エレベーターが動き出すと、携帯を開きサチやコウからのメールが届いてないか確認する。
もはや旧日本でも深刻となっている若者のスマホ病があたしにも移っているようだ……まあ持ってるのはスマホではなくガラケーなのだが。
だがある意味後悔も直す気も無い。一年前まで固定電話でしか連絡を取る手段が無かったのだ、それがついにいつでも連絡が取れる手段が手に入った以上、こうなることは目に見えていた。
だが携帯を開き色々見ていた時だ、修行で身に付けた危機察知能力はあたしが戦闘モードに入っていなくとも働いていたようで足元の異変を敏感に感じ取った。
あたしの足元の床材……と言うべきだろうか、エレベーターの床の床材が微妙に動くのだ。たった数ミリ程度だが左右に動く。
このビルに入る時、年季が入っているように思えた。だがここは日本だ、中に納入される機械類は定期的にメンテナンスをしているだろう。それでも機械がちゃんと動くためのメンテナンスで、こういう内装はしてないようだ。
だがそれでも日本製……つまりメイドインジャパンである以上、そうそう止まることなんて……。
ガチャン!
「へ?」
嫌な予感が的中……いや、いやな予感をしたのでちゃんと止めましたよと言わんばかりに……エレベーターが止まった。
おいおいおい、マジで止まるのかよ。
「え?何?止まった?なんで!?」
目の前に居るモデル……いやアイドル系か……知らないけどあたしと同じくらいか少し年下の少女がエレベーターが急に止まった事に驚き、不安を露にする。
「大丈夫よ、とりあえず外と連絡してみましょう」
もう一人のこの女性のマネージャーと思われる女性が冷静にパネルに設置された緊急連絡用のボタンを押した。
こういう場合、エレベーターについている緊急連絡用のボタンはこのビルの管理をしている部屋に繋がるのではなく、エレベーターを一括管理している会社に通話が繋がるのが普通だ。それにより救急隊に通報し速やかに救助してもらうのが通例のはず。
だが女性がいくら連絡用ボタンを押してもスピーカーからは何一つ人の声が聞こえてこない。
「あれ?おかしいわね」
「なんで?こわいよ!いやいやいや!」
連絡ボタンが使用不能と判断され、マネージャーの女性は少しずつ焦りだし、少女は涙声になってその場に崩れ落ちる。
一瞬、携帯を使って助けを求めればいいのにと思ったが、そもそも論、まだ携帯はあまり普及していない。生産体制の問題もあるだろうが、持っている人の総数が少ないのだ、この人たちが持っている確証がない。
ならあたしが……と思い、先ほど携帯を開いたのだが、昔の携帯の特性なのかエレベーターに乗った途端、電波が入らないのだ。これでは連絡の取りようがない。
だがもう一つ、希望と言えるものがあった。監視カメラだ。
天井の隅に設置されている監視カメラ、もしそれが偽物でなければ監視室で執拗に非常ボタンを押しているという光景を目にすればエレベーターに異常が起こっているのは明確だ。すぐさま救助の為に通報するぐらいするだろう。
選択肢は二つ、扉を無理やりこじ開けて外に出るか、それとも救助されるであろうと期待しここで待機するかだ。
だがその二つの選択肢は、数秒後一択になってしまった。
キィィィ!
「ん?」
右隣、もう一つのエレベーターがある方向から何か音がする……それも金属が擦れる様な音だ。
あたしは右側に移動すると、耳を壁にくっつけた。
「あの……何してるんですか?」
「しっ……静かに」
壁に耳を付けた……数秒後だった。
キィィィン!
「キャァァァァァァ!」
エレベーターという金属の箱にも関わらずそれは聞こえた。複数名の悲鳴と金属が擦れる音……これはエレベーターのブレーキが滑る……スキール音だったか、がとてつもないスピードで上から下へ落ちていったのだ。
ドーン!
