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第64話:青い竜と聖女

 レンが首都を防御壁で覆って間もなく、セイラが予言する「大きいの」は現れた。

 大きな影を地表に映しながら飛来し、首都上空から灼熱した火球を吐き出す。

 しかしその火球はバリアに防がれ、人も建物も焦がす事は無かった。

 街の上で破裂した火球を見た人々が驚き、悲鳴を上げた。


『うわ~、下品なのが来た』

 神竜の子シアンが凄く嫌そうな顔をする。

『知り合い?』

『昔からずっと喧嘩してる相手だよ』

 言うと、ローブの胸元に収まっていた子竜が抜け出して、そのサイズを変化させた。

 リスくらいの大きさだったものが馬ほどになり、周囲の人々がギョッとして振り向く。

『転生したばっかりで魔力が足りない。分けてくれる?』

『いいよ』

『じゃあ乗って』

 白いローブを着た子供がヒラリとその背に飛び乗ると、青い竜は風を巻いて空へと飛び立つ。

 そして街の上空から海の方へと滑空してゆく。

 その後を黒い大きな竜が追って行った。




「…せ…セイラ…さま…?」

 呆然と空を見上げる聖騎士たち。

『お前…。影武者が大衆の前で目立つ事して、本物が後で困らないか?』

 呆れ顔でツッコむレン。

 既にカートル神殿やトワ大聖堂で6歳児らしからぬ戦闘力を見せてしまっているが。

『勇者の霊が乗り移ってたとか言っとけばいいよ』

 適当な事を言う影武者(イル)。

『うん、それでいいと思う』

 本物(セイラ)が同意した。


 街から離れて海に向かう青い竜、その後ろから黒い竜が追って来る。

 馬ほどのサイズになった青い竜の10倍以上の大きな竜だ。

『大きさ違い過ぎない?』

『デカけりゃいいってもんじゃないよ』

 そんな会話を交わしていると、黒い竜がこちらに火球を吐いてきた。

 対するシアンは振り返って額の辺りで光を収束、火球へと放って消滅させる。

『ブレス吐かないの?』

『あんなゲップみたいな下品な事しないよ』

 竜のブレスがゲップと同じとは、初めて知ったイルであった。


「ククク、勇者の代わりに聖女を乗せるとは、面白い試みだな」

 黒い竜が言葉を発した。

「お前こそ、魔王を乗せずに単独で何しに来たんだよ?」

 青い竜が言い返す。

「勇者不在の聖王国など、魔王様が出るまでもないからな」

 ニヤリと笑い、黒竜は火球を吐き出す。

「そうやってナメてると後で痛い目に遭うよ」

 フンと鼻で笑い、神竜は額から放つ光球で火球を粉砕した。

「それはどうかな?」

 黒竜が言うと同時、神竜の周囲にガーゴイルが召喚される。

 背に乗る聖女の背後にも1体ガーゴイルが現れ、剣を突き出した。

 しかし、その剣は対象を貫く事は無く、聖女は素早く振り返って短剣で剣を弾き、反す切っ先でガーゴイルを貫いた。


 ボッ!


 ガーゴイルは一撃で消滅。

 その魔石が海へと落下していった。


「!!!」

「今どきの聖女は下手な勇者より強いんだよ」

 絶句する黒竜に、得意気な顔で神竜が言う。

 そのやりとりを聞きつつ、イルは左手の魔道具のアプリを起動する。


 範囲攻撃アプリ:spear of light


 光属性の攻撃と同じ効果、術式が異なるので魔法探知にはひっかからない。

 青い竜の周囲に光の槍が現れたので、シアンが使った魔法のようにも見える。

 聖女と神竜を取り囲んでいたガーゴイルたちが全員、光の槍に貫かれ消滅した。

 呆然とする黒竜の左胸、核と呼ばれる心臓にあたる部分を光の槍が貫いた。

 さすがに即死はしなかったが、結構なダメージだったのか黒竜が唸り声を漏らす。


「100年後まで退場してろ!」

 シアンが自らの鱗を1枚剥がし、黒竜に投げつける。

 光の槍が貫いたその左胸の穴に青い鱗が入り込んだ直後、青白い火花がそこから溢れ出た。

 黒竜の唸り声が絶叫に変わった。

 それでもまだ生きているのは、さすが竜族というところ。


(イリアの真似っこしてみるか…)

 聖女を演じるイルは、同じ聖女イリアが使っていた光属性魔法を試してみる。


 光の矢アローオブライト


 無詠唱、小さな少女から放たれたそれは、瞬時に巨大化して黒竜の胸に大穴を開けた。

 矢というよりは大砲並みの威力だ。


 ボッ!


 手加減しなかったのでオーバーキルとなったらしく、黒竜が消滅した。

 巨大な魔石が海へ落下し、大きな水柱が上がった。


『あれは拾っておいた方がいい。悪用されたら困る』

 シアンが言うので、イルは魔石に向けてアプリを起動する。

 透明度の高い海は、35mくらいの海底でも魔石が見えている。


 範囲型・対象指定アプリ:teleportation


 行き先は、聖剣がある神竜の間を指定した。


 青い竜と共に無傷で戻って来た聖女を見て、聖騎士たちと子供たちが一斉に駆け寄って来る。

 シアンはセイラ(イル)が降りるとスーッと身体が縮まり、普段のリスくらいのサイズになった。

 そして定位置となりつつある服の胸元にスポッと収まり、顔だけヒョッコリ出す。

 戦闘中は服の中に隠れていたライムが出て来て、シアンと揃って顔を出した。


 脳波通信アプリ:EEG communication

 聖女の影武者を務めた少年と、少年を演じていた少女はコッソリ会話する。

『大きいの倒したよ。これで死の予知夢から解放されるかな?』

『うん!ありがとう!!』

『竜に乗って戦う聖女とか、どんなファンタジーだよ』

 レンが苦笑した。


 イルの活躍がトワの歴史に残る事は無い。

 伝説に残されるのは、青き竜に乗り、黒竜を倒した聖女のエピソード。

 まだ産まれてこない勇者の霊の依り代として戦った少女の物語が後に語り継がれた。




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