数分後、落ち着きを取り戻したアレンはまず少女に怖がらせたことを詫びた。
半人半魔とはつまり半分が人間で半分が魔物。人間と魔物の間にできた子供のことを指す。
「自分と同じ」と表現したようにアレンもこの半人半魔だった。
人間と魔物、違う種族の間にできた子供と聞くともしかしたら種族間の垣根を超えた愛を想像するかもしれない。
しかし、現実はもっと悲惨である。
大抵は魔物が何らかの目的のために人間をだまし子供を産ませるのだ。その目的は様々で単純に生まれた子供の肉が目当てだったり、より人間をだましやすい環境を手に入れるためのカモフラージュだったりする。
そしてだまされたのが男親であっても女親であっても幸せな結末には恵まれないことが大半である。
少女は尚もおびえた様子でヨナ婆の後ろに隠れていたがアレンが優しい笑顔を向けて名前を尋ねると短く「リサ」と答えた。
3人は石暖炉の前に再び腰を下ろし、それからヘキリア高地でしか取れない身体を温め心を落ち着かせる効能のある薬草で作ったお茶を飲んだ。
「連れて来たのは、師匠ですね?」
今度こそ確信を持ってアレンは尋ねた。
ヨナ婆はお茶を一口飲みかすかに頷く。
そしてぽつりぽつりと聞いたことを思い出すように語り始めた。
リサがアレンの師匠と共にヘキリア高地にやって来たのはちょうど一月ほど前のことだ。
師匠の後ろに隠れるようにして立っていたリサを見てヨナ婆は一目で半人半魔だと気が付いた。
正確には魔物であると推測して、それからアレンのことを思い出し半魔の可能性を推察した。
「この子の親は?」
アレンはリサの顔色を伺いながらヨナ婆に尋ねる。半人半魔の子供が送っていた生活はなんとなく想像がつく。自分の置かれていた環境と大差がないだろうから。
「人間の母親は生まれてすぐに亡くなったそうだ。父親の方はヨルムが殺したと聞いている」
ヨナ婆も特にリサに気を遣う様子もなく答える。ヨルムはアレンの師匠の名前である。
「そうですか。よかった……」
アレンは思わずそう口にした。自分の環境と重ね合わせた結果漏れ出た本心だったが言葉にしてすぐにハッとする。
いくらなんでも両親の死に直面した幼子に対し「よかった」と言うのは酷かとリサに表情を伺った。
しかしリサは話にまるで興味がないようにお茶をすすることに集中している。
アレンの師匠なだけありヨルムは当然デーモンスレイヤーである。それも超が付くほど腕利きの。
それでいて巷で話題になるような無茶なことは一切せず、アレンの目から見て素直に尊敬ができる人物だ。
そのヨルムが「殺した」と言うのだから魔物は父親の方だろう。
リサの反応を見るに碌な環境で育てられてはいない。
アレンの「よかった」という言葉には「リサがいつまでもその環境にいなくてよかった」という意味と「仮にも自分の親である男を憎み、探し出して殺そうとする必要がなくてよかった」という2つの意味があった。
「ところで……」
止まった会話をアレンの方から再開する。
ヨナ婆に経緯聞いている間ずっと気になっていたことがある。
「なぜ自分は呼ばれたのか」ということである。
半人半魔のアレンを拾い、デーモンスレイヤーになるように鍛え上げたヨルムのことだ。アレンは師匠が似た境遇の子供を拾ってきたと聞いても特に驚かない。
ただ、そこに無関係の自分が呼び出されたことに嫌な予感がしていた。
「『この子を連れて旅をし、育てろ』ヨルムはそう言っていたねぇ」
「無理です!」
ヨナ婆がすべて言い終わる前にアレンは答えていた。予測できた答えだったために否定するのも早い。
「リサはまだ幼い。見たところ10歳くらいですよね? デーモンスレイヤーの過酷なたびについて来れるとは思えません」
半人半魔の子供の身体能力が普通の子供より高いことをアレンは知っている。自分がそうだったからだ。
半分魔物と言うだけあって体力も俊敏さも必要な睡眠の時間すらも人間の子供とは異なる。
それを踏まえたうえでアレンの旅に走行させるというのは無茶なことだった。
「師匠は僕にこの子をデーモンスレイヤーに育て上げろと言うんですか? お言葉ですがそれならば師匠がやるべきだ。僕はデーモンスレイヤーになってまだ日が浅い。この子に教えられるような器じゃありません」
とアレンは必死に言い訳を述べたがヨナ婆は動じずにお茶を啜っている。
アレンがすべての言い訳を言い終えて息を切らし始めた頃を見計らってヨナ婆は一言だけ言った。
「『拒否権はない』だそうだよ」
アレンは悶絶する。必死の言い訳も意味がないことがわかってのものだった。
それでも理不尽に対する怒りは込み上げてくる。
「……師匠は、今どこに?」
取り乱さずに言葉にできたのはそれだけだった。
「さあね。この間までその辺をうろうろしていると思ったけど、気づいたらいなくなってたさね」
ヨナ婆がそう答えるとアレンは家を飛び出した。
「探してきます!」
無理とわかっていながらもそう言って。
残されたヨナ婆とリサの間にシーンとした空気が流れる。ヨナ婆は「いつものこと」と割り切っていてリサはここに来てから初めてこんなに賑やかだったことに面食らっている。
やがてリサが不安そうにヨナ婆の服の袖を引っ張った。
「私、あの人と行くの?」
そう尋ねるリサにヨナ婆が頷く。
リサは少し考えるそぶりを見せてからもう一度訪ねる。
「大丈夫? あの人、怖くない?」
少しばかり不安そうなリサの頭をヨナ婆は優しく撫でた。
「大丈夫さね。あれもお前と同じ。人にも魔物にもなりきれず、ずっと狭間で苦しんでいる。その癖に誰よりも痛みを知っているから誰よりも優しい。心配ないよ」
ヨナ婆はそう言ってもう一口お茶を啜った。