瀬田が開発した魔道具の力で隷属紋から解放された人々。
その中に、行き先が定まらない2人がいた。
ラムルと同じくらいの年頃の子供たちだ。
「魔法を教えてくれるって言われたんです」
「凄い魔法を使えるようになったけど、使い過ぎると死んじゃうんです」
2人は隷属から解放されたと分かると、張りつめていたものが切れたように泣き出した。
聞けば、2~3年前に孤児院から引き取られた子供たちで、他にも何人かいたらしい。
彼等は隷属紋に登録された魔法を使い続けるうちに痩せ細り、やがて衰弱死するという。
「僕たち、何処へ行けばいいんですか?」
「孤児院には戻りたくないです…」
彼等の歳では、仕事を見つけてどこかで暮らすという選択肢は無理だ。
「君たちには、考える時間と場所が必要だね」
話を聞いた瀬田はしばし思案し、子供たちを連れて転移する。
心を癒す風景と、考える時間を与えられる場所へ。
人魚の里シイ。
夏の女神サーラの眷属たちが住まう場所は、気候が温暖で年間通してマリンレジャーが楽しめる。
ハイシーズンの夏に比べれば観光客は少ないが、それでもそこそこ賑わっている。
膨大な数の魔法を授かった青年は、日頃は
子供たちを連れてそこへ転移して来た瀬田は、部下の姿を探して周囲を見回す。
「あれ? どうしたんですか?」
声をかけられて振り向くと、褐色の肌に金髪の引き締まった体躯をした青年が歩いて来ていた。
「ここに日本人の森田という者がいる筈なんだが、呼んで来てもらえるかね?」
「やだなぁ社長、ここにいるじゃないですか」
「???」
森田を呼んでもらおうとしたら予想外の返事、瀬田は思わず青年を二度見。
どう見ても海の男という感じの、こんがり焼けたイケメンだ。
「俺ですよ、森田。ここではヒロヤで通ってますけど」
「森田君は黒髪で色白ぽっちゃり男子の筈だが…変身の魔法でも使ってるのかい?」
もはや別人な森田の変化に、瀬田は困惑する。
「いやいや、日焼けして髪色落ちて筋肉ついただけですよ?」
「森田君がシックスパックになるなんて、誰も想像つかないだろうね」
昼間はビーチで活動するヒロヤ(森田)は、しっかり日焼けして身体が鍛えられていた。
黒かった髪は海水と強い日差しを浴び続けた事で脱色が進み、白金色に変わってしまった。
マリンレジャーの仕事をする人には普通にある事だが、ヒロヤほどの大変化となると驚きしかない。
ヒロヤの変化にしばらく戸惑ったが、ここに来た目的を思い出した瀬田。
彼は連れて来た子供たちを紹介した。
「戦闘奴隷として使われていた子たちだ。心の傷が癒えるまでゆっくり過ごさせてやってくれ」
「分かりました」
そして行き先の定まらない子らは、ヒロヤとの共同生活を始める。
どう見ても体力系キャラな青年が元神官と聞いて、子供たちはビックリしていた。
青い海と白い砂浜を見つめて、子供たちはゆっくりと心の傷を癒やしてゆく。
人魚たちは鱗を与え、子供たちを海の中へ誘う。
陽光が差し込む明るい海の中、優しく手を引いてくれる美しい人魚。
鮮やかな色彩の魚たちを眺めながら、海の底へと進む。
「…凄い…こんなに綺麗なんだ、海の中って…」
幻想的な風景に、子供たちは初めて微笑んだ。
水の中を浮遊する感覚は、心地よく穏やかな気持ちにさせてくれた。
子供たちが眠りについた真夜中、ヒロヤは自宅の窓から夜空を見上げる。
満天の星空が広がるそこに、ジワジワと黒い影が見えてくる。
(懲りずにまた来たな…)
それはまだ遠く、余程の視力でないと目視出来ないが、彼は遠くを見る仕事をしているので視力が上がっていた。
現れたのは飛行能力を持つ魔物と魔族たち。
それらを片付けるのが、彼のもう1つの仕事。
不老不死に近い人魚たちは、その心臓に膨大なエネルギーを蓄える。
それを狙って頻繁に魔族が攻めて来るので、ヒロヤが毎回撃退していた。
(…情報なんかあげないよ…)
どこかから視ているであろう者に向けて呟く。
これでどんな戦闘が行われたか、大魔道士が水盤で視る事は出来ない。
敵の攻撃を
それで撃ち漏らした場合に備えて自前の攻撃魔法で追加攻撃する。
人魚の里とその周辺海域は防壁系魔法の
ヒロヤはその防壁の外側に
上空に広がる敵が一斉に攻撃を放つが、即座に返される。
魔物たちは大体その反射で自滅して消えた。
魔族たちは自らの魔法で死亡するほどヤワではないが、一緒に飛んでくる光の矢で止めを刺される。
無詠唱、同時に複数の魔法を1人で発動させている事は、人魚たち以外に知る者は無い。
僅かな時間で、魔族と魔物の群れは消滅した。
(…いいかげん諦めたらいいのに)
フッと溜息をつくと、ヒロヤは窓から離れてベッドに寝転がった。