「聖王国では聖女様は法王と並ぶ立場のお方、そのお言葉は神託と同じに扱われる」
「では本当に彼等を聖王国へ?」
「セイラ様は本気のようだ」
「当院では成人前の方からの里親希望はお断りしているのですが…」
カートル孤児院の応接室で、大神官パルモロは院長と話している。
セイラとサラの孤児院宿泊3日目、明日の聖女来訪式典を前にパルモロは私服で孤児院を訪れていた。
打ち合わせの為にセイラがいる部屋へ行ってみると、彼女は自分にそっくりな少年をぬいぐるみのように抱き締めており、サラに聞けばトワに連れて帰ると言い出したという。
「トワの歴代聖女様の中には、孤児を引き取り従者とした方が複数おられる。その子らはいずれも神の祝福を与えられ、英雄となっている。おそらくトワの法王様が後見人として動かれるだろう」
「随分と大事ですねぇ…」
断れない状況に、院長は溜息をついた。
「この丸いの、甘くて美味しい」
孤児院のおやつタイム、エレナが作った菓子を食べたセイラがニッコリ微笑む。
「あぁ~、イル君と同じその笑顔、癒されるわ~」
調理場でホッコリするエレナは、応接室での院長たちのやりとりをまだ知らない。
「はい、2人とも口を開けて」
セイラに微笑まれ、やむなく従うのはイル&レン。
『なんか前も似たような事があったような?』
『シエム国であったな。違う聖女様だけど』
『俺、なんで自分と同じ顔の子にア~ンしてるんだろう』
『俺なんか、パッと見お前にア~ンしてるみたいになってるぞ』
モグモグしながら遠い目をする2人であった。
『必要な情報は得られたから、そろそろこちらへ戻ってくれるかい?』
消灯後、脳波通信アプリを使った定時連絡タイム。
部屋に戻った少年たちに瀬田が言う。
『帰る帰るすぐ帰ります!』
『今すぐ帰っていいスか?』
『ど、どうしたんだい? そんなに慌てて』
即答というか急いで帰りたがる様子に、何事だろう?と思いつつ瀬田が問う。
『聖王国へ連れて行かれそうなんです』
『幼女に里親希望されちまいました』
『ど、どうしてそうなった?』
展開についていけない瀬田に、イル&レンは状況を説明した。
『聖王国の聖女は創世神の使徒として教育を受けているから、普通はそんな突拍子もない事はしないのだけどね』
話を聞いた瀬田が言う。
『そうなんですか? 見た感じ孤児院の同世代と変わらないノリですけど』
と言うイルは、ぬいぐるみかよとツッコミたいくらい何度も抱き締められている。
『明日にはトワから神官たちが来るらしいんで、脱出するなら…』
レンが言いかけた時、部屋の扉をノックする音がした。
追跡アプリに登録しているので、すぐ誰か分る。
今まさに話題になっていたその人だ。
『どうする?』
『開けてみる』
レンの問いに答え、イルが部屋のドアを開ける。
「セイラ、眠れないの?」
予想通りそこにいた少女に、双子のようにそっくりな少年は問う。
「…助けて…」
「?!」
セイラはイルに抱きつくと、囁くような小さな声で言った。
「…悪意が来る…私を殺しに………」
「…え?!」
物騒な話に、イルもレンも驚く。
レンが部屋の扉を閉め、イルは抱きついているセイラをヒョイッと持ち上げて運び、自分のベッドに座らせた。
通信アプリはオンにしたままで、瀬田にも話が聞こえるようにする。
「えっと…とりあえず、話は聞くよ?」
セイラが抱きついたまま離れないので、イルも一緒に座る。
「明日本当になるかもしれない夢を見たの…」
そしてセイラは、聖女の力で視た予知夢を伝えた。
翌朝、聖女来訪式典に出るためセイラとサラは神殿へ向かう。
2人を見送った後、孤児院メンバーはいつもの生活に戻る。
イルとレンは聖王国の法王に引き取られる事になり、荷造りを始めた。
「うわぁん! イル君がいなくなっちゃう~!」
「エレナ落ち着いて」
「法王様に引き取られるなんて素晴らしい事よ」
号泣するエレナを、スタッフたちが必死で宥める。
当のイルは冷静で、エレナに歩み寄るとその手を取り微笑んだ
「泣かないで下さい。きっとまた会えますから」
「イルくぅぅぅん!!!」
エレナが抱きつくと、その背を撫でたりする。
そんな光景を、微妙な表情でレンが眺めているのは誰も気付かない。
(…エレナさんのハートをかっさらってどうする)
レンのツッコミはその心の中だけで終わった。
一方、神殿では神官たちが聖女を出迎えていた。
「聖女様、カートルまでご足労いただきありがとうございました」
大神官パルモロが話しかける。
「お出迎えありがとうございます」
トワから来た聖女が微笑みで応える。
まだ幼い聖女は、白地に緑の刺繍が入ったローブを纏い、落ち着いた足取りで進んでゆく。
秋の実りの祝福を行なう祭壇に近付いたその時、突然柱の陰から飛び出して駆け寄る者がいた。
キィンッ!
金属が打ち合う音が響く。
「セイラ様!」
サラが悲鳴に近い叫びを上げる。
駆け寄って来た者はセイラの胸を狙って短剣を突き出したが、見事に弾かれてしまった。
傍に居る修道女に被害が及ばないように襲撃者の前に立ち、護身用の短剣を構えているのは金髪に青い瞳の美少女。
しかしその姿は幼く可憐で、強そうには見えない。
神殿という事もあり取り押さえられるような者もおらず、襲撃者はニヤッと笑うとまた襲い掛かる。
狙われた少女は突き出された短剣を下から上へ払った後に身を翻し、敵が進む勢いに乗せて短剣の柄を鳩尾に打ち込む。
呆然とする神官や修道女たちの前で、ドサッと音を立てて襲撃者の男が倒れ、それを返り討ちにした少女が平然とした様子で短剣を鞘に納めた。
「セイラ…さま?」
状況に理解が追い付かないサラが疑問形で声をかける。
「どう見ても悪者だったから倒しちゃいました」
ニコッと笑いかけてセイラが言う。
「…た…倒せちゃうんですか…」
口から魂が抜けそうなくらい驚いている神官たち。
「気絶させただけだから。 早めに牢屋へ入れた方がいいですよ」
そちらにもニッコリ微笑みかけて、セイラは言った。
その一連の動作は戦いなれた剣士のようで、6歳の少女の動きには見えなかった。