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北条家事件 エピローグ サチとコウ編 1

「うりゃりゃりゃりゃ!」

「あははは!くすぐったい!」


 水曜日、アリスは香織とお風呂に入っていた。


 ステアに入学してから香織の髪を洗うことがある種のルーティンになっているアリスにとっては三週間普通とは違う学園生活を送っていた際の気分転換になっていた。


「楽しそうだね」


 そこにコウがやって来る、周りを見て誰もいないことを確認したコウはアリスの横に座る。


「……ねえアリス」

「ん?何?」

「触る?」

「……」


 アリスは黙った。


 誰が聞いても意味が分からない質問だが、コウを見なくてもアリスだけには質問の意図が分かるのだ。


「……いや、やめとくわ!」


 しかし返答はNoだ。別に理性的に断ったわけではない。


「そう……ごめんね母様のせいで」

「いや?気にしなくていいよ!三枝さんの言い分も分かるからさ」


 そこでアリスは何気なく視線に入ったコウを見たがここであることに気づいた。


 ……髪が微妙に赤かったのだ。髪の先はまだ黒いが頭頂部に行くにつれ赤みを帯びているのである。


「コウ?」

「ん?何?」

「……変な事聞いていい?」

「何だろ?」

「あたしの目が変なのかな……コウの髪が赤い気がするんだけど」

「…………っ!」


 少し間があったが、コウはアリスの言葉ですぐに目の前の鏡を使い自分の髪を確認した。


「……ごめん……出るね」

「えええ!今来たばっか……もう居ない!早!」


 出るという言葉を残したコウは速やかに大浴場を後にした。


 その場に取り残された感が漂うアリスはちょうど体を洗い終え、後は湯船につかるだけだった。


「……香織、コウが心配だから先に上がるね。しっかり温まってから出てね」

「うん大丈夫」


 体をさっと拭き脱衣場に移動するが、あることに気づいた。


(大浴場にあたしと香織しかいなかったよな?なんで三人分の服あるん?……いや、まさかね)


