龍と話した翌日の夕方、アリスは霞家の門の入り口に立っていた。
実は土曜日龍と事件について話した後、学校にてサチとコウから日曜日の夕方に家に来て欲しいと言われたのである。
今回は泊りになるかもと言われたので今度は香織を一人でのお留守番にすることが出来たのでやってきたのだった。
「二回目とはいえ……あのときは急いでたからあれだけど……じっくり見るとでかいな……さすが名家」
アリスが門をくぐり、玄関まで歩いていくと。あることに気づいた。
大切な客人を出迎えるためになのか、大掃除をしたのかというレベルでピカピカである。
(大掃除……の時期ではないもんね……誰か来たのかな)
アリスが誰かを呼ぼうとしたがそこに一人の少女が現れる。
「あ」
「あ」
お互い見合うこと数秒……先に切り出したのは少女の方だった。
「あの!」
「あ、はい」
「申し訳ありませんが、今日は大事な来客の予定がございますので。お引き取りを」
「え?えぇ……」
(あれま?確かにサチとコウにこの時間に来るように言われたんだけどなあ……予定変わったか?)
素直すぎたアリスも悪かったが、後ろを向いて歩こうとしたアリスに聞き覚えがある声が飛んでくる。
「アリス様!?」
「ほえ?」
アリスが振り返ると急ぎ足で玄関の向こうから霞家当主の三枝が焦った顔でやって来る。
そして、アリスという名を聞いた少女の顔が驚異的な勢いで青ざめていく。どうやら今日来る来客がアリスということは知っていたが顔までは知らなかったのだろう。
「あ、三枝さん」
「え?アリス様?アリス様!?申し訳ございません!アリス様と気づかずに何てご無礼を」
少女が直ぐに頭を下げる。
「え?ああ、良いよ良いよ!気にしないで私も名前言わなかったのが悪いし!」
「アリス様、ようこそおいでくださいました。時間通りで……準備は整っておりますのでこちらに」
「ああ、はい」
(準備?)
アリスが通されたのは前に来た時と同じ部屋だったが、やはりここも来客用に様々な調度品等であしらわれている。
まるで来る客を丁重にもてなすためにかのようだ。
アリスが座ると先ほどの少女がお茶を差し出す。
「あ、ありがとう」
お茶をすする
(うまいけどなあ……名家だから多分高級茶とか使っているんだろうけど、いかんせん、あたしゃあ庶民なもんで違いが分からん)
「いかがですか?」
やってきた三枝がお茶の感想を求めてきたのだろう、アリスの対面に座る。
「あー、えっと……」
(正直に言うべきかな……お世辞でも言った方が……)
「アリス様」
「は、はい」
「正直におっしゃっていただいて構いませんよ?」
「あー、良く分かんなかったです……はい、旧日本のお茶の味も知らないので……それにここに来てからこういう……高級なお茶って言うんですか?飲む機会が無かったもんで」
「ふふふ!そうですか……あなたのお立場上、これから味わう機会が多くなると思いすので今のうちに味を覚えるのも良いと思いますよ」
「はははそうですね」
「それでは」
「へ?」
三枝は座っていた座布団からずれると、深々とお辞儀をした。
「へ?……え!?」
「アリス様、この度は我が霞一族の汚名を晴らすばかりか皇族御守護のお役目への復帰に尽力いただきまして誠にありがとうございます」
「……へ?」
アリスは固まった。そして今日のすべての霞家のアリスの対応に少し納得もした。
来た時から少し感じてはいたが、三枝の服装も前回来た時とは全く違っていた。
普通の客人や友人を迎える服装でなかった、明らかに上客を迎えるための服装なのだ。
「顔を上げてください!私は単純に友人を助けるためにやった事なので!」
「アリス様」
「あ、はい」
「我々霞家は名家です。他の名家では知りませんが霞家では恩義を受けたなら必ず出来る限りの忠義を持って返すこと!と昔から教えられてきました」
「はあ」
「しかし、今回の一件、たった一度のお礼では返しきれないと判断しております。ですから我々は考えました」
「何をでしょう?」
「アリス様のこれからの学園生活、及び、この日本で生きていく上でのサポートが出来ればと思っています」
「なるほど?」
「そのうえでまず手始めに……」
三枝が手を鳴らす。
「失礼いたします」
アリスから見て左のふすまが開くと、そこには女性が居た。
そして……。
「お、おおお」
次々にアリスのテーブルの前に料理が運ばれてくる。
「え?お?すご」
しかもその料理は普通の居酒屋で出されるような料理ではない。
