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第27話 聖女と聖女候補

 学園へ出発する日の朝、屋敷の門の前ではこの家の人間が総出でマリアとリッド君を見送りに来ていた。

 使用人たちは勿論の事、多忙でいつも早朝に仕事に向かう騎士団長のロックまで来ているところを見ると、やっぱり二人が愛されているんだと実感する。


「いいか、マリア。お前が何を信仰しようと構わないが決して、人に迷惑をかけるなよ。」

「ご安心ください、過度な勧誘は女神様の印象を下げる行為なので絶対行いません。」

「でもあなた、信仰の事になると無意識に暴走してしまうから、リッドもお願いね。」

「はい、僕の沽券にも関わると思うので。」


 ……と思っていたけれど、どうやら心配の方が大きいようだ。

 まあ、それはともかく、マリアは両親に何度も念を押された後、リッド君とアンナを含めた二人のメイドと共に馬車に乗り、これから三年間通う事になる学園へと出発した。

 学園までは大体一週間くらいかかるようで、マリア達はその間、馬車の中で何度も学園での注意事項を確認していた。


「いい?姉さん。今から僕の言うことを復唱してね?」

「リッド君は心配性ですね、そう何度も言われなくても大丈夫ですよ。」

「姉さんが優秀なのは知ってるけど、うんこの話になると周りが見えなくなるから。」


 マリアは苦笑を浮かべながらも、言われた通りリッド君の言葉を復唱していく。


「強引な勧誘は絶対しません。」

「強引な勧誘は絶対しません。」

「うんこの話をする時は時と場所を弁える。」

「うんこの話をする時は時と場所を弁えます。」

「タクト君には近づきません」

「タクト君には……何故駄目なんですか?」

「色々と危険だから。」


 マリアは首を傾げつつもとりあえず今の言葉も復唱する。

 ところでタクトって誰だろう?危険というけど、マリアに勝てるような人間は世界中探してもいるかどうかわかんないけどね。


「ちなみにアンナもだからね?」

「ご安心をぼっちゃま、アンナの『アン』は安心の『アン』です。」

「アンナの『ナ』はナニ言ってるんだこいつ?の『ナ』だよ。」


 そしてそんなやりとりをしながら過ごしているうちに、学園へと到着した。


「ここが学園ですか。」


 マリアが目の前に映る巨大な建物を見上げながら呟く。

 学園に来るのは私も初めてだけど、確かに大きい。巨大な門の先には噴水が見え、さらにその先には神殿に負けないくらい巨大な建物が立っている。

 広さも小さな村一個分あるんじゃないだろうか?実際何百人と言う生徒を預かっているからそれくらいあってもおかしくはない。


「じゃあ僕は男子寮へ向かうから、ちなみに女子寮はあっちだよ。」


 リッド君が女子寮の方向を指さした後、男子寮があると思われる反対方向へ歩いて行った。


「では私達も行きましょう。」


 マリアはそう呟くと、事前に貰った資料を見ながら、自分の部屋のある寮へと入っていく。

 中に入ると、そこには人が集まれるような広い空間があり、その奥では一人の女子生徒が紙を見ながら何かを確認していた。

 明るい金色の髪を赤いカチューシャで止めた少女で、目つきは少し悪いが顔はかなり整っていた。そしてその女子はマリアに気が付くと、その手を止めてこちらに向かってくる。


「あら、やっと来たわね、マリア。」

「お久しぶりです、オルタナ様」


 どうやら、マリアの知り合いだった様で、マリアは会えて嬉しそうに挨拶をする。


「女神様、この方は公爵家令嬢のオルタナ・リンドバーグ様です。」


 公爵令嬢……ああ、うん公女の……


「以前話していたうん公女様です。」

「誰がうん公女よ!その呼び方は認めないって手紙を送ったでしょ?」

「いえ?認めると返事が来ていましたが?」


 オルタナの言葉にマリアはきょとんとした顔で首を傾げる。

 確かにマリアが送った手紙を返事には了承したと書いてあったね、返事が届いただけでもびっくりだったけど了承の文字に言葉も出なかったのを覚えている。

 ただやはり間違いだったらしい、しかしそれならあの手紙は何だったんだろう?

 本当に知らないというマリアの反応にオルタナも困惑する。

 そしてハッとした顔をしたかと思うとオルタナは、自分の隣に立つメイドに目を向けた。


「……語呂が良かったので、誠に勝手ながら認可させていただきました。」

「本当に勝手ね!」


 オルタナのツッコミにも涼しい顔をしているのを見る限りこのメイドは常習犯なのかもしれない。

 しかし、アンナといい専属のメイドと言うのは碌なのがいないのだろうか?


