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第119話 中学時代を振り返る(小川真奈美の場合)

 男女交際という言葉を、中学生になってから知った。

 男子と女子が好き同士になって、恋人として付き合っていく。そういう関係は知っていたんだけど、どうにも堅苦しく感じる言い方があるんだなって思ったものだ。


「つまり……あおっちときのぴーは高木くんと男女交際をしているわけですな」

「真奈美ちゃん? いきなりどうしたの?」


 私の発言にあおっちが首をかしげる。かわいいあおっちはセーラー服がとても似合っていた。

 私なんてぐんぐん身長が伸びちゃってもう一七〇センチだ。あおっちを始めとした他の子みたいにセーラー服は似合ってない。別に部活で活躍できるから気にならないけど。


「で、どうなの? 高木くんと男女交際ってやつをしてて楽しい?」

「……うん。とっても」


 頬を鮮やかな朱色に染めちゃってまあ、とっても嬉しそうだこと。……ちょっとだけ羨ましくなるほどに嬉しさが伝わってくるね。


「ほうほう。それはようござんしたね……。あんなに小さかったあおっちもすっかり女になっちゃって、このこのー」

「ちょっと真奈美ちゃん。やめてよー」


 あおっちの肩を指でつんつんつついてじゃれる。それにしても本当に成長してるね。主におっぱいがね、うん、とくにね。……どうしてここまで差がついたのか。ま、まああれだけ大きいと運動するのに困りそうだからいいんだけどね。うん。

 なんて、あおっちのおっぱいに視線が向いていたのか、考えていたことが気づかれたのか。

 つついていた手をとられて、にっこり笑いながらこう言われてしまったのだ。


「真奈美ちゃん。やめようね」

「……はい」


 本当に成長したねあおっち。……主に威圧感が。


 あおっちときのぴー、そして高木くん。この三人のせいで三角関係ってものは案外良い関係なんじゃないかって思ったものだ。

 恋愛ドラマでの三角関係とは明らかに違っていたから。ドロドロの修羅場なんてものはなく、三人の後ろに花が咲いてそうなくらいの仲良しっぷりである。私が三角関係に疑問を持ったってしょうがないほどだ。


 中学生になればみんなそれなりに変わるようで、この三人以外にも浮いた話がちらほらあったりする。

 本郷くんは小学生の頃と同じく女子からキャーキャー黄色い声を浴びているのは変わらないんだけど、なんていうかその声の質が違う感じがする。テレビの中のアイドルに対するものから、実際に手の届く人に向けるものへと変わったような、とでも言えばいいのかな。実際にいろんな女子から告白をされてるらしい。

 そんな微妙な変化よりもすごく驚いたのはあかちゃんだった。なんと彼氏を作ったのである。あおっちやきのぴーならともかく、まさかあかちゃんにまで後れをとるとは……。乙女的な敗北だった。

 その他の人もそれぞれの変化があった。みんな段々と変わってきて、違ってきて、私もそうなっているのだろうかと気にはなった。



  ※ ※ ※



「てりゃあああーーっ!!」


 腕をムチのようにしならせる。振り抜いた先にあるのはバレーボール。私のアタックはナンバーワンだ!

 強烈なスパイクは見事に決まった。コートに叩きつけた大きな音に、我ながら惚れ惚れする。


「ナイス真奈美!」

「きのぴーも絶妙なトスだったよ!」


 きのぴーとハイタッチする。バレー部での私達はゴールデンコンビなのだ。

 やっぱり体を動かすのって楽しい。気分はスッキリするし、自分だって青春しているんだって思える。


「それにしてもさ。きのぴーってなんでバレー部に入ったの? きのぴーならどこの部でも引っ張りだこでしょ」


 練習が終わり、更衣室で着替えながらずっと不思議に思っていたことをぶつけてみる。

 きのぴーって小学生の頃に水泳やってたし、それでなくとも運動神経抜群だ。他にいくらでも活躍できそうなのに、なんでバレーなんだろうって思っていた。もちろんそのバレーは大活躍しているんだけどね。

 練習着を脱いだきのぴーがちょっとの間だけ固まった。それから私から顔を逸らす。え、なんで?


