マリアが入寮した翌日、今日は入学式の日である。
式が始まるのは朝日が昇ると同時に鳴らされ始める鐘が三度鳴った頃なのだが、マリアは日課のお祈りを捧げるために一度目の鐘が鳴る前の明け方に起床した。
使用人であるアンナもまだ眠っているので、マリアは自分で髪を溶かし制服に着替えると、その場でくるりと回る。
「どうでしょう?おかしなところはないでしょうか?」
うん、どこから見ても完璧な美少女だよ……信仰さえしなければね。
マリアは身支度を済ませると、次に朝日が差し込む窓の前にテーブルで簡易的な祭壇を作る。
そして自作の女神像を置いて膝を付き、日課の祈りを捧げ始めた。
この間は口を開かずただ無心に祈りを捧げるので実に美しい聖女である、そして鐘の音が一つ鳴ると、祈りを終えて立ち上がる。
普段ならこの後はトイレの掃除をしているのだが、ここは寮という事もあって掃除をするにしても学園の許可をとる必要があるため、今日はお祈りだけである。
なのでマリアは余った時間で、少し散歩に出る事にした。
入学式までまだ時間があるにもかかわらず、寮の外には他の学生達もちらほらいる。
剣の素振りをしている生徒や、花壇に水をあげていたりしている生徒、男女で手を繋いで歩く生徒もいる。
マリアはそんな光景を眺めながら歩いていると、目の前から見覚えのある女子がやってきた。
「あ、おはようございます、マリア様。」
「おはようございます、レイン様。」
マリアは同じく散歩をしていた水の聖女候補のレインと挨拶を交わす。
「気持ちのいい朝ですね。」
「はい、レイン様も散歩ですか?」
「はい、朝の祈りの後、時間が余ってしまいまして。」
「私と一緒ですね。」
そんなことを言いながら二人が微笑み合うと、その空間だけ何とも和やかな雰囲気で包まれる。
それにしてもレインは流石水の聖女候補なだけあって、話し方から振る舞いまで清らかで見ているだけで心が洗われる。
まあうちの聖女も清らかといえば清らかだけどね、ただ信仰対象が汚れているだけで……
二人は暫く話した後、一緒に寮へと戻っていった。
そして、その後は朝食を済ませると二人揃って入学式の会場へと向かった。
会場に着くと、そこには既に新入生たちが集まっており、マリア達も教員の指示に従い列に加わると中に入る。
新入生たちは興味津々に周囲をキョロキョロ見回しているが、中でもやはりマリアの注目度は高く、美少女のレインと並んでいる事で男子達の視線は二人に釘付けとなっていた。
そして時刻になると、式が始まり壇上に校長らしき初老の男が上がって挨拶を始めた。
「新入生の皆さんおめでとうございます、私はこの学校の校長をしているゾシモスと申します。えー皆さんにはこれからこの学園で――」
新入生達は校長の話をつまらなそうに聞いている、まあ長々と話しているが要約すれば、学校で勉強に励みなさいという事を言っているだけなので退屈になる気持ちはわかる。
校長が話し終わり壇上から降りる。
そして次に上がってきた男子生徒を見て、新入生の女子たちから黄色い悲鳴があった。
壇上に上がったのは第一王子のアルフレッドだった。
「新入生の皆さんご入学おめでとうございます、私はこの学園で生徒会長を務めるアルフレッドです。私は一応身分としてはこの国の王子という立場ですが、この学園ではただの一生徒であり、生徒会長でありますので気軽に声をかけてください。」
アルフレッドがそう言ってはにかむと、女子たちはうっとりしている。
さっきの校長とはえらい違いで他の生徒もしっかり耳を傾けているので、校長が少し不憫に思えてくる。
「これから皆さんはこの学園でたくさんの事を学び、成長していくでしょう。ただ、僕個人としては、学ぶだけでなく学生の間にしかできない経験も是非積んでいただきたいですね。部活や友人達との交流、そして恋愛とかね。」
そう言うと、アルフレッドはこちらを見る、恐らく今の言葉はマリアに向けて言ったものなのだろう。
全く、油断の隙も無いな。
「チッ」
おや?
