マリアが自分の聖女を目指すと言い出した日から三ヶ月ほど時間が過ぎていた。
あの日以降、マリアがここには来たことは一度もない。
寂しくないといえば嘘になるが、数百年も一人で過ごしてきたんだ、それに比べれば三ヶ月なんて大した時間ではない。
ただ、どうしているのかは少し気になるところ。
今も聖女を目指すため日々奮闘しているのか、それとも周囲に説得され諦めているのか。
私としてはどっちでもいい、ただ諦めるにしても本人が納得した形で諦めてほしいものだ。
それに、以前と比べて私の力が増してるのがわかる、これがいわゆる信仰による女神の力というものなのだろう。
現状信者と呼べるのは彼女一人、つまりこの力の源はマリアであの子がまだ信者であることを指している。この力がなくならない限り、少なくとも彼女はまだ私を慕ってくれているという事だ。
そう考えれば寂しさも薄れていく、だけど……
『はあ……やっぱり寂しもんは寂しい、こんな事、今までで一度も思ったことはなかったんだけどなぁ。』
やっぱり慣れって怖い。
「なるほど、ここが例の神殿か。」
『おや?』
珍しく神殿の外から人の気配がする、と思ったら神殿の中に誰かが入って来た。
綺麗な金髪の髪に整った顔立ちの少年で、身なりからして恐らく貴族のようだが、凄く場違いな感じがする。
しかしこんなところに何の用だろう?マリア以外の人間がここを訪れるなんて……いや、恐らくマリア絡みか。
彼女の事情を聞いて真っ先にやってくる可能性があるといえば親、もしくはやっぱり婚約者だろう。
ただ、本人は婚約関係については言葉を濁していたんだよね。
しかしこの少年、誰かに似ているな……
「随分と古臭い神殿だな、いや、神殿と呼べるかも怪しい」
……は?
なんだこいつ、いきなり人ん家来ておいて中を見るや酷評とは、なんとも失礼な奴だ。
「といっても、神殿は神殿だ、いきなり潰すのは不遜だろうな。それに彼女の話によればここに女神がいるらしいしな、よし……」
貴族らしき少年は何やら一人でブツブツと呟いたかと思うと、そのまま奥まで進み私の像の前まで来ると立ち止まる、そして女神像に向かって話しかける。
「汚物の女神よ!聞こえているんだろう?僕は王国の第一王子でありマリア・ランドルフの婚約者
……は?
「彼女は我が妻となり、この国の王妃となる女性だ!貴様のような汚物の女神如きが関わっていい人間ではない!もし少しでも良心があると言うのなら、彼女のためを思うなら金輪際彼女と関わるのをやめろ!」
……イラッ!
なんだこいつ、これじゃあまるで私があの子を誑かしてるみたいじゃない!
てかこいつ王子なのか?ってことは……ああ、成程、あのバカ王子の子孫か!
そう言えば滅茶苦茶似てるな、私が神聖女だからって言って断ってもしつこく言い寄ってきて、よくうちの女神様怒らせてたわね、女神を軽んじるところは血筋か。
それにしてもムカつくなあ、私には向こうの声が聞こえて私の声は聖女以外に聞こえないとか、こんなの一方的にしかならないじゃない!
しかも今の言葉を聞く限りマリアの婚約者ですらない、なのにこの言い様、あの子が言葉を濁した理由が大体察しがついたわ。
どうにかして懲らしめたいけど……そう言えば、確か力が増したことで使える女神の力がいくつかあったわね……試してみるか。
私は騒いでいるこのバカ王子に向かって初めて自分の力を使ってみる。
「いいか?これはあくまで国からの警告だ、もしこの警告を無視して今後も彼女と関わるというのなら、貴様を邪悪な存在と認識し、この神殿ごと壊して……」
――グギュウウウウウウウウウウ
と言ったところで、このバカ王子のお腹からあたかも異常がありますと言わんばかりの大きな音がなる。
そしてみるみる王子の顔が青くなっていくと少し前かがみになりお腹を抑え始める。
「な、なんだ、、急に腹が……まさか、こ、これは、め、女神の仕業か……」
そしてとうとう立てなくなったのかその場で膝をついた。
『いよぉぉぉし!』
苦しむ王子を見て思わずグッと拳を握る。
フフフ、バカめ、王子如きがうんこの私に……違った女神の私に勝てると思うなよ!
「ク、クソ、おのれ女神め、こ、これ式のことでわ、僕が……あぎゃう!」
はい、クソですよ。しかし思ったより強力だわ、これ。少しでも力を入れれば漏れるんじゃない?ちなみにここにトイレはない、誰も使ってないからね。
もしするなら村に行かなきゃならないけど、果たしてそこまで持つかなぁ?
「う、お、おわぁあ……」
あ、駄目だこれ、流石にきつそうだな、王子がしたらいけない顔してるわ。
仕方ない、ここで漏らされても嫌だから少し力を弱めよう。
すると王子に少し余裕が生まれたのか、立ち上がると女神像を睨みつける。
「こ、この汚らわしき女神め、なんたる卑劣な攻撃をしてくる、だが僕は決して……」
もう一度力を強める。
「ううおおおおおおおおおおお⁉こ、このかりえ、かならうおおおおお⁉」
結局王子は、何一つ伝わらない捨て台詞を残すと、生まれたての子鹿の様な歩き方でヨタヨタと去っていった。
『便意は権より強し』
フッ、我ながら素晴らしい格言を生んでしまった