「……あたし、部活では団体競技をしてみたいなって思っていたのよ」

「ほうほう。でも、団体競技ってバレー以外もあるよね。それこそ同じ体育館でバスケ部も活動しているし」


 顔を逸らしたままのきのぴーだったけど、段々と耳が赤くなってきた。肌がとっても白いから赤くなるとすぐにわかるんだよね。


「……真奈美となら楽しそうだなって思ったのよ」

「え?」


 今度は私が固まる番だった。

 え? 今なんと? きのぴーが言ったことをがんばって思い返す。

 私となら楽しそう? それって……。


「きのぴーってば、私といっしょに部活したかったの!?」


 待って待ってよく考えろ私。男子の高木くんは柔道部。あおっちは美術部だ。この二人が団体競技を選ばなかったからってことだよね。


「べ、別にいいでしょ。真奈美運動できてたし、いっしょにするなら自分と近い能力がある方がいいと思うのは当たり前よ」


 なぜかフン、と鼻を鳴らすきのぴー。耳が真っ赤なのは隠せてないけどね。


「そっかそっかー。ぐふふふ」

「真奈美、変な笑いをするのはやめなさい」


 へ、変じゃないやいっ。

 誤魔化すわけじゃないけど、私はきのぴーに抱きついた。驚きのスベスベな肌が感触から楽しさを伝えてくれる。人の肌に触れて楽しいってことあるんだなと新発見する。


「ちょっ!? いきなり何!? やめなさいってば!」

「やめないもーん。私もきのぴーといっしょの部活で嬉しいよぉ。ぐふふふ」

「きゃあっ!? どこを触ってるのよ!」


 悪ふざけが過ぎたらしく、この後きのぴーからげんこつをもらうこととなってしまったのであった。



  ※ ※ ※



「あっ、佐藤くんだ」

「ん? 小川さんも部活終わりなん?」


 着替えを済ませたきのぴーと別れる。どうせあおっちと高木くんといっしょに帰るんだろうし、いちいち聞くのは野暮ってもんでしょう。

 そんなわけで一人で帰ろうとしていたところ、佐藤くんとばったり会ったというわけだ。彼もちょうど将棋部の活動が終わったらしい。


「部活、ご苦労様だね佐藤くん」


「なんやねんそれ」とか言いながら佐藤くんは笑った。佐藤くんらしい柔らかい笑い方。でも、なんだか違うきもする。何が違うかってはっきりわからない。雰囲気とかかな?


「小川さんもご苦労さん。ほなちょうどええしいっしょに帰ろうか」

「ジュースおごってくれるんなら、しょうがない、いっしょに帰ってやろう」

「なんで上から目線やねん」

「だって私の方が背が高いもんね」


 佐藤くんも背が伸びてきたけど、まだまだ私の方が高い。

 それが悔しいのか、彼は唇を尖らせる。こういう仕草はまだ子供だね。


「……成長期がきたら絶対に小川さんを追い抜いたるわ」

「ふっふっふーん。そうできたらいいですねー」

「くぅ~。絶対の絶対! 小川さんよりも僕が背ぇ高くなったる! そしたら――」

「そしたら?」

「……その時言うわ」


 ムキになっていた佐藤くんは急に冷静になって先を歩き始めた。からかいすぎちゃったかな?

 ていうか気になる。佐藤くんは何を言おうとしていたんだろ? 教えてくれないかなぁ。

 速足で佐藤くんに追いつく。不機嫌になったように見えて、私がすぐに追いつけるようにしてくれてたみたいにゆっくりとした歩みだった。


「そしたらの続きは何よー」

「だからその時になったら言うゆうてるやろ」


 そっぽを向かれてしまうと諦めるしかない。くっそー、教えてくれたっていいのにー。

 すっかり暗くなった道を二人で歩く。練習後だとお腹が減ってしょうがない。運動部はハードなのだ。

 どこからかソースのいいにおい。食欲が刺激されてお腹が鳴りそう……。


「何かいいにおいしてるよね」

「あそこにあるたこ焼き屋からやね」


 佐藤くんが指さした先にたこ焼き屋があった。ああ、視界に入ってしまうと余計にお腹が減ってきた。


「食べる?」

「い、いやぁ、今お金ないし……」

「なら今日は僕がおごったるわ。その代わり、今度は小川さんが何かおごってえな」


 むむ、空腹には代えられないか。たこ焼きくらいなら晩御飯に影響もないだろうし。私はその提案に乗ることにした。


「佐藤くんがそこまで言うならおごられてあげましょう」

「だからなんで上からやねん」


 ぶつくさいいながらも、佐藤くんはたこ焼きを買ってくれた。手ごろなところに座ってさっそく食べることにする。

 一口食べて、べちょっとした触感に戸惑う。これは……ま、まあお腹空いてたからそれなりに、ね。ソースとマヨネーズはしっかりかかってるわけだし。


「なんやこれ。不味いなぁ」


 佐藤くんド直球!? おごられてる手前文句なんて言えなかったてのに。

 佐藤くんは自分の分をさっさと食べ終えると、難しい顔をした。


「やっぱりダメやな。焼き方以前の問題や。ここ新しく出した店やったから期待しとったのに、この味ならすぐに潰れてまうやろね」


 佐藤くん厳しい。そういえばたこ焼き好きなんだっけ。いつだったか、本人から聞いた気がする。


「ごめんな小川さん。これならもっといい店にするんやったね」

「べ、別にいいって。私おごられてる立場だしさ」


 確かに微妙とは思ったけど、佐藤くんほどの文句はないし。うん、なんで店の人でもないのに心配してんだろうね。


「せや、今度僕がたこ焼き作ったるからうち来いひん?」

「佐藤くん自分でたこ焼き作れんの?」

「もちろんや。前に宮坂さんと木之下さんも食べてくれて美味しいゆうてくれたから女子の口にも合うと思うで。赤城さんなんかたくさん食べてくれたんやで」

「へー、みんな食べてるんだ……」


 あれ、なんだろう……。ちょっとだけ息苦しいみたいな感覚に襲われた。

 なぜだろうと考えて、すぐに答えが出た。

 そっか。みんな食べたのに私だけ佐藤くんのたこ焼きを食べてないのがいけないんだ。つまり、私だけ仲間はずれにされてたってことか!


「痛っ! って、いきなり叩いたりしてなんやねん!?」


 気がつけば佐藤くんの頭を叩いてしまっていた。私の方が身長高いから叩きやすかった……なんて言ったらダメよね。理由はどうあれ手を出した私が悪い。

 私は立ち上がって数歩進む。振り返った時、佐藤くんは困惑顔で、笑えてきた。


「人を叩いといて何笑うてんねん」

「今度たこ焼き作ってくれたら許してあげるわよ」

「は? なんで僕が許してもらわんとあかんねん」


 とか言いつつも、佐藤くんはやれやれとかぶりを振っただけで許してくれる。なぜかちょっとだけ恥ずかしくなって「ごめん」と言うタイミングを逃してしまった。

 みんなが少しずつ変わっているように、自分も何かが変わっている。そのことに気づくのは、まだ先の話だ。

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