくないんだ!」


 悠真はベタで、フェロモンを感知しない体質。運命のつがいなら、なにかしら反応がなきゃおかしな話なのだが、それでも俺は悠真以外、考えられない。


「1年のとき、月岡と同じクラスだったんだけどさ。今と同じくアイツは、仲のいい友達を作ってなかったんだよな。いつもひとりで本を読んでた」

「月岡って嫌われる要素がないのに、どうして友達を作ろうとしないんだろ?」


 クラスメイトが疑問に思ったことを口にしたら、揃って首を傾げた。


「友達はいなかったんだけど、癒し系な存在感があって、地味にモテてたんだな、これが」

「悠真がモテた?」


 俺が焦れた声で反応すると「フェロモン漏れてる、抑えろ」って、笑いながら声をかけられた。


「出してないし!」

「からかって悪かったって。でも月岡が誰かと付き合ったっていう話は、聞いたことがないぞ」


 俺の知らない悠真の話に、ほかのクラスメイトも次々と情報を提供していく。


「僕も知らない。付き合ってって月岡に迫ったら、笑いながらOKしそうだよね」

「拒否るところを、見たことがないからなぁ。でも積極的に誰かに話しかけようとしたのは、陽太がはじめてなんじゃないか? 今朝、本を持って駆け寄って行ったよな」


 言いながら俺を指差したクラスメイトに無言で頷くと、傍にいるヤツが腕を組み、難しい表情で語りだした。


「月岡ってさ、自分の席で静かに本を読んでるイメージが強いから、珍しさも相まって今朝は目についたよな」

「陽太、少しは脈があるかもよ」


 なんて嬉しいことを言われたら、ポジティブシンキングな俺は黙っちゃいられなかった。


「おうよ! 運命のつがいは、絶対に俺が掴むって決めてるんだ。だからさ、困ったことがあったときはヘルプを出すから、そのときは手伝ってほしい。よろしくな!」


 こうして佐伯にナイショで、こっそり同盟を結んだ俺。明日からもまた、悠真と仲良くなるために、クラスメイトにがんばることを誓ったのだった。

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