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第61話:聖王国と勇者

 冒険者たちが魔物を片付け、隷属紋の魔法使いたちをイルとレンが密かに無力化した。

 討伐の際に負傷した冒険者は馬車の中に隠れてセイラが祝福ブレッシングをかけて自動回復し、重傷者はセイラのフリをするイルが最上級回復魔法エクストラヒールで治療する。

 そして1人の死者も出す事無く、聖女一行はトワに帰還した。


「自分にそっくりな子を連れて来るとは聞いていたが、入れ替わっても誰も気付かぬほどに似ておったか」

 法王クラルスは意味あり気な笑みを浮かべる。

(あ~、完全にバレてるな…)

 と思いつつ、笑顔で応えるセイラ(イル)。

 背後には、粗末な身なりの子供が2人。

「その子供が英雄の才があるか否か、試してみるとしよう」

 と言う法王に、従者が剣を渡す。

(え? 今? …っていうか法王様自ら?)

 レンが焦る。

 自分はともかく、隣のイルは英雄候補じゃなく聖女だ。


 しかし

 慣れた手付きで抜かれた剣が振り下ろされたのは、セイラを演じるイル。

 振り下ろされた剣は、難なく躱された。


「えぇっ?! ほ、法王様、何を?!」

 慌てたのは壁際に控えるサラ。

(そっちか~いっ!)

 レンが心の中でツッコミを入れた。

 ステンドグラスが美しい大聖堂で、法王が小さい女の子(に見える相手)に剣を振り回すという、神様に怒られそうな光景が繰り広げられる。


 法王や聖女の正装のローブは、運動にはあまり向いていないデザインだ。

 しかし、2人とも動きづらそうな感じがしない。

 クラルスが振り下ろす剣を、セイラ(イル)はスイッと横に避ける。

 その剣が横に振られれば屈んで避け、僅かな動きで躱して掠らせもしない。

 そして、突きが繰り出されたのを軽々と跳躍して避けたその流れのまま、法王の肩に跳び乗りその首に短剣を突き付けた。


「………そなた、本当に6歳児か?」

「はい、一応」

 壁際で待機している神官や修道女たちが愕然とする中、またも成人男性に余裕で勝利する6歳児。

 セイラ(イル)がヒラリと肩から飛び降りると、クラルスは剣を鞘に納めて従者に返した。

「法王様こそ、その剣捌きは聖職者には見えませんよ?」

「元は聖騎士であったからな」

 短剣を鞘に納めた聖女(中の人・少年)が言うと、法王は隠すつもりは無い様子で答える。

「予想以上の能力に驚いたがまあいい、ついて来なさい。後ろの2人も一緒に」

 そしてクラルスに連れられて、子供たちは神殿の奥へ進んだ。


 聖王国の大神殿、その奥には魔法陣が描かれている。

「その魔法陣は特定の資質を持つ者に反応する。試してみなさい」

 クラルスに言われ、聖女の姿をしたままだが正体バレてるイルが魔法陣の中央に進む。

 すぐに魔法陣が光り、その姿は何処かへ送り出された。

「やはり勇者の資質を持っておるか」

(…っていうか現役の勇者です)

 ハハハッと嬉しそうに笑う法王に、レンが心の中でツッコミを入れていた。




 周囲の山々を見下ろす高い場所に、タマゴに似た形の建物がある。

 神殿の魔法陣から飛ばされて来たイルは、興味深く辺りを見回した。

「あれ? 勇者じゃなくて聖女が来た?」

 声がした方を見ると、リスくらいの大きさのトカゲ…否、竜の子がいた。

 美しい青色の鱗を持つ子竜は、白いローブを着た少女に見える子供の肩に乗った。

 そして頭や耳などをフンフンと嗅ぎ始める。

「…く…くすぐったい…」

 堪えているが、耳の辺りはさすがに勘弁してほしいところだ。

「あぁ、なるほど。 聖女を護る為に影武者してたのか」

「…心を、読んだ?」

 女装の経緯を言い当てられ、イルは一応聞く。

「君の耳が聞いた音、君の記憶に残る会話を調べただけだよ」

 青い子竜が答える。

「その記憶からするとセイラの命を狙っているのは、14年前に聖女アリアを暗殺しようとした奴と同じだね」

「大魔導士フォンセ、歴史書でしか知らない奴だけど、なんで聖女を殺そうとするんだろう?」

 イルは、ずっと疑問に思っている事を聞いてみる。

「彼や魔族が使う闇魔法を打ち消せる存在だからだね」

 あっさりと答えが返ってくる。

「カートルでの悪事がバレて失脚した後、落ちるとこまで落ちて魔族と手を組んだんだろう」

「失脚した後に反省して改心するとかは無いのかな?」

「無いね。欲望に正直な人間は上がるよりも落ちる方が得意だから」

 言うと、子竜はイルの肩からフワリと飛んで、前方のタマゴ型の建物に近付く。

「…で、とりあえずこっち来てくれる?」

 そして子竜の案内で建物の中に入ると、螺旋階段があって上に行けるようになっていた。

 階段を昇った先は屋上で、大きな水晶の原石が置いてある。

「これ、触れてみて」

 言われて、イルは水晶に触れてみた。

 すぐに水晶が光り始め、その光がイルの手に集まり剣の形をとる。

 子供の身長・片手で扱いやすいサイズ、鞘には白い花を抱く青い竜が描かれていた。

「…えっと…これって、もしかして何か特別な物?」

 イルは聞いた。

 手にした剣は燐光を放ち、明らかに普通の武器ではなさそうに見える。

「うん。魔族や魔王の討伐用、いわゆる聖剣だね」

「…これが出たって事は…?」

「勇者だね」

「………」

 イルは手にした剣をそっと水晶の前に置く。

「ちょ、なんで返すの?」

 子竜が驚く。

「俺、ずっとはこの国にいられないから。これを持つ事は出来ないよ」

「歴代の勇者だってずっといたワケじゃないよ? 持ってていいんじゃない?」

 子竜の言葉にイルは首を横に振った。

「俺には護りたい国が他にある。だから、この国の為の聖剣を授かっちゃいけないんだ」

 ごめんね、と頭を下げた後、イルは転移アプリで元の場所、聖王国の大神殿へ移動した。



 魔法陣の上ではなく横に現れた白いローブ姿の少女(少年)を見て、クラルスが怪訝な顔をする。

 通常なら剣を携えて魔法陣から出てくるところである。

「どうした? 聖剣は授からなかったのか?」

 伝承では、この魔法陣から移動した者は皆、聖剣を持ち帰っている。

 何も持たずに戻って来た事例は無かった。

「聖剣は置いて来ました」

「な?!」

 予想外の言葉に、法王は絶句する。

「ごめんなさい。俺はこの国の勇者にはなれません」

 はっきりした意志をもって告げた言葉に、その場に居た者は何も言えなかった。




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