宴が始まると、アリスの発言で少し重かった空気は過ぎに和やかになった。
アリスが目の前にあるご馳走を舌鼓を打っている間、霞家で雇っているのだろう芸者がこの世界にしか存在しないであろう魔法を使った芸や、舞を披露したりしていた。
しかし、アリスは花より団子といった感じで目の前の美味しすぎる料理に集中しすぎて見ていたが内容は覚えていなかった。
そして宴が始まり2時間が経過したころ、アリスが最後の甘味を味わうと三枝より今日は泊っていくように言われ、お風呂の準備も出来ていますと言われると。
(……ワンチャン、二人と入れたりは……そうですよね!)
少し期待したが、先ほどの目線で淡い期待は消えていった。
その代わりに霞家の者に背中を洗わせるかと聞かれたが、最近一人でゆっくり風呂に入ってないなと思ったアリスは断った。
「ふう、良いお湯でした」
霞家の本家と言えど風呂場は旅館の露天風呂並みに広く、景色を楽しみながら浸かっていたアリスはすでに布団が引かれた部屋に通される。
用意された寝巻の着物に着替えると布団に大の字で寝転がったアリスは少し考えていた。
「……無理か」
寝静まった夜を狙えばサチやコウに夜這いを掛けられるかと思ったアリスだがそもそもサチとコウの寝ている場所を知らないので迷った末に三枝に見つかったら言い訳も出来ないとあきらめた。
「仕方ない……大人しく寝るか」
「ん?」
アリスは夜中ふと目が覚める。壁に掛けられた時計に目をやると1時過ぎだ。
(寝たのが11時過ぎ……おかしいな、普段だったらこんな時間に目が覚めるなんてないのに)
アリスがもう一度目をつむり寝ようとした瞬間、ある違和感に気づいた。
足が動かないのである。普段は仰向けで寝ているアリスだが、それでも足が両方同じ方向に一直線になって寝たりはしない。
しかしこの時は、違った。
(……確かに古そうな家ですけども!こんなすぐに金縛りにあったりします?)
しかし、この金縛り……少し妙なのだ動かないはずの足回りがどうも温かい。
アリスは恐る恐る目線を下に向ける。するとアリスの下腹部辺りの掛け布団が盛り上がっていた……ちょうど一人分。
(呪怨だったっけ?布団をめくったら血の気の無い女性居たって奴……やめろよ!さすがにまだ死にたくないんですけど!)
掛け布団のふくらみが少しずつアリスの顔まで上がっていく。
そして、その者が掛け布団から出る瞬間、アリスは目を瞑った。
「アリス?起きてる?」
「……ん?ん!?」
驚愕した。
なんと目の前に居たのは顔を紅潮させたコウだったのだ。
(どういう状況?)
「えーと」
「ストップ!」
コウの手がアリスの口を塞ぐ。
「?」
「声出すとばれちゃうから」
そうするとサチは左手でアリスの右手を掴むと自身の左胸に当てる。アリスにも分かる、ブラをしていない。同時によほど緊張してきたのだろう早めの心臓の鼓動まで感じる。
その柔らかさに思わず右手に力を入れると、手の中のコウの胸の形が少し変わり声が出る。
「んっ」
「……っ!?」
コウの顔が涙目になる。
(コウさん!何してらっしゃるの!?)
「アリス……好き」
アリスの口から手を退けると、コウは目を瞑りアリスの唇めがけて近づき始めた。
コウが何をしようとしているのかはっきり分かるが、それでもアリスは悩んだ……というより無理やりにでも自分を納得させようとした。
(良いんだよな?だってあたしから求めたわけじゃないし……あっちから……コウから求められたんだから良いよな?ていうかコウの胸おっきい!そして柔らかい!掌に当たる突起ってあれだよな!もういいよね!しちゃうよ?理性が持たない!あたしのこの世界でのファーストキス!)
アリスも目を瞑りキスを受けようとした……瞬間だった。
(ん?)