 嫌な予感がしたアリスは髪を乾かさずにすぐに服に着替えると部屋に向かった。



「コウ!コウさん!何してんの!」


 アリスが全力疾走で部屋の前までたどり着くとサチが扉を壊す勢いで叩いていた。


「……」

「コウさん!?あんた知ってるでしょ?本家の道場で稽古したから汗びしょびしょなんだって!早くお風呂入りたいんだって!頼む!入れて!……あ!アリス!」


 本家の道場から来たのならそのままシャワーぐらい浴びてくれば良いのにと思ったアリスだが、サチに気づかれたのでスルーすることにした。


「コウは?」

「何か裸にタオル巻いた格好で部屋に閉じこもっちゃった……何かした?」

「うーん……多分?」

「えー、まさかコウの胸触ったとか?結構いい形だし」

「それは関係ない触りたい気持ちも無い事たあ無いけど」

「誰が誰の胸を揉んだって?」

「あ……」


 騒ぎを聞きつけてか柏木がそこに居た。


「えーと、先生何故にここに」

「私はここの寮監督だ」

「はい」

「そして今しがた、霞サチだかコウのどっちかがタオルを巻いているとは言え、裸同然で部屋まで全力疾走したと報告があった」

「はい」

「寮生活する以上、ある程度の自由は許すが程度を過ぎている」

「はい」

「以上だ」


 誰もが納得する理由だ。


「で?お前らはここで何している?」

「いやー、多分コウが裸のまま部屋に居ると思われ」

「はあ?……風呂に入っていたのか……アリス、何かしたか?」


 恐らく石鹸の匂いと乾いていない髪の毛で分かったのだろう、アリスも同時刻にお風呂に入っていたのだと推理した柏木はアリスに質問する。


「うーん、何かはしてない……多分。でも髪の毛については言った……かな?」

「髪の毛?」


 反応したのは意外にもサチだった。


「うん、なんか髪の毛が赤くなっているような気がしたから染めたのかなって」


 ここでサチは纏めているゴムを取り、自分の髪の毛を確認した。


「……赤い?」

「……いや、先端じゃなくて……もう少し根元……あ、サチも赤いわ」

「ああ、そういうことか」

「いや、解決するな。訳が分からん」

「解決も何も……まずはコウと話さないと」

「でも鍵掛かってるしなあ」


 ここで柏木が扉の前に対峙する。


「おい霞コウ!開けるぞ?」

「駄目です」

「何故だ?」

「今は一人にしてください」


(無茶言うな……今日どこで寝りゃあいいんだよ)


「済まんがそれは出来ない……お前は私がどんな立場か理解してないな?」

「……どういう意味ですか?」


 ここで柏木が懐から鍵の束を取り出す。じゃらじゃらとその中から一本の鍵を取り出すと部屋の錠前に差し込むとガチャリと回し、部屋を開ける。


「私は寮監督だ。マスターキーぐらい持っていると思わないか?」



「それで、ここに逃げ込んだ理由をまずは話せ」


 部屋を開けた柏木は部屋の同居人であるアリスとサチ……そして途中からコウの部屋着をもって合流した香織と共に部屋に入り話し合いを始めた。


 何故か柏木以外正座の形で。


「あのー、先生?」

「何だ?アリス」

「何故に私たちまで正座?」

「現状……ここまでの騒ぎを作った霞コウ、そしてその原因かもしれないアリス……連帯責任だ」

「あー、了解っす」

「それで?霞コウ。髪が赤いことをアリスに指摘されたから部屋に逃げこんだと……その理由は?」

「…………」


 コウは答えない、が、柏木はため息を溢す。


「どうせ名家絡みなんだろう?なんだ?髪が赤いのは呪いだからだとか言われたか?髪が赤いせいで名家からいじめにあっていたとかか?」

「……え?」


 どうして分かったのかという表情だ。


「この日本に住んでいればある程度なら分かるさ、名家の力関係も霞家がどのような家柄なのかもな」

「どういうこと?」

「霞家の人間は昔から魔法戦闘に特化した人間が生まれることで有名だ。そして魔法に特化した人間の特徴として魔法が得意であればあるほど鮮やかな赤い髪を持って生まれるらしい」

「はい……そうです」

「しかし、近年……血筋が薄くなっているせいもあるんだろうがそこまで鮮やかな色の髪を持った人間が生まれていないとも聞く。だから最初、お前たちが花組に入って来たとき名家からいじめられていると聞いた時も髪が黒いから力が無いせいと思ったんだよ」

「逆です」

「というと?」

「アリス……先祖返りって知ってる?」

「ああ、なんだっけ?先祖の遺伝子が何世代後の子供に突然強く現れるっていう」

「そう……私たち姉妹は先祖返りで先祖の魔法適性がほぼ分割されて生まれた姉妹なんだ」

「ふーん、で?」

「名家……特に北条家は私たち姉妹を恐れたんだよ先祖の力をそのまま受け継いだ姉妹のせいで自分たちの地位が危ないんじゃないかって」

「しかしどうにもできないだろう?決闘でも申し込むのか?法律的にも出来んぞ」

「皇族御守護のお役目の任命権は天皇陛下にあるので、私たちの力を見た陛下が霞家に任命することを恐れたそうです」

「ああ、なるほど……では今は?もう北条家は居ない、いじめる存在もいないわけだ。じゃあ何故隠れる……」

「ああ、トラウマか」

「そういうことか」


 北条家は霞サチとコウの赤い髪を恐れた。故に他の名家にいじめを指示したのだろう。


 サチとコウからすれば髪が赤いせいでいじめられると分かったのだ、髪も染めたくなるし赤い髪にトラウマを覚えるのも無理はない。


「でも三枝さんは何も言わなかったの?」

「当主としては久しぶりに鮮やかな赤い髪が生まれたって喜んでた。でも事情を説明したら染めるのを許してくれたんだ」


(多分あの人のことだから、少しでも娘を守れるためならって許したんだろうね。それに髪染めたから力が無くなるって保証もないわけだし)