「とにかく、その呼び名は認めてないから!」

「それは残念です。」

「はぁ……まあいいわ、ところであなたさっきから誰に話してるの?」

「あ、実は今私の傍には今、うんこの女神様がいらっしゃるのです。」

「え……」


 そう聞くと、オルタナは少し私達から距離をとる、そんな顔しなくても臭いはしたりしないよ。


「それよりオルタナ様はここで何をなさっているのですか?」

「ああ、私はここの寮長を任されているからね、新入生たちがちゃんといるか確認を取ってるの。」


 そう言って、オルタナがこちらに生徒の名前が書かれた紙を見せる。


「ちなみに来ていないのはあなたを含めてあと二人……と言ってたらどうやら来たみたいね。」


 オルタナが入口を見てそう言うと、まるでタイミングを見計らったように最後の生徒らしき女子ががやってくる。

 中々珍しい淡い青色の髪を肩まで切りそろえた少女で青い大きな瞳のせいか、マリアやオルタナに比べて少し幼く見える可愛らしい少女である。


「すみません、第二女子寮はこちらで宜しいので……あれ?もしかして、マリア様ですか⁉︎」

「まあ、そういうあなたはレイン様ですか?お久しぶりです。」


 どうやらこの子もマリアの知り合いだった様で、少女はマリアを見ると、勢いよく近づいて来て眼を輝かせながら手を取った。


「あら?マリアの知り合い?その割にはパーティーでも見たことない顔だけど……どこの家の方かしら?」

「すみません、私、平民なので。」

「平民?」

「オルタナ様、こちらの方はレイン・アクアフォート様で、以前お世話になった水の神殿の司祭見習いをやっておられる方です。」

「へえ、水の……」


 マリアの紹介を聞いたオルタナがレインに関心を示す。

 流石は国一番の信仰を持つ女神の司祭見習いなだけあって、見習いでも反応がいいね。うんことはえらい違いだ。


「それで、レイン様がどうしてここに?」

「はい、実はあれから鍛錬を重ね、第五階級まで使えるようになった事で私も聖女候補に選ばれたのです。それでいろんな方と交流を持てるようにと、大司祭様に後見人になってもらってこの学園に通う事になったのです。」


 へえ、五階級かあ……その歳でやるわね。

 聖女になるには基本六階級の魔法習得が必要となる、それは女神を召喚するのに六階級の精霊召喚が必要とされる魔法からだ。

 ちなみに、神聖女となる場合は自ら降りてくるので使える必要はない。

 私は信者がいないあまり、そこまでの力は必要なかったけどね。


「水の聖女候補って凄いじゃない、一〇〇年以上不在って聞いていたけど。もし聖女になったら権力で言うなた公爵家と引けを取らないわよ?」

「いえ、そんなことありませんよ、私はあくまで候補なので本物の聖女であるマリア様と比べたらまだまだです……」


 そう言って、恥じらいなら浮かべる笑みは何とも愛らしい事か。

 なるほど、この子ならあの女神様も好みそうな顔だな。

 この子が聖女になる日も遠くないのかもしれない。


「では、学園には聖女を目指すものが二人もいるのですね?お互い精進しましょう。」

「はい!」

「ああ、水を差して悪いんだけど聖女候補は三人よ。」


 手を取り合ってはしゃいでいた二人の間を割るようにオルタナが気まずそうに告げる。


「そうなんですか?」

「あっ、もしかしてオルタナ様もうんこの――」

「違 う わ 炎の聖女候補も来ているのよ。」

「え?でも炎の神殿は確かこの国にはありませんでしたよね?」

「ええ、だから留学生という事になるわね、他にも今年は何人か留学生が来てるからね……特に帝国から二人の皇子が留学しに来ていると言う話よ。」


 その言葉に先ほどまでにこやかだったレインの表情が引き締まる。


 帝国ね……今の帝国は知らないが私もあまりいい記憶はないなあ。

 私の頃も女神様を怒らせてとんでもないことになってたし。


「それは確かに危険かもしれませんね、帝国は強引なところが目立つ国です、マリア様ほどの人なら狙われてもおかしくはないかもません。」

「騒ぎを起こすとは思えないけど、あなたは少し甘いところがあるからそこを狙われないように気をつけなさい。」


 そう言ってオルタナが忠告するが、マリアはそんな彼女の言葉に対し首を振る。


「いえ、逆ですよオルタナ様。この際お近づきになり、是非他国にもうんこの素晴らしさを伝えていこうとも思います。」

「全く、あなたは相変わらずね。」

「こう言う時はあれですよ、ズバリ、ウンチはチャンスです!」


「やかましいわ!」

 やかましいわ!


 心なしかオルタナと距離が少し縮んだ気がした。




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