まだ少し理性と判断能力が残っていたアリスだけが気づいた。そしてアリスの五感とあるかどうかも分からない第六感のようなものが時間を遅らせると共にそれを感じ取った。
視線と殺気だ。まるでこの部屋全体からこの光景を見られているかのような視線である。
コウに気づかれないように目だけを動かし、視線の主を探したが見つからない。
そしてコウの唇が近づくにつれて殺気も大きくなっていく。
ある程度近づいた時、本来聞こえるはずがない声がアリスの脳裏に直接呼びかけられた。
『したらどうなるか分かりますね?』
アリスはすぐさま開いていた左手でコウの口を塞ぐ。突然のことでコウはアリスに拒絶されたと思ったのだろう悲しい目をアリスに向けたがどうも様子がおかしいことに気づく。
「アリス?」
アリスは声は出さずに首を思いっきり振ると目で伝えた。
(ヤッたらヤられる!ヤッたらヤられる!ヤッたらヤられる!ヤッたらヤられるうう!)
「ん?どうしたの?」
さすがにアリスの異常行動に少し冷静になったコウが顔を上げて辺りを見回そうとするが、その瞬間、コウにも視線と殺気が感じ取れたのだろう、先ほどまで紅潮していた顔がみるみる青ざめていく。
「……ごめんね」
「……うん」
コウは立ち上がるとゆっくりと襖を開けて自分の部屋に戻って行った。
「……はあ。びしょびしょだよ」
感じたことも無い殺気で体が緊張したのだろう、全身汗まみれで寝巻がぐっしょりと濡れていた。
「お風呂入れるっけ……あ」
ここで三枝が言っていたことを思い出した。
『今日は明日の朝まで露天風呂に入れるようにしましたのでごゆっくりおくつろぎください』
(……まさかね……ははは)
翌日、朝ご飯を食べていたアリスだがその目元にはくっきりと隈があった。
お風呂に入り直し、すっきりしたが殺気のせいか体が臨戦態勢に入ったせいで眠れなかったのである。
同じく、殺気で眠れなかったコウの目にも隈があった。
「二人ともどうしたのさ」
そんな様子の二人を不思議に見つめているサチは何事も無かったかのように朝ご飯を食べていた。
「そういえばコウ、夜どっか行った?」
「え!?な、何で?」
「だっていつも起きないような時間で歩いて行ったから。隣だしさすがに気づくよ」
「た、偶々トイレに行っただけだよ!昨日ははしゃいでたから」
「ふーん?アリスは?隈凄いよ?」
「……慣れない布団……かな?」
「あー、なるほど」
(何も知らないってある意味幸せだなあ)
「おはようございます。アリス様、良く寝られました?」
「え!?えーと……」
三枝が部屋に入ると昨夜のせいで視線を向けられないアリスだった。何気ない質問のはずだがアリスにとっては非常に答えずらいものだ。
「母さん、布団がいつもと違うから寝られなかったって」
「あら……では今度は旅館からちゃんとした布団でも持ってこようかしら」
「ははは、よろしくお願いします」
(確信犯だろこれ)
「それよりコウ、なんであなたまで目に隈が?」
「昨日はしゃぎすぎて寝付けませんでした」
「……分かりました。あなたも霞家の人間なのですから自制するように」
「はい」
朝ご飯を食べ終わると、学校行くためアリス達三人は着替えを済ませ玄関に居た。
「いいですか?サチ、コウ。アリス様はこれまでと同じ友人の関係を望むとは思います。それでもいいです、が、重要なのはアリス様のこの日本での価値観はお前たちが作ると言っても過言ではありません。ステアの先輩との関わり方、名家との関わり方、あなた達がアリス様のサポートをするのです、分かりましたね?」
「「はい」」
「よろしい。アリス様」
「はい」
「何があっても霞家はアリス様の味方です。もし。もし何かあれば遠慮なくここにきてくださって大丈夫ですので」
「ありがとうございます」
アリス達三人が箒に乗って飛び立つと、三枝が大きな溜息を溢す。すると、そばに現れたのはアリスに茶を出した少女だ。
「大丈夫ですか?当主様」
「ええ、霞家は変革の真っただ中にいます。これから二人には想像つかない日常が待っているでしょうが、あの二人なら問題ないでしょう」
「いえそうでは無くアリス様とコウ様です。昨晩は何とかなりましたが。寮生活では監視も出来ません」
「ああ、問題ないでしょう。アリス様にはサチやコウに手を出すと命の危機があると昨晩本能に刻みましたから。よほどでない限りアリス様が手を出すことはないでしょう。それにコウも本能で悟ったはず……これでお互いが自重している状態が出来ました。問題ないはずです」
「だと良いのですが」