クラス全員の自己紹介が終わると、その後は学園の年間行事の説明などの少し長めのホームルームを行って入学一日目の授業は終わった。
ホームルームの時に伝えられた話によれば、どうやら今週末に新入生の歓迎会があるらしく、ドレスなどの準備をしておくようにとの事だったが、既に社交界デビューを終えている彼らにはその必要はなく、生徒たちの殆どはその連絡は軽く聞き流していた。
「すみません、私まだドレスの用意ができていません。」
そんな中、水の聖女候補にして平民出身であるレインがポツリと呟いた。
どうやらパーテイーがあること自体はあらかじめ知っていたらしいが、まさか入学早々必要と思わなかったらしくまだ用意できていなかったらしい。
「では折角なのでこの後買いに行きましょう。」
というマリアの一言事により、マリアとレインは放課後、ドレスを見繕いに街へと繰り出した。
学園に向かう途中にも思ったが、やはり王都なだけあって街の賑わいは凄い。
まあ私が神殿のある村から出たことがなかったってのもあるのだろうけど、それを踏まえても王都は人で賑わっている。
そしてそんな王都でも、二人の美少女が仲睦まじく歩く姿は絵になるようで、通りすがる人達は男女問わず、自然と二人に目を向けている。
中には声をかけようと考える輩もいるようだが、彼女達の着ている服が貴族の名門校であるアレクサンドリア学園の制服だと気づいてすぐに諦める。
そんな二人の様子を、後ろから見守っていると、突如上から男が降ってきた。
上空からいきなり現れたのはよく見ると、学園の中等部の制服を着ている少年だった。
まだ中等部ながら高身長で、体格もスラッとした細身な体をしており、赤い縁の眼鏡をした中々のイケメン男子だ。
上から降ってきた少年に周囲も驚きを見せるが、その少年は気にすることなく二人に近づくと、いきなりマリアの前で跪く。
「やっと会えましたね、マイ、クソエンジェル。」
少年は口説いてるのか罵倒しているのかわからない発言をしてマリアの手を取り、顔を見上げた。
流石のマリアも驚きを隠せなかったが、その少年の顔を見ると何かに気づいたように目を見開いた。
「あら?もしかして、タクトさんですか?」
「おお!覚えてくださったのですね!」
「はい、お久しぶりですね。」
名前を呼ばれた少年が嬉しそうな顔を見せると、マリアもニコリと笑った。
……ん?タクト?あれ、確かその名前って……
「しかしこんな所で会うなんて奇遇ですね。」
「いいえ、奇遇なんかではありません、近くでマリア様の麗しき臭いを嗅ぎ取ったので辿ってきたのです。」
……臭い?
タクトはキラキラした雰囲気を出しながらキザっぽく言うが、内容はよくよく聞いてみるとなんだが、おかしな事を言っている。マリアは特に気にしていないようだけど。
「というよりどうして上空から?」
「はい、いつでもどこであなたの元へ飛んでいけるように風魔法を練習していたのですよ、今では四階級まで使え、短時間なら飛ぶことができます。」
へー、理由はともかく、それは普通に凄いわね。
中等部で四階級なら卒業前には六階級も目指せそうね。
「そして、そんな風魔法を得意とする私の事を、人はこう呼びます『風のタクト』と」
いいのかその名前?
いや、悪くはないんだけど、なんだか駄目な気がする。
「それは凄いですね。」
「ふふっ、ありがとうございます。……ところでマリア様、一つ質問なんですが、その……マ、マリア様は
「はい、お陰様で無事なることができました。」
「
「はい、
「……フッ、ウフフフ……有難うございます!」
……なんでお礼を言った?そして、何故ニヤついている?
「そういえば、そちらの麗しい方は?」
タクトはマリアの隣に立つレインに目を向ける。
「あ、初めまして。私、水の女神の司徒をしています、レイン・アクアフォートと申します。」
「水の……そうですか」
レインの言葉に何故かタクトは露骨に残念そうな顔をして項垂れる。
普通水の司徒って名乗ったら感心されるものなんだけどなあ。
「失礼、てっきりあなたもうんこの信者かとかと思ったのです……」
「ごめんなさい、私はうんこの信者ではないのです。」
「……え?今なんと?」
「え?だから私は
「フ、フフフ……フハハハハハハ、ありがとうございます!」
タクトは再び礼を言いながら勢いよく頭を下げる、よく見れば息を荒くしながら鼻血を出していた。
……もしかしてこいつ、美少女に『うんこ』と言う言葉を言わせて興奮してるのか?
