元旦、受け身の試験を無事?突破したアリスは翌日からついに久子より本格的な体術の指導を受けることになった。
「とりあえず、お前の知っている技を私に打ち込んでこい。私からは攻撃しないから」
龍から剣術を教えてもらった時と同じ状況なことに少し疑問を覚えたアリス。
「あの……こういう場合って普通……型を覚えてからと思ってたんですけど」
「確かに警察官や自衛官が一生懸命に逮捕術や銃剣道を稽古するのは知ってるさ。だが……」
「だが?」
「お前は一対一の場面で警察官が逮捕術等を使って容疑者を制圧したところを見た事あるか?」
「……あー」
(確かにないなー、見た事あるにしてもドラマとか)
「ないっすね」
「見たとしても映画とかだろ?普通は一対多数で身動きできないように制圧するのが一般的だしそれが推奨されているよ、万が一取り逃がしでもすれば終わりだからな」
「そうっすね」
「最低限使うとしても取り押さえるときの柔道の抑え技ぐらいか……でも基本的には技という技は使わない……何故か」
「何故ですかね」
「あの稽古で鍛えてるのは技術じゃない、心理的余裕だ」
「というと?」
「例えばナイフを持った相手がいるとしよう、何も知らない一般人だとただうろたえてその場に留まるか逃げるだけだ、まあそれも正しいんだが。だがある程度知識や技術を持った人間ならすぐに状況整理から次に自分がすべき行動するべきために思考を切り替えられる。その心理的余裕を持つために日々鍛錬するんだ」
「なるほど」
「だからいきなり実戦に巻き込まれたときに覚えた型では心理的に余裕は出来るだろうが、所謂技なんてものがちゃんと通用するなんてことは基本ないんだよ」
ここでアリスは三枝が言っていたことを思い出す。
(そういえば三枝さんもそんなこと言ってたな……実戦で通用する技術は実戦の中でしか生み出せないって)
「だからこそ今のお前に必要なのは今の知っている技で、持っている実力でどこまで私に通用するかを知ることだ。そこから少しずつお前の戦い方を生み出せばいい、そしてそれを魔素格闘術と組み合わせることで初めてお前は自分を守る護身術として完成するんだ」
「分かりました!」
「そうか……じゃあかかってこい!」
体術の稽古が始まって数日後、アリスは意気揚々と稽古に励んでこそ居たが……早くも壁にぶち当たってしまった。
だがそれにいち早く気づいたのはこの数日間、アリスの技を受け続けた師匠の久子であった。
久子が以上に気づいたのはこの稽古を始めて三日が経った日の事だ。
アリスの繰り出す体術が一切成長しなかったのである。
一日目と二日目は今まで魔法を使っていた事、受け身のみを練習していたため、本格的に体術の稽古をするのが初めてゆえにキレもスピードも威力も足りないこと自体は普通だと思っていたし、これから成長するだろうと思っていたのだ。
だが三日目、ある意味気味が悪いほど顕著に表れたその違和感が久子を襲っていた。
アリスが本気で技を叩き込んできているのは目を見ても表情を見ても明らかだった。
だが何故か体だけは本人の意思関係なく力、スピード、キレなどを制限したような技しか放ってこなかった。
しかも異常なのは技を出しているアリス本人は何一つそのことに気づいていない様子なことだ。
まるで本人の意思とは別に、第三者がアリスの体に介入し、力を制御しているかのうように。
———気味が悪すぎる……今までこんな経験してこなかったぞ。
普通に考えれば、本人の意思通りに体は動くし、疲労で動きのキレは左右されるだろうがそれでも真剣にやっていれば自ずと表情に現れるはずであり、分かりづらくても久子ぐらいの実力者であれば見抜ける。
だがそんな久子ですらアリスの見せている表情と体の動きの不一致さを不気味に覚えてしまっていた。
本来であれば真剣にやれと叱っている所だ。
だが明らかに表情とは別の意思で動く体の動きに不気味さを感じている久子は叱れない。
本気でやっているのは明白なのに、体だけは明確に違う動きをしているのだ、しかも本人のアリスはそのようなことをしているのに自覚している様子がない……この状態で叱っても意味が無いのだから。
そしてその不気味さを抱えたまま四日目に突入した時……事件は起きた。
「……ふっ!……ふっ!……ふっ!」
いつも通りにアリスの技を受けてきた久子。
初日に比べて声を上げずにただ打撃する瞬間にだけ息を吐くことのみを繰り返すまでになったことにより向けるべき意識の方向性が変わってきたことが分かる。
だがそれでもなお何故か威力もキレも制御……落とされている。
———おかしいだろ……こいつの体。
成長しているはずだが何故か成長していない様子のアリスに少しだけイラつきを覚えた時。
その時だった。
……ゾク。
———っ!
ほんの一瞬……一瞬だけだった。
先ほどまで真剣なアリスの表情と目つきが一瞬だけ変わった。
そして同時に今まで知っているアリスとは全く違う……驚くべき程の大きく鋭すぎる殺意が久子を襲う。
「……ぐっ!」
だがその一瞬だけだったとしても久子にとっては本能的にカウンターとしてアリスの顔面に拳を叩き込むには十分すぎる殺気だった。
パン!
「がっ!」
「しまっ!」
顔面パンチをもろに受けたアリスは小さい悲鳴を上げ数秒間空中に浮き床にそのまま倒れこんでしまう。
ダン!
それでも一応体は無意識に最低限の受け身を取るが、起き上がらずにその場に大の字で倒れた。
「……アリス!平気か!」
久子がすぐさまアリスの元へ駆け寄る。
「…………」
アリスは鼻から出血こそしては居るが呼吸をしていた。
だが鼻を強打した時脳震盪を起こしたのだろう、通常の呼吸はしているが起きる様子はない。
ひとまずまずい状態ではないことに一安心する久子。
———今日はここまでか……起きたら病院だな。三十分して起きなかったら医者呼ぶか。
手拭いでアリスの鼻血を拭うとタオルで作った簡易な枕でアリスを休ませるととりあえず病院に行くための準備を始めた。
「……」
……バキン!
そんな中アリスの脳内では……何かがはじけ飛ぶ音がこだましていた。