すると近くから舌打ちが聞こえてきた、どうやら私以外にも王子をよく思っていない人はいるみたいだね。
前を見ていたので誰がしたのかはわからないけど。
「では皆さん、良い学園生活を。」
アルフレッドが言葉を締めると、壇上を降り次は新入生代表の挨拶へと移る。
代表はどうやら入学試験の首席だった生徒が行うようだ、ちなみにマリアは試験を受けていないので首席ではない。
「では次に新入生からの挨拶をアネッタ・フレイヤ・ミストラーゼさんお願いします。」
「はい!」
名前を呼ばれると後ろの席から返事が聞こえた。
返事をしたのは赤い髪色をしたで気の強そうな女子だ。
その女子は肩まで伸びた美しい髪を靡かせて堂々と壇上へ向かうと、首席らしく無難な挨拶をして壇上を降りた。
そして、これで入学式は終わったようで次にマリア達は教員に連れられてそれぞれのクラスへと向かった。
マリアのクラスはA組らしく、レインや先ほどの首席の女子も一緒だった。
それぞれが席に座ると、担任と思われるポニーテールの若い女性教師が教壇の上に立ち、話始める。
「初めまして、このクラスの担任を任されたエリサ・ノワールだ。これから一年間よろしくな、家の爵位は男爵だが、学園では身分は関係ないので全員ビシバシ指導していくから覚悟しておけ。じゃあ早速だがまず、皆にも自己紹介してもらおうかな?出席番号一番のレイン・アクアフォートから」
「はい。」
男口調の女教師エリサが挨拶をした後、指名されたレインが立ち上がり自己紹介を始める。
「初めましてレイン・アクアフォートと申します、平民ですが水の聖女候補としてフェリエ大司祭様後見人の元、入学いたしました。水の司徒として恥じないように頑張りますのでよろしくお願いします。」
最後にぺこりと頭を下げると、拍手が飛び交い男子からも声が上がった。
「水の聖女候補とは凄いじゃないか、水の聖女はここ数十年不在と聞く、是非とも聖女になれるよう励んでくれ、では次――」
そしてそのまま出席番号順に自己紹介が続いていき、首席の生徒の番になる。
「先ほど新入生の代表として挨拶をさせていただきました、アネッタ・フレイヤ・ミストラーゼです。この国、エルランテ王国の隣国に属するバスズ王国から留学生として来ました。バスズでの身分は侯爵であるミストラーゼ家の令嬢であり、そして炎の聖女候補としてフレイヤの名を授かりました。他の聖女には負けるつもりはありませんのでよろしくお願いします。」
そう告げると、アネッタと名乗った女子は最後にレインを睨みつけた後、席に座る。
どうやら、同じ聖女候補として意識しているようだ。
しかしレインの方は意識していないのか少し苦笑いをしていた。
「成程、水の聖女候補と来て炎の聖女候補も来たか、是非二人で切磋琢磨して最高の聖女を目指してくれ、じゃあ次――」
そして更に自己紹介は続き、いよいよ出席番号が最後であるマリアの番まで回ってくると、マリアはゆっくり立ち上がる。
「初めまして、ランドルフ伯爵家の長女、マリア・ランドルフと申します。私の家は古くから王家に騎士として仕えていますが、レイン様やアネッタ様と同様、私もうんこの聖女をしております。是非うんこ関係でお悩みの方は気軽に相談してくださいね。」
「……お、おう、という事で皆もうん……マリア・ランドルフをよろしくな。」
マリアが挨拶を終わるとパラパラと拍手が起きる。マリアの事は元から有名だったこともありそこまでどよめきは起こらなかったようだが、最後の最後で何とも言えない空気になってしまった。
「マリア・ランドルフ……あの子が……」
そして、初めてマリアを知ったアネッタが、敵意を剥き出しでマリアを見ていたことにその時は誰も気づいていなかった。