とんだ、変態じゃんか!
「クソ、まだ見つからないのか⁉」
「目撃情報はここらへんで間違いないはずなんだけど……」
「これ以上苦情が来る前に!何としても見つけ出すんだ!」
タクトが気持ち悪い笑い声をあげていると、何やら前の方が騒がしくなってくる。
「む?この臭いは、さては追手か!」
いや、そこは声でいいでしょ。
「すみません、お二方。名残惜しいですが、どうやら追手が来たので今日はここで失礼します。」
「追手ですか?」
「その追手と言うのはどなたなのですか?」
「我が家の派閥に属する取り巻き達です、では!」
そう言ってタクトは二人に一礼すると、風魔法を使って颯爽に学園の方へと飛び去っていった。
……飛んだ変態はとんだ変態だったな。
そんな馬鹿なこと考えていると、タクトと入れ替わるように前から男子がやって来る。
やってきたのはマリアの弟のリッド君と二人の男子だった。
「あ、姉さん。」
「あら、リッド君こんにちは、それにその二人はもしかしてウルスさんとアルマさんですか?」
「はい、お久しぶりです、マリア様。」
リッド君の友達らしき二人がマリアに挨拶をする。
「すみません、マリア様、積もる話もしたいところなんですが、今は立て込んでまして……」
「こちらに変態は来ていませんか?」
「変態ですか?来ていませんけど。」
マリアの言葉にレインも頷く、ホントは来てるんだけどね。
純粋な二人には変態が変態であることに気づいていないようだ。
「ここにも来ていないか……」
「あの、その変態と言うのはどう言う方なのでしょう?」
「はい、突如上空から現れ、道ゆく若い女性に対し「お嬢さん、今日のうんこは何色ですか?」と息を荒げながら声をかける侯爵令息です。」
絵に描いたような変態だな。
「我々としては何としても見つけねばならないのです、これ以上派閥の顔に泥をなられても敵わないですし。」
「僕も奇行は姉だけで十分だから、友人の奇行を何とても止めたいんだ。」
「もし見かけたらすぐに連絡してください、間違っても近づかないように。」
三人はマリア達に警告を入れた後、すぐに走り出しその場を立ち去っていった。
しかし、なかなか色の濃い相手だったな。
関わらずに済むのが一番だが、なんだか無理な気がする。
そんなこんなで、ちょっとトラブルはあったが、その後は何事もなく二人はドレスを購入すると、帰りは寄り道をしながら学園へと戻り、学園に着く頃には日が落ち始めていた。
「今日はお付き合いいただきありがとうございました。」
「いいえ、私も楽しかったです、良ければまた行きましょう。」
「はい。」
夕日を背中に二人が微笑み合う。
しかし、この二人は本当に見ていて癒される、さっき変態を見たから余計にそう思った。
学園の校門が見えて来ると、校門では一人の黒髪の少年が門に持たれながら待っていた。
その顔は見覚えがある顔で、以前アルフレッドと共に神殿にやってきた第二王子のセシルという少年だった。セシルはマリアを見つけると、校門から離れ、こちらに歩いてくる。
「セシル様、こんにちは。」
「ああ、久しぶりだな、マリア。」
セシルはマリアを前にすると、不愛想な表情を綻ばせる。
「こんなところでどうしたのですか?」
「ああ、君会っておきたくてな。聞けば街に出かけたと聞いてこうして待っていたんだ。その……入学おめでとう。」
「ありがとうございます。」
マリアが笑顔でお礼を言うと、その笑顔を見たセシルは、不意に顔を赤くし、マリアから背けた。
「き、今日は、街に出かけていたんだな。」
「はい、レイン様のドレスを買いに」
「本当は俺が一緒に行きたかったんだが、まあ次の機会でいいだろう。」
「あの……マリア様、そちらの方は?」
二人の会話に入れず後ろに控えていたレインが恐る恐る尋ねる。
「すみません、紹介がまだでしたね、こちら、第二王子のセシル殿下です。」
「セシル……殿下?第二王子?」
「セシル様、こちらは水の聖女候補のレイン様です。」
「そうか、宜しくな。」
セシルはマリアとはまるで違う態度でそっけなく挨拶をする。
しかしそんなセシルに対し、レインの方も笑顔が消えた。
そして……
「カーっ、ぺッ!」
レインは足元に向かって唾を吐いた。