冒険者たちが魔物を片付け、隷属紋の魔法使いたちをイルとレンが密かに無力化した。
討伐の際に負傷した冒険者は馬車の中に隠れてセイラが
そして1人の死者も出す事無く、聖女一行はトワに帰還した。
「自分にそっくりな子を連れて来るとは聞いていたが、入れ替わっても誰も気付かぬほどに似ておったか」
法王クラルスは意味あり気な笑みを浮かべる。
(あ~、完全にバレてるな…)
と思いつつ、笑顔で応えるセイラ(イル)。
背後には、粗末な身なりの子供が2人。
「その子供が英雄の才があるか否か、試してみるとしよう」
と言う法王に、従者が剣を渡す。
(え? 今? …っていうか法王様自ら?)
レンが焦る。
自分はともかく、隣のイルは英雄候補じゃなく聖女だ。
しかし
慣れた手付きで抜かれた剣が振り下ろされたのは、セイラを演じるイル。
振り下ろされた剣は、難なく躱された。
「えぇっ?! ほ、法王様、何を?!」
慌てたのは壁際に控えるサラ。
(そっちか~いっ!)
レンが心の中でツッコミを入れた。
ステンドグラスが美しい大聖堂で、法王が小さい女の子(に見える相手)に剣を振り回すという、神様に怒られそうな光景が繰り広げられる。
法王や聖女の正装のローブは、運動にはあまり向いていないデザインだ。
しかし、2人とも動きづらそうな感じがしない。
クラルスが振り下ろす剣を、セイラ(イル)はスイッと横に避ける。
その剣が横に振られれば屈んで避け、僅かな動きで躱して掠らせもしない。
そして、突きが繰り出されたのを軽々と跳躍して避けたその流れのまま、法王の肩に跳び乗りその首に短剣を突き付けた。
「………そなた、本当に6歳児か?」
「はい、一応」
壁際で待機している神官や修道女たちが愕然とする中、またも成人男性に余裕で勝利する6歳児。
セイラ(イル)がヒラリと肩から飛び降りると、クラルスは剣を鞘に納めて従者に返した。
「法王様こそ、その剣捌きは聖職者には見えませんよ?」
「元は聖騎士であったからな」
短剣を鞘に納めた聖女(中の人・少年)が言うと、法王は隠すつもりは無い様子で答える。
「予想以上の能力に驚いたがまあいい、ついて来なさい。後ろの2人も一緒に」
そしてクラルスに連れられて、子供たちは神殿の奥へ進んだ。
聖王国の大神殿、その奥には魔法陣が描かれている。
「その魔法陣は特定の資質を持つ者に反応する。試してみなさい」
クラルスに言われ、聖女の姿をしたままだが正体バレてるイルが魔法陣の中央に進む。
すぐに魔法陣が光り、その姿は何処かへ送り出された。
「やはり勇者の資質を持っておるか」
(…っていうか現役の勇者です)
ハハハッと嬉しそうに笑う法王に、レンが心の中でツッコミを入れていた。
周囲の山々を見下ろす高い場所に、タマゴに似た形の建物がある。
神殿の魔法陣から飛ばされて来たイルは、興味深く辺りを見回した。
「あれ? 勇者じゃなくて聖女が来た?」
声がした方を見ると、リスくらいの大きさのトカゲ…否、竜の子がいた。
美しい青色の鱗を持つ子竜は、白いローブを着た少女に見える子供の肩に乗った。
そして頭や耳などをフンフンと嗅ぎ始める。
「…く…くすぐったい…」
堪えているが、耳の辺りはさすがに勘弁してほしいところだ。
「あぁ、なるほど。 聖女を護る為に影武者してたのか」
「…心を、読んだ?」
女装の経緯を言い当てられ、イルは一応聞く。
「君の耳が聞いた音、君の記憶に残る会話を調べただけだよ」
青い子竜が答える。
「その記憶からするとセイラの命を狙っているのは、14年前に聖女アリアを暗殺しようとした奴と同じだね」
「大魔導士フォンセ、歴史書でしか知らない奴だけど、なんで聖女を殺そうとするんだろう?」
イルは、ずっと疑問に思っている事を聞いてみる。
「彼や魔族が使う闇魔法を打ち消せる存在だからだね」
あっさりと答えが返ってくる。
「カートルでの悪事がバレて失脚した後、落ちるとこまで落ちて魔族と手を組んだんだろう」
「失脚した後に反省して改心するとかは無いのかな?」
「無いね。欲望に正直な人間は上がるよりも落ちる方が得意だから」
言うと、子竜はイルの肩からフワリと飛んで、前方のタマゴ型の建物に近付く。
「…で、とりあえずこっち来てくれる?」
そして子竜の案内で建物の中に入ると、螺旋階段があって上に行けるようになっていた。
階段を昇った先は屋上で、大きな水晶の原石が置いてある。
「これ、触れてみて」
言われて、イルは水晶に触れてみた。
すぐに水晶が光り始め、その光がイルの手に集まり剣の形をとる。
子供の身長・片手で扱いやすいサイズ、鞘には白い花を抱く青い竜が描かれていた。
「…えっと…これって、もしかして何か特別な物?」
イルは聞いた。
手にした剣は燐光を放ち、明らかに普通の武器ではなさそうに見える。
「うん。魔族や魔王の討伐用、いわゆる聖剣だね」
「…これが出たって事は…?」
「勇者だね」
「………」
イルは手にした剣をそっと水晶の前に置く。
「ちょ、なんで返すの?」
子竜が驚く。
「俺、ずっとはこの国にいられないから。これを持つ事は出来ないよ」
「歴代の勇者だってずっといたワケじゃないよ? 持ってていいんじゃない?」
子竜の言葉にイルは首を横に振った。
「俺には護りたい国が他にある。だから、この国の為の聖剣を授かっちゃいけないんだ」
ごめんね、と頭を下げた後、イルは転移アプリで元の場所、聖王国の大神殿へ移動した。
魔法陣の上ではなく横に現れた白いローブ姿の少女(少年)を見て、クラルスが怪訝な顔をする。
通常なら剣を携えて魔法陣から出てくるところである。
「どうした? 聖剣は授からなかったのか?」
伝承では、この魔法陣から移動した者は皆、聖剣を持ち帰っている。
何も持たずに戻って来た事例は無かった。
「聖剣は置いて来ました」
「な?!」
予想外の言葉に、法王は絶句する。
「ごめんなさい。俺はこの国の勇者にはなれません」
はっきりした意志をもって告げた言葉に、その場に居た者は何も言えなかった。