「因みにサチはあんまり動揺してないけど」

「え?だってあたしが髪染めたのはコウ守るためだし、どっちでも良かったから。それにコウだけ染めたら双子なのに髪の色違うっておかしくない?って言われそうだからさ。それでもまあいじめてくる奴皆あたしがぶっ飛ばしてきたから……ステアに入るまでには陰口言われるだけですんだ」


(うーん、この脳筋め。……ていうかこれだけ名家にいじめられたのにコウのメンタル持ったのサチが居たおかげなのか)


「それで?これからどうする?問題は解決してないぞ」

「また染めます」

「……私はそれでもかまわんが……コウ、聞け」

「何ですか?」

「良いか?赤い髪にトラウマがあるのは分かったが……お前の一族は今、皇族御守護のお役目という非常に名誉な地位にいるんだ、しかもそれは髪が赤い霞一族というものにしか立てない地位だ。確かに今はトラウマになっている原因だろう、だがな?将来その髪が羨望……憧れの的になる日が必ず来るんだぞ?今からでいい、お前がまずその髪を自慢できるように慣れていくもの重要なことだ……思い切って元に戻すか少しずつにするかは任せる。それにだ……本当にすぐその髪が誇らしげになる日がやって来るぞ?」

「それは……いつなんですか?」

「さあ?言わないのも一興だろ?」

「……」


 コウは柏木を睨みつけるが、すぐに視線を落とす。


 何やら考えているようだ。


「……明日、美容院に行ってくる」

「ならあたしも行くかな!染める理由も無くなるし」

「先生もたまには良い事言うんですねえ!」


 柏木が静かにアリスの顔を掴む。


「いだ!いだだだだ!」

「私は教師だ、だが私は人だ、ロボットでもないし聖人君子でもないから感情もあるし冗談も言う……だがな、前回も言ったかもしれんが教師である以上、受け持った生徒は何が何でも守るし、成長するなら試練も課す……教師という仕事を全うしているだけだよ」

「そっすか……先生って教師になる前は何してたんですか?」

「秘密」

「ッチ」


 アリスは前々から話し方や持っている価値観から前職が警察なのではないかと思うことが度々あった。


「もういい時間だ……もうお前ら寝ろ」


 時間を確認すると、すでに9時を超えていた。それを確認したサチが青ざめる。


「やっべ!早く風呂入らないと明日の稽古の準備もしてない!」


 サチは慌てて準備をしてお風呂に掛けていく。


「……あたしたちももう一回お風呂に入ろっかな……入った気しないし」

「そうだね」

「あたしは待ってるね」

「了解」


 香織だけを残してアリスとコウもお風呂に向かった。


「まったく……このクラスは前途多難だな」


 柏木は軽く笑うと寮長室に戻って行った。



「おい……アリス、起きろ」

「…………」

「仕方がない」


 柏木はアリスに杖を向けると水をぶっかける。


「……ぶぶぶばばばぼぼぼ!」


 さすがのアリスでも顔に水を掛けられれば起きる……が目を開けたアリスは困惑する。


 体が宙に浮いていたのだ。正確には縛られ天井から吊り下げられている状態だ。


「……お?どういう状況?」

「おはようアリス」

「あ、おはざーす……ん?」


 アリスは気づいた、ここが寮でなければ教室ですらない、多目的ホールなのだ。


 しかもアリスを中心にして花組一年がぐるりと集まっていた。


 ご丁寧に全員杖まで持っている事態だ。


(ちょっと待て……あたし恨まれるようなことしたか?ここにいたるまでに何かあったはずだ……思い出せ)


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