「この男、金を積まれれば人殺しもすると噂の者ですよ…」
報せを受けて駆け付けたカートルの兵士が言う。
セイラを襲撃しようとして返り討ちにされた男は、スラム街の住民だった。
「よく倒せましたね。どなたが対応されたのですか?」
気絶している男を縛り上げ、兵士が聞く。
「聖女様です」
「………え?」
返ってきた答えに、兵士たちはポカンとした。
神殿中央は吹き抜けになっており、そこに植えられた植物と神樹が陽光を浴びている。
セイラは神樹に歩み寄り、その幹に片手で触れた。
すると神樹の枝葉の間から湧き出るように緑の羽根の妖精たちが現れる。
妖精たちはセイラを慕うようにその周囲へ集う。
神樹と、それに触れている幼い聖女の身体が光を放ち始める。
その光は神殿の外、王都の外、カートルの領土全体に広がり、そ植物の生命力を活性化させ、結実に必要な生命力を満たした。
神官たちが跪いたまま、神樹と聖女に感謝の祈りを捧げる。
神樹の傍らに立つ少女は、妖精たちと何か話すように微笑んでいた。
『これでいいのかな?』
『うん』
『今年はいつもより多くの実りがあるよ』
その会話は、神官や修道女たちには聞こえない。
『協力ありがとう』
『こちらこそ、魔力いっぱいありがとう』
微笑んだ後、御使いたちはフワリと舞い上がり、神樹の枝葉の中へ帰ってゆく。
1人だけ残った妖精は神樹には帰らず、少女が纏うローブの胸元から入り込んで中に収まった。
「この神殿の警備はどうなっているのですか?」
「事なきを得たからよいものの、もしも聖女様が害されていたらどうなさるおつもりですか?」
秋の実りの祝福を終えた後、聖王国の神官たちがカートルの大神官に詰め寄る。
大神官パルモロは自らの膝下で起きた事件、6歳児が成人男性を制圧するという信じられない出来事に困惑し沈黙する。
「落ち着いて。私はあんなものに害されない」
そこへ幼い聖女が歩み寄り、はっきりした口調で言う。
「トワとカートルの友好を壊してはいけない。真の敵は他にいるから」
6歳の子供とは思えない言葉に、神官たちが鎮まった。
「セイラ様、一体いつの間にあんな武術を覚えたんですか?」
カートルを離れる馬車の中、サラが聞く。
「き・ぎょ・う・ひ・み・つ」
言うと、セイラはニッコリ笑った。
『な~にが企業秘密だよ』
脳波通信アプリでツッコミが入る。
後方の馬車に乗っているレンからの送信だ。
『とりあえず誤魔化すのに丁度いい言葉だろ?』
セイラを演じるイルが返信する。
『そうだね、私もよく使うよ』
と言うのは、地球の自社オフィスから通信している瀬田。
『きぎょうひみつ、今度私も使うね』
会話に加わるのは、イルを演じるセイラ。
自らに迫る危機を予知夢で知ったセイラは、それを解決出来る存在をも知る事が出来、イルとレンに助けを求めた。
予知夢の内容を聞いたイルとレン、彼等との通信アプリを通して聞いた瀬田は、セイラを護る為に入れ替わり作戦を実行した。
瀬田は連絡がとりやすいようにと、セイラに脳波通信アプリ付きペンダントを渡した。
護身用の短剣は瀬田がカートル王都の武器屋へ買いに行き、イルに転送した物。
聖女の力である【祝福】は、神樹の妖精たちが代行してくれた。
神官たちとの会話は、セイラが言う通りに喋っていた。
聖女と専属修道女、神官たち、法王の養子となる少年たちを乗せた馬車は、カートルとトワの間にある森に入る。
魔物が出る場所なので、冒険者ギルドから派遣された面々が護衛についていた。
『そろそろかな?』
『来た来た』
イルとレンがそれぞれの馬車から外を眺めていると、土煙を上げて魔物の群れが襲って来る。
「片付けろ!」
「馬車に近付かせるな!」
冒険者たちが武器を手に応戦を開始した。
護衛に雇われるだけあって冒険者たちは魔物討伐に慣れており、馬車には全く近付かせない。
「ま、魔物があんなに…」
「大丈夫、冒険者が全部倒してくれるから」
怯えるサラを、セイラ(イル)が宥める。
(…次は…うん、来てるね)
独自の気配探知で森の中を探り、潜んでいる人々を見付ける。
『始めていいよ』
『おう』
短いやりとりの後、レンが左手に仕込んだ魔道具のアプリを起動した。
範囲型アプリ:release slave
森の中に広がるそれは、隷属紋解除の効果を持つ。
解除魔法とは異なり、魔道士の探知に引っかかる事は無い。
「?!」
森の中に潜んで隷属紋に登録された魔法を使おうとしていた者たちは、突然それが使えなくなった事に動揺する。
身体に刻まれた術式が消え去った事を、すぐには理解出来なかった。
続いて、セイラ(イル)がアプリを起動した。
範囲型・対象指定アプリ:teleportation
気配探知で見つけておいた者たちが【隷属解除】になった事を確認した後、対象に指定し実行する。
森の中から、隷属紋から開放された人々が一斉に消えた。
白い壁と白い床があるだけの広い部屋に、人々は現れた。
見知らぬ場所に転移させられ、彼等は困惑する。
「隷属紋は解除された。君たちが誰かに従う必要はもう無い」
瀬田が現れ、静かに言う。
「聞きたい事がある。 隷属から解放されたら何処へ行きたい?」
その問いに、人々はしばし戸惑う。
諦めていた自由が、突然差し出された。
彼等は慎重に考え、答えを出した。
故郷へ帰りたい者、過去を捨て新天地を目指す者、それぞれの行き先へ。
瀬田は彼等に
その術式は瀬田がバレルやラムルの隷属紋を解除した際のデータを元に研究・開発したもの。
彼等はもう隷属紋を刻まれる事は無い。
もしも彼等に隷属紋を刻もうとすれば、反転のトラップが作動して逆に支配される仕掛けだ。
「攫われたり捕まったりしないのが一番だが、もしもの為に付与しておくよ」
説明する瀬田に、人々は深々と頭を下げる。
そして、次々に望みの場所へと送り出されて行った。