三週間、ある意味抑圧された学校生活を送っていた花組一年生は事後処理も相まって柏木より少しばかりの休暇を言い渡せれたこともありほとんどの生徒が学校に居なかった。
そして遡ること30分ほど前、金曜日は花組一年が休暇を終えた日であるが、寮の談話室にある掲示板には花組一年に向けてある通知が張られていた。
『花組一年全員は速やかに花組専用多目的ホールに集合すること』
アリス達もすぐに多目的ホールに向かうが入り口には来た人間をカウントするためか柏木が立っている。
「……お前らで最後だ。それとアリス残れ」
「え?……はーい」
三人がホールに入っていき、二人きりになると柏木があるものを取り出す。
それは30センチくらいのゲームで出てきそうな透明な薄い水色の結晶だ。
「これに触れ」
「……なんで?」
「いいから時間が無い」
「はあ」
アリスが結晶に触ると少しだけ光り、透明な濃い水色に変化する。
「おお!すげえ……けどこれってなんで……す?」
アリスは視線を結晶から柏木に移すと先に視線に入ったのは柏木では無く柏木がアリスに向けた杖だった。
「へ?」
「……エシープノス《眠れ》」
杖の先から魔素が噴き出しアリスの顔を襲う、するとアリスは強烈な眠気に襲われた。
「ちょっ……何して……」
記憶にあるのはここまでだった。
「へいヘイ先生!どういう状況!つまりは魔法で眠らせたってことすよね?皆見てますよ!状況説明を!」
「もちろんだアリス」
真下から声がしたので視線を落とす、柏木は腕を組んでいた。
「アリス、ステアは何の学校だ?」
「魔法学校っすけど」
「入学してから今日まで魔法を習ったか?」
「……習って無いっすね」
「本当なら中間テスト終了後から本格的に授業する予定だったんだよ」
「ならボイコット決定前に言ってくれてもいいじゃない!」
「ボイコット決行の理由が人間関係だ。中途半端に終わらせるとまずい結果にしかならん、なら思い切ってやってもらうためにあえて隠した」
「あっそ、じゃあこれは私のこの格好は何故に?」
「明日から期末テスト終了時まで魔法の成績に反映される一学年魔法戦闘大会の開会式が行われるからだ。その前に一回でも魔法戦闘の授業をしないとだめなんだよ」
ステア魔法学校の魔法の授業内容は学年により別れる。
義務教育で習うのはこの第二日本のあらゆる魔法を管轄する魔法省が定めた生活必需魔法である正式名称『生活用基本魔法』だ。
しかしステアに入ると、そこから扱うまたは行使に免許が必要になる高度な魔法、例えば魔法薬学、魔法科学、戦闘用魔法を習うことが出来る。
そして一年が習うのはこれら高度な魔法を扱うにあたっての法律や手順と同時に対抗策である。
その内の一つである戦闘魔法に対しての身を守る方法が戦闘魔法である『攻撃用基礎魔法』を使用した試験が一学年魔法戦闘大会なのだ。
要は魔法を撃ってくる相手にどう対処するかを講義するより実際に戦った方が身に付きやすいという理論である。
因みにこの一学年の最初の魔法戦闘大会だけはトーナメント戦であり、それが終わるとステア卒業までは学年別のリーグ戦になりその順位が卒業時の成績に反映される。
……がそれとアリスの今の状況は関係ない。
「で?」
「それでだ、本来なら三週間前から戦闘魔法の授業に入るはずだったんだが、お前のせいで潰れた……なら三週間分の穴埋めしないと駄目だよなあ!魔法撃つには的が居るな、それもより良い訓練のためには不規則に動く的が……おや?そういえば今回のボイコット……首謀者が一年にいたなあ……とういうわけだ」
その瞬間、一年のほぼ全員がアリスに杖を向ける、やっと魔法の授業が出来るとわくわくする者、さすがに無抵抗のアリスに向けるのは気が引ける者、サチとコウ、香織は向けなかった。
アリスは青ざめていき、ついには……。
「先生!魔法直で食らったらさすがに死ぬのでは!ほら的になるだけなら水縛りにしましょ!」