高級料亭や老舗の旅館で出されるような一品一品が丁寧に作られた至極の料理だ。
海の幸から山の幸、果てには高級和牛のようなものまで並んでいる。
「えーとこれって」
「我が霞家は皇族御守護のお役目から外された後、魔法戦闘の道場を経営しておりますが別に本業として料亭や旅館を経営しております。今日はそこに努めている腕利きの料理長を呼び寄せ、作らせました。皆霞家を救ってくれたアリス様のためならと喜んで腕を振るってくれました」
「ははは」
アリスはもう笑うことしかできなかった。
「でもなんで料理何ですか?」
「簡単ですよ。いくらこれからの生活をサポートすると言っても最初ぐらいは一族を上げてお礼がしたいと思っていましたので」
「はあ」
ここでアリスは一つ気が付いた……料理の量が多いのだ。
さすがに育ち盛りのアリスでもこの量は多い、見ただけで三人分ぐらいはある。
これを食べきれるのは高校球児ぐらいだろう。
「あの……これ量多くないですか?さすがに私でも食べきれないっていうか」
「ああ、それは今から話します……入ってきなさい!」
「ふえ?」
アリスから見て左側……縁側に通じている所から二人の少女が姿を現す。
「……わお」
そこに居たのはサチとコウだったが、一族上げて着付けや化粧をしたのだろう。
誰が見ても見目麗しい和服美人である。
サチは髪を後ろに結び、コウは髪を下ろしていた。しかし、髪型の違いはあれどそこに居るのは正真正銘瓜二つの美少女だ。さすがに二人とも見られるのが恥ずかしいのか赤面し視線を落としている。
アリスの思考は停止した。
(待て……待て待て待て待て!サチとコウだよな!?ばちくそ綺麗なんだが!?しかも何だあの和服……似合うってレベルじゃないぞ!?むしろこの二人より似合う人は居ないんじゃないかって奴だぞ?あああ!なんであたしは男じゃないんだ!男なら二人を確実に嫁に取るのに!旧日本の両親よ!何故私を男として生んでくれなったんですかあ?あああ!)
「お母さん!二人をくださいーーー!」
アリスはその場に勢いよく頭を下げて懇願した。そして空気が止まった。
(うん……勢いで言ったけど……なんて言った?ください?勢いで求婚しちまったあ!?……だが後悔はない!)
「とりあえず二人とも座りなさい」
頭を下げているアリスを目線で追いながらサチとコウが両端に座る。
「アリス様」
「はい」
「私は今回の件が解決したときに心底思いました……何故あなたは男じゃないのかと」
「ああ」
(今私も心の底から絶望しております)
「良いですか?霞家として名家としてまず重要なことは何でしょう?」
「当主を継ぐこと?」
「それは二人が居るので問題ないでしょう。問題は次の跡継ぎです」
「……」
(ですよね)
「もしあなたが男なら二人を喜んで妻として送りましょう。まあその場合、アリス様には婿として霞家に入ってもらうことになりますが」
「……」
「しかし、あなたは女性です。つまりサチとコウとの間に子供は出来ませんね?」
(いや、分かりませんよ?もしかしたら同姓で子供が出来るようになるかもしれないじゃないですか!いつか科学技術が発展して!同姓でも子供が生むことが出来るかもしれないじゃないですかって言えねえよなあ!実現すっかもわからん未来の話だもんなあ!)
「ですから代わりに二人にはアリス様の学校生活のサポートに入っていただきます」
「と言いますと?」
「霞家は名家ですので名家との付き合い方、この日本での常識、魔法との付き合い方、さまざまな事でのアリス様が神報者になる日までサポートをさせていただきます」
「でも今までもやってもらってますけど」
「それは友人としてでしょう?我々は龍様より神報者としての立ち振る舞い方は教えられるがそれ以外は霞家にお願いすると言われました。しかし、我々も皇族御守護のお役目がある以上常にアリス様に目を掛けられません。ですので霞家次期当主としてまずはアリス様のお世話係として二人に任命したのです」
「……」
(師匠……あたしの教育の一部投げたな……それはそれとしてお触りとかも大丈夫ってことですかね?いつもそばにいるんならそれぐらいは……わー、目が怖い、駄目ですよね分かってます)
さすがに声に出さなかったが、アリスの思っていることが分かったのだろう。目線でアリスは拒否をされていると感じた。
「では、話もここまでに。せっかくの料理が冷めてしまいます」
「あ、はい」
「では僭越ながらアリス様のこれからのご活躍と霞家のますますの繁栄を願いまして……乾杯!」