数秒後、重さと位置エネルギー等の詳細な計算は絶望的なので推測でしかないが隣のエレベーターが下の終着点に到着する音が響いてきたので、到着したのだろう……本来エレベーターが出しちゃいけないスピードで。
「……あちゃー」
「…………」
「……早く!早くここから出してよぉぉぉ!」
色んな意味で絶望を確信した二人の反応は様々だった。普通に考えれば完全な密室でもしかしたら落ちるかもしれないという最悪の展開で何も声を発することが出来ないマネージャー。
壊れたのかただひたすら届くはずのない悲鳴にも似た声を出す少女。
それを眺めているあたし……中々のカオスだ。
ていうか待つという選択肢が早々消え去った事によりあたしもこの状況をどうにかしなければ死が確定するので考えてみる。
とりあえず戦闘モードに移行するために帽子を取り髪を結ぶ、結んだ髪を帽子の穴から出るように被るとサングラスを掛けて目を閉じ、深呼吸を始めた。
久子師匠からは常に警戒するのは一般部隊のすることだと教わった。普通の一般部隊の自衛隊員なら長期で訓練や任務をすることがあるから長く警戒出来る方法や集中する方法を学ぶのだ。
だが三穂さん率いる龍炎部隊などの特殊部隊は、日ごろからの訓練は当然のことで大事なのは長期に耐えることではなく(長期に耐えられることが前提)必要な時に、戦闘モードに一瞬で切り替えて作戦を遂行することなのだと。
あたしの場合、当然のことだが自衛官ではない。戦闘に巻き込まれそうならまずは逃げることを優先することと教わったが、もし戦闘を避けられない場合のみ普段の無警戒モードから戦闘モードに移行することによって常に警戒することによってすり減ってしまう精神状態を保つことが出来るのだ。
そして戦闘モードに移行する方法は人によって様々だ。三穂さんたちの場合は知らないがあたしの場合は普段は肩辺りで結んでいる髪を帽子の穴で通せる場所まで高くしサングラスを掛け戦闘用の指ぬき手袋を着けて大きく深呼吸をすることだ。
因みに以前九条君を助けるために廃墟ビルに突入した際も同じようなことをやった。
自分でも何か変わったような感覚は無いにしろ、ある意味儀式を終えたあたしはまず目の前の扉を開けてみることにした。
コンピューター制御されているエレベーターならば地震で緊急停止した場合、その時点で一番近いフロアに止まるシステムがあるらしい。だがこのエレベーターはコンピューター制御ではない。だがもしかしたら扉付近で止まっているかもしれないし、そうであれば何とか扉をこじ開ければ脱出できる。
「ちょっとどいて」
もはやどうにもできないと絶望している二人を隅に追いやるように扉の前にやって来ると二枚の扉の隙間に指をねじ込み、思いっきり左右に引っ張り始めた。
「おおりゃああ!」
「何してるんですか……エレベーターのドアなんて人の力で開くわけないでしょ」
この女……絶望してる割りには言うこと言いますねえ。あれか、もう何もやる気ないけど人のやっていることには口を出す女か、いいアドバイスなら聞くんだけどなあ……そんなことしてる暇あったら頭働かせてください。
まあ普通に考えれば人の力でエレベーターの扉は開かないだろう。だがあたしには筋肉に魔素を送り込むことによって一時的に筋力を上げることが出来る力がある。魔素コントロールで唯一魔素を消費しない方法だ。
「んんんりゃあああ!」
ギギギ……ガシャン!
「うそ!?」
「……よし」
不可能と思われた扉を人力で開ける所業を見たマネージャーが驚きの表情を見せる。そして何処か希望の眼差しさえ感じるほどにまで視線を感じた。
だが……。
「んー……なるほど」
現実はそう上手くはいかなかったようだ。
目の前にあるのはただの壁。どうやらエレベーターは正真正銘、フロアとフロアの間にあるらしい。
「やっぱり……駄目ですか」
またもやマネージャーがへたり込んでしまう……情緒不安定なんですかね?
「……ん?」
だがあたしは唯一と言うべきか……一筋の希望となりえる物を発見した。それはエレベーターの扉の上部の壁部分にフレームらしきものが見えたのだ。他の部分を見回しても似たような物は見つからない。つまりこのフレームはフロア側の扉の一部だと推察できる。
「……ならば!」
外側の壁に足を付き、エレベーター側の扉の上部を押しあげるように力を込めた。
だがさすがに正確な重さは知らないが、エレベーターを押し上げるだけの力は筋力強化では出せなかった。
「……駄目かぁ……ん?待てよ?」
ここで思い出す。エレベーターというのは普段開かれることは無いが、点検をしに来た作業員がワイヤー等が繋がっている空間へ出ることが出来る点検の扉がエレベーター上部にあるはずだ。
そこに出ることが出来れば恐らく目の前にフロアに出る扉があるはず。
早速、エレベーターの天井を確認する。幸い、エレベーターは天井が装飾してあり点検の扉が目立たないように作られているエレベーターがあるが、これは違うようだ。一目見て点検用扉を発見できた。
とりあえず動かせないか運よく取り付けられていた手すりに足を掛けて動かしてみる……が、残念ながらちゃんと固定されている。ある意味作業員がきちんと点検されているようで安心です!……今回に限って言えば……なんで開けてないんだよ!
だが……行ける。魔素放出術を使えばこれくらいの扉なら吹き飛ぶはずだ。
唯一の懸念は吹き飛ばした衝撃でエレベーターが落ちないかという心配だが、落ちるのをいつ来るか分からない救助をびくびくしながら待つよりは、多少なりリスクを冒して脱出の為に動く方があたしの性に合ってる。
そしてここまで焦っているのはもう一つ問題があるのだ。二人は気づいていないかもしれないがエレベーターが徐々にだが……落ちてきているのだ……それもゆっくりと。恐らく今こうやって耐えているのもエレベーター自体のブレーキが頑張ってくれているのだろう。
だがそれも長くは持たないだろう……ならば動くしかない。
点検用扉の真下に移動し、慎重に位置を調整する。ジャンプし、点検用扉を吹き飛ばす。衝撃でブレーキが持つのかは定かではないのでチャンスは一回だけだと胸に刻む。
「あの……何を……」
「黙れ、あたしの集中を乱すな」
「ひっ!分かりました」
「すー……はぁー……ふん!」
右手に魔素を溜める……そしてジャンプし……右手を点検用扉にギリギリぶつからないように突き出すと魔素を放出した。
バァァァン!……ガラガラガラ!
計画通り、放出された魔素は点検用扉だけを上に吹き飛ばし、そのままエレベーターの外側に落下した。ただ唯一の予想外……いやありがたいことにジャンプの衝撃でもブレーキが頑張ってくれたことだ……やはりどの世界でもエレベーター先輩は主人公に優しい。
そして点検口からは普段見えることが無いエレベーターの外側が見えていた。