真夜中、セイラのベッドで眠る影武者イル。
その気配探知が敵の存在を報せる。
(…殺意あり、暗殺者だな)
窓から侵入、足音を忍ばせて近付いてくる何者かの接近を、眠ったフリをしつつ待つ。
侵入者は音をたてないように鞘から剣を抜き、ベッドに眠る者の胸に突き立てた。
しかしそれは目標を貫く事は無く、サッと寝返りを打って床へ降り、回避したセイラ(イル)。
敵がベッドに刺してしまった剣を抜く前に反撃に出る。
ポケットに忍ばせていた小石を、襲撃者の頭めがけて放つ。
手応えあり、刺さった剣を抜こうと焦っていた様子の敵が崩れるように倒れた。
『お見事。そんなちっちゃい石で気絶させられるんだね』
クローゼットに隠れていた子竜(名前が無かったので青いからシアンと名付けた)が出て来る。
『小石最強だもんね!』
一緒に隠れていた神樹の妖精(こちらも名前が無かったので緑の羽根からライムと名付けた)も出て来て得意気に言った。
光魔法で作り出す小さめの光球で照らしてみると、暗殺者は12~3歳と思われる子供だ。
偵察アプリで状態をチェックしてみると、【失神】【隷属:アサシン】と表示された。
(隷属紋の子か…)
把握して、対応するアプリを起動する。
範囲型・特殊効果アプリ:release slave
効果範囲を絞って目の前の子供のみに使用。
状態表示が【失神】のみに変わった。
続いて、捕獲用のアプリを起動する。
収納型アプリ:other dimension prison
倒れている子供は、異空間の牢獄に飛ばされた。
『よっ、お疲れ!』
『これで3つ目、あと1つ大きいのがあるから頑張って』
ライブ配信で現場の様子を見ていた2人が声をかけてくる。
『大規模襲撃対応のアップデートしておいたから使ってくれ』
同じく見ていた瀬田が告げた。
礼拝の時刻、聖女を演じるイルは正装である白地に緑の刺繍が入ったローブを纏い、祈りの塔の階段を上がる。
窓から見える空から太陽光が注がれ、塔の中を照らしていた。
最上階まで行くと花で飾られた祭壇があり、その前に跪いて手を組み目を閉じて祈りを捧げる。
聖女は祈りによって災害や疫病を抑える力を持つ者。
トワの聖女は先代が亡くなると次の代が産まれてくる。
その誕生は先代が死を迎える前に予知夢として法王に報せ、法王は予言された子を養子として引き取り育てる。
セイラは6年前、先代の聖女の予言で法王の養子となった。
実の親については教えられておらず、家族は養父である法王のみ。
イルとレンは法王の養子として迎えられたので、現在はセイラの義兄弟という立場にあった。
………一緒にトワに帰ろう。そっくりだから家族になるの………
イルを初めて見た時、セイラはそう言った。
(寂しいのかな?)
その言葉を思い出し、イルは思う。
何故こんなにそっくりな容姿なのかは分からない。
サラサラした黄金の髪、睫毛の長い青色の瞳、きめの細かい白い肌、優しい印象のある整った顔立ち。
まだ男女の性分化が完成する前の6歳では、体つきもほぼ同じだ。
しかし、イルの身体は星琉の肉体を元に魔道具で作り上げたもの。生まれつきではなかった。
セイラが言う「大きいの」はトワ国内の孤児院訪問時にあるという。
それを撃退すれば「死の予知夢」から解放されるらしい。
自らの死を予知するというトワの聖女独自の能力は、6歳児には辛いものの筈。
………助けて…。悪意が来る…私を殺しに………
予知夢に怯え、幼い少女は抱きついてきた。
話を聞き、見殺しには出来ず、影武者となった。
変化してゆく未来。
死が遠ざかれば予知夢を見なくなるという。
眠ると怖い夢を見るというセイラには、毎晩レンが寄り添って眠っていた。
礼拝を終えた後、聖女とその義兄弟はトワ国内の孤児院を訪問する。
真夜中の暗殺者については伏せたが、カートルでの襲撃が報告されていた事から聖騎士たちの護衛がついて少々いかつい訪問になってしまった。
「子供たちが怖がるから、もっと離れてもらえる?」
「いえ、もしもの事があってはいけませんから」
言っても聞き入れてもらえず、セイラ(イル)は軽く溜息をついた。
気配探知は既に孤児院周辺の建物に潜む敵を見つけている。
重ねて展開中の偵察アプリは【敵対】【隷属:アーチャー】の状態表示。
敵は複数、弓矢を構えている。
隷属紋に支配された者たち。
把握して、左手に仕込んだ魔道具のアプリを起動した。
皮下に埋め込んで脳波で操作するマイクロチップ型魔道具【assortment skill】。
魔法を使わずに魔法と同じまたはそれ以上の効果を発動する。
術式の構成は独自のものであり、魔法探知にはひっかからない。
詠唱や大きな動作を必要としないので、近くにいる者たちにも気付かれずに使う事が出来た。
範囲型・特殊効果アプリ:release slave
範囲型・対象指定アプリ:break weapon
対象全てのステータスから【隷属】が消える。
手にしていた弓矢が粉々に砕けると【アーチャー】表示も消えた。
気配探知で探ると、敵が動揺しているのが分った。
続いて、次のアプリ起動。
範囲型・対象指定アプリ:teleportation
移動させる先は瀬田が今回の作戦用に作り上げた異空間だ。
その後は瀬田が適切に処理する予定。
一方、レンはイル(本物のセイラ)と共に孤児院の子供たちと遊びつつ、密かにアプリを起動する。
範囲型・防御アプリ:battle shield
範囲型・防御アプリ:sanctuary
物理・魔法問わず全包囲からの攻撃を防ぐバリアと、瘴気や闇魔法、外部からの魔物の侵入を防ぐ聖域が展開された。
聖騎士たちも孤児院の人々も、誰も気付かない。
目立たぬようにコッソリと、聖王国の首都を強力な防御壁で覆った。