残念だがあたしは旧日本で中学生止まりだ。つまり旧日本でもクラブに入ったことは無いし、そこがどんな雰囲気の場所かは知らない。だがドラマや漫画でこういう場所の雰囲気は知っているつもりだった……ほんとに。
クラブに入った瞬間、暗めのホールとそれらを照らすように動き回る照明、そして……これぞクラブと言える、クラブを象徴するかのような爆音があたしの耳を破壊する。
「……ぬお!」
ここまでの爆音とは知らなかった。まるで震えるような……心臓が直接振動するみたいなリズミカルなダンシングミュージックがあたしを襲う。
その衝撃にやられたあたしは少しふらつく。多分……スタングレネードを食らった感覚がこれと似たような感覚なのだろう。
ガードは少しふらつくあたしを支えてくれた。
「おっと大丈夫か?本当に初めてなんだな」
「すみません」
「で?こんだけの人がいるのに目的の人物は見つかるのか?」
「ああ、それなら」
普通に考えれば、ここまで音量で大勢の人が躍っている中、たった一人を見つけるなんて不可能だろう。もし携帯を持っていたとして連絡しようとしてもこの音量で着信も気づかない。
だが今回はヒントがある。
雪は恐らく政治家と思われる男性とここに入って行った。政治家がこの場所で踊ろうとは到底思えないし、もし仮に百歩譲って踊っているとしても周りには先ほどの護衛が付いているはずだ。逆に目立つ。
だがそうでないとしても見つけるのは簡単だ。
「ここって……その……VIPルームって言うんですか?そう言うのあります?」
「ん?ああ、それなら」
ガードはある場所を指さした。
それは二階席だ。ここからでも少しは見えるが、こういう場所でもくつろいで飲むためだろうかソファーになっており、ゆっくりとダンスフロアを見渡せるようになっている。
そして少しだけ二階席に居る人たちを見回した時、目的の人物があたしの視界に入った。
そう、先ほどクラブに入る雪の姿と服装も顔も同じ女性だ。あそこまでの美少女だ見間違えるはずがない。
「……見つけた」
あたしは急ぎ、二階席に行くための階段を探し出し、そこへ向かった。
「は?ちょっと君!」
吹き抜けの二階、そこに作られた席が何故VIP席と呼ばれるのかが分からなかった。普通に考えれば音楽で会話が聞こえないはずだ。
でも違った。建物の構造的な問題か、それともスピーカーの向きによるものか二階席に上がった途端聞こえる音量が少し下がったのだ。もしかしたら魔法で多少抑えているのかもしれない。
そして目的の席にたどり着いたとき、恐らく政治家のだろうか声が聞こえてきた。
「それにしても西宮元総理の一件、君には堪えただろう」
「……?」
話を聞くため足を止めた。
「ええ、まあ」
「あれにより西宮家の政界での地位は地に落ちた。君の母上もさぞ苦労しているだろう、君の姉上も結婚相手に苦労しているのではないかね?」
「そう……ですね」
「だから君の母上は私に連絡を取ってきたわけだ、君を政治家にするために」
「……」
やはりか。
昼間のあれは自分で政治家になるためにまずは法学部の政治家の息子に頼みこんだ。だがそれがあたしによって不発に終わると、母親に頼んで直接政治家にコネクションを取ろうとしたんだ。
「だがな君を政治家にするんだったら……そうだなまずは秘書になって政治の世界を知った方が良いだろう。だがそのためには……」
後ろからだったためなにをしているのか分からなかったけど雪の体が少しびくついたのが分かった。だが大概は予想はつく。
まあこれで目の前に居るのが雪だと分かった時点で行かない選択肢は無くなった。
雪の肩にまた手を置いた。
「え?」
「やあ」
「はあ!?」
雪は驚愕していた。当然だ、大学ならまだしもこの場にあたしが現れるなど予想できないだろうし、あたしに邪魔されないためにここを選んだもしれないと……今思った。
あたしは雪が持っていたポーチを漁りだし、目的の物を見つけるとかすめ取る。そしてそのまま後ろから付いて来ていたガードに渡した……免許証と学生証だ。
ガードはそれらを確認すると、目を丸くし……大きな溜息を吐き出す。
そして政治家と思わしき男性の前にやって来るとしゃがみ込む。
「荒川先生、前にも言ってはずです。いくら大学生といえど未成年を当店に連れ込むのはお止めくださいと」
「んん?なんだ西宮君は未成年だったか!言ってくれないと困るよ?」
「申し訳ございません」
いやいや、西宮家からの連絡があった時点で雪の事は調べるはずだ。知らないことは無いだろう。それにこのオヤジ、前にも言われたってことは常習犯か……クズだな!
「雪とりあえず外に出るぞ」
「ちょっと!私はこの人と話が!」
「雪君、素直にその子について行った方が良い。私も政治家だ、未成年の学生をクラブに連れ込んだことが公になってみなさい、私の政治イメージも危うくなるのだろう?君は私に協力してほしいのにイメージを下げるような愚行をしたいのかね?」
「……分かりました」
「ならよろしい」
渋々納得したような表情で雪はあたしについてきた。
バシッ!