命乞いを始めた……が無意味だった。
「アリス……先ほどお前が触った結晶覚えてるか?」
「え?ああ、なんか色変わった奴」
「あれは魔法大会に使うやつでな?お前の魔素を記憶して身代わりになる奴なんだ。結晶が割れるまではあらゆる魔法の衝撃波も直撃した場合の痛みもあるが死ぬことは無い。それにだ、本来一学年の大会は直撃一回で結晶が割れて勝負ありとなるんだが、設定も変えられるんだよ……今回は無限にしておいた!喜べ!魔法を食らう感覚を掴めるぞ!」
「鬼か!あんたは鬼だ!体が持たんわ!」
「アリス……良いか?今回お前は霞姉妹を救いたいがために一年全員を巻き込んだ。それに対してお前が出来ることは皆の的になることだ。それにな……」
「それに何!?つーか的になるんなら縛らなくてもいけるだろ!」
「お前のせいで魔法大会のスケジュールが大幅に押してんだよ!三週間だぞ!本来ならもっと前に開会式も出来たんだぞ!私も撃つからな!」
「それって私怨じゃねーか!教師が生徒にって……ぎゃあああ!」
言い終わる前にアリスに火の玉が直撃する、衝撃で吹き飛ぶが天井から釣ってあるので振り子のように動くだけだ。
だが、衝突した痛みと火の痛みはすぐに引いていき体に傷も火傷痕も残ってはいない。
(確かに何ともないけど……問題はそこじゃない!)
「ほらお前らも撃て!今回だけだぞ!無抵抗の喋る的を撃てるのは」
そこから約15分ほどあらゆる角度、あらゆる魔法がアリスに当たり、吊り下げられた効果でアリスの意図しない方向やスピードで体が動いた結果。
アリスは喋らなくなった。
「おいアリス……大丈夫か?」
「……うっぷ」
「なんて?」
「オロロロロロロ」
あれだけの動きをしたのだ、アリスの三半規管が持つはずも無く盛大に胃袋からスプラッシュした。
「……これからはちゃんとしろよ?……聞いてないか」
「それで先生、明日から大会ですけど。時間ないっすよ?どうやって教えるんですか?」
気絶してるアリスを放置し、一学年全員が柏木に注目している。
「霞サチ、コウ。前に来い」
サチとコウが前に出ると、今まで気づかなかったのかというレベルで皆が驚いた。
一昨日まで綺麗な黒髪だった二人がなんと鮮やかで綺麗な赤い髪になっていたのだ。
さすがに全員がざわつき始める、その様子を見てコウが視線を下げた。
「いいか?今日二人を見て驚いた人間も少なくないだろう。だがな、二人は霞家の人間、この髪の色は地毛であり霞家が代々受け継ぐ髪色だ。他の名家とのいざこざで黒にしていたが最近……いや昨日もとに戻したんだ。喜べ皆、本来名家に居るはずの二人が花組に居る、そして私の主観だが、この日本において霞家以上に魔法戦闘に詳しい者はいない!その二人が花組に居るんだぞ?正直言うが私以上に教わる価値があるだろう?」
一年全員がおお!という感嘆の声と羨望の眼差しを二人に向け始める。
しかし、二人は何だか気まずそうだ。
「先生、まさかおとといのあれって」
「そうだ、今日のことだよ」
「でも……私たちが教えられることは……」
「サチ、コウ。霞家の戦闘術は門外不出か?」
「……そもそも術そのものが存在しません。ただ、教わることも基礎の繰り返しですから」
「構わん、あいつらはまず基礎を知らない。それを教えるだけで良いんだ。それにだ、今回のボイコットの主犯はアリスだが目的はお前たちを助けることだった、つまり一学年全員がお前たちの為に体張ったんだ、これくらいの恩返しはするべきじゃないか?今のうちにその髪色での皆とのコミュニケーション練習と思えばいい、ここには全員居るのだからな」
二人は見合うと何か決心したようで杖を取り、自信をつけたような不安なような表情で一歩前に踏み出した。
サチとコウが手探りで魔法について教えながらクラスメートと話している間、相変わらずアリスは白目を向きながら気絶しているのだった。