ちょうどクラブを出て数メートル歩いたところで無理やり雪が掴んでいた腕を振り払った。
「おっと」
「もう離してもいいでしょ!あんたって……何度も何度もあたしの邪魔ばかりして!」
「……」
さすがに道路のど真ん中で言い合いをするのは気が引けるので、無理やり道路の端まで誘導していく。
「さて……雪さんや、色々聞きたいことはあるけども……あんたにとっての政治家への近道が……コネクションを築くことだと?」
「そうよ、自政党でも幹部級の議員とコネクションを築ければ議員秘書に成れる可能性が出てくるのよ」
「あの人が……幹部?」
「そう……あなたは今の自政党の役職を知らないのね」
そりゃあそうだろ、今の総理大臣すら知らなかったのに。
「あの人は自政党の政調会長よ」
「政調会長?なんぞそれ?」
雪が驚き……というより呆れた表情をあたしに向ける。やめてくれ、つい最近まで高校生だったんぞ?むしろ高校生が政治家に詳しいというのもあれじゃないかい?
「政調会長というのは党で出す法律だったり与党だと党で出す予算案などの最終決定を行う人よ」
「なるほど」
ということは自政党でもかなり上の幹部ということになる……なるんだけども。
「それで秘書になったとして……それが政治家になる近道だと?」
「有力な議員の秘書になって地盤を引き継ぐことが出来れば、議員になるための足掛かりになるもの」
「そんな手段で立候補した候補者に国民は投票するかね?」
「するわ、いい?有力議員の推薦があるのよ?今までその人に投票していた有権者があたしの票になるの、これこそが最短ルート……」
「おまえさあ!国民舐めてんじゃねえぞ!」
さすがに呆れ……いや、政治家を目指すものは皆こうなのかと怒りがわくと、自然と雪を壁に押し付けていた。
こいつは国民を舐めている、というよりこいつの発言で分かる、政治家のほとんどが国民を舐めていることを。所詮は自分を国会に行くための票にしか見えていないのだろう。選挙の時だけは上手いことを言って、当選してしまえば大半の有権者はどうでも良い存在なのだろう。
「仮にだぞ?あんたがあの先生の秘書になって地盤とやらを引き継いだとしよう、でもだあんたに何の実績がある?普通国民は立候補した人が何ができるのか、その人が政治家になればどんな風に国を変えてくれるのか、自分たちの要望をどこまで国に伝えてくれるのか見て投票するはずでしょ?。でもさ仮にあんたが当選して、何一つ約束を守れなかったらあんたは次の選挙で生き残れない……それが西宮家の名誉を回復することになるんか?」
「うっさい!あんたに何が分かるのよ!」
「政治家の事なんて分かるわけねえだろ!ただ投票する有権者の目線なら分かるわ!どんなに有名な議員の立場を引き継ごうが信用も信頼も無い候補に投票しようと思う人がいるはずねえだろ。有権者舐めてんじゃねえぞ!」
「あんたねえ!」
雪があたしに掴みかかる。
「お?やるか!?少なくともあんたよりあたしの方が格闘は出来るとおも……ん?」
トントン!
雪との口喧嘩で夢中になりすぎた事であたしの背後に近づいていた人物があたしの肩を叩くまで気づかなかった。
あたしが振り向くとそこに居たのは……誰でもその服装を見れば誰だか一目瞭然で分かる……警察官だ。
「……えっと……ん?」
「君たちにねえ……何があったのか分からないけどさあ……お店の真ん前でそこまで喧嘩するとお店からしてもいい迷惑になるの……分からない?」
「え?……ああ……なるほど?」
念のため、クラブの道路を挟んだ端まで来たのだが口喧嘩ともなると声量の調整が出来なかったようだ。
クラブからしてみれば道路の向こう側と言えど、クラブとは関係ない喧嘩が近くで起きていればその喧嘩がクラブの評判に影響しかねないので対処するのは当然の事だろう。
だとすれば通報するのは当然だ。
「えーと……その……」
「あ、ここじゃあれだからとりあえず交番まで行こうか?付いて来てくれる?」
「え?ああ……ん?」
壁に押し付けていた雪が居なかった。どうやらあたしが警官に声を掛けられた一瞬で見つからないように逃げ出したようだ。
少し見渡すと、雪はすでに近くの交差点でタクシーを拾って何処かへ消え去っていく様子だけが見て取れた。
「……マジかよ……この状況で普通置いていくか?」
「何言ってるの?さあ行くよ交番」
「……はい」
雪に言いたいことを全て言えずにあたしは交番まで補導されることになった。
なおこの後、まだ未成年という事で、保護者を呼ばれることになるのだが……その際、交番の警察官と師匠による一悶着が起きることになるがそれはまた別のお話である。