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31_俺はミントで『過去』を払拭する!

「では領主様、私たちはこの辺で」

「はい。おかげさまで助かりました。魔族の侵攻を食い止めただけでなく、過酷な環境を一夜にして変貌させてしまうとは。民も感謝が絶えないでしょう、そして私も、父の無念を晴らせました」


 かつて魔族に襲われて、手放してしまったこの領地。

 そこには深い事情と、貴族の血を絶やさぬ施しがあった。

 しかし特に命令もなく、私兵を捨て置いたことを死ぬまで引きずっていて、何かにつけて「あの領地はどうなっただろうか」と心配をしていたらしい。

 それで今代の領主様はお父さんに代わってこの血を引き継いだんだって。

 いやー、泣ける話じゃんか。

 まだ俺たちより4つか5つ上くらいでそれを実行できるってのがすごいよ。


「全部偶然の賜物っすけどね」

「ははは。耕平殿は謙遜がすぎる」


 いや、これっぽっちも謙遜とかしてねーから。


「耕平は昔からこうだぞ?」

「勇者様からの信頼も厚いと。ますます評価を上げねばなりますまい」


 ユウキもなんだかんだで今回の魔族を打ち取れたのは俺のおかげだとあちこちで吹聴している。

 止めてくれよなー。

 こちとらあまり目立つ気はないんだからさー。


「では領主様。ここでの視察は終わりましたので、オレたちも旅の続きをしようと思います」

「もう出るのか?」

「本来ならここまで長居するつもりはなかったんだよ」

「そういえば、ここには何の目的で立ち寄ったんだ?」

「シズク姉ちゃんがね、嫌な気配を感じると」


 なるほど。聖女様の直感を勇者は無視できないもんなぁ。

 普段のシズクお姉ちゃんだったら「どうせ碌でもないこと思いついたんだろうな」で適当に流せるけど。肩書の持つ力は俺が想像している以上に高いようだ。


「で、原因は?」

「匂いの原因はやっぱり魔族の仕業でね。オアシスの水が汚染されていた。飲んですぐに効果はないけど、飲み続けると徐々に自分が何者かわからなくなる。そう言う類の呪いがかけられていたんだ」


 予測だけど、今回襲ってきた盗賊もそれを飲み続けた結果なのじゃないかと推測していた。


 もう解除したけどね、とユウキ。

 まじか。

 俺も飲んだけど全然気にならなかったぞ?


 魔族怖すぎない?

 人間に対して容赦なさすぎでしょ!

 ちょっと力のコントロールが苦手な人たちかと思ってたら、めちゃくちゃ害悪じゃん。

 人類の敵だよ、これ。


「耕平は飲んでも平気でしょ」

「何でだよ。俺はか弱い一般人だぞ!?」

「耕平はね。でもミントは違うよね? 何あれ、なんで練りこんだり浮かべただけでそこら辺のポーションより効果高いの? それにミントで家を建てたり、荷物を運べたり、人まで運べる。オレはあんなのミントだって言われてもすぐには信じられないぞ?」


 そうはそう。

 何だったら俺ですら擁護しきれないくらいミントの常識を逸脱している。このミントなんなの?

 すごいミントだって以上の言葉が見つからないんだが。


「宿命だからな。お前の聖剣と一緒だよ」

「この聖剣はただのアイテムでしかないんだよなぁ。確かに、勇者の力を引き出してはくれるけど。耕平のミントは耕平の力でよりおかしなことになるじゃないか」

「そっすね」


 この口論は不毛だなと察し、俺は適当な相槌を打った。

 その後も領主様からのお褒めの言葉はつづき、結局足を引っ張られ続けて帰る頃にはすっかりお天道様が傾いていた。

 これはもう一泊するしかない。

 あの人、これを計算してたな?


「耕平は、オレたちと一緒にくる気は無いのか?」


 そんな帰り道。

 ユウキからそんな話を持ちかけられる。


「今の所はないな」

「どうして、魔族の侵攻を食い止めたという成果を持ってるじゃないか」


 うん、その功績は確かに大きいが、もっと単純なところが抜けている。


「俺自身が弱すぎることだ」

「勇者の隣は緊張しちゃう?」

「女の中に男が一人。買い物もままならない」


 あいつは誰だってあっという間に噂の中心人物だ。

 やめろよなー、俺のガラスのハートは傷つきやすいんだ。


「今のオレは男だけど?」

「男女の中に間男が一人と邪推する奴だって現れる。ユウキがどうこうじゃなく、俺がどう思われるかなんだよ。ただの商人が、なぜそのパーティに参入できるのか? そしてそれが許されるなら俺も俺もとトラブルがやってくるぞ?」

「そんな相手、ものともしないけど?」


 強いなこいつ。

 俺が迷惑だって言ってるのにまるで響きもしねぇ。


「どうしてお前は俺が必要なんだよ」

「そんなの、耕平と一緒の方が力が湧き出るからだよ」


 今回の件で痛感した。

 一人では限界がある。

 死ぬかもしれない、そう思った時に俺の顔がちらついたんだって。

 なんだよ、照れるじゃねぇか。

 で、俺を思いながら戦ったら力が湧いたんだと。

 うーん、謎。

 俺とユウキは友達だけど、それ以上の一線は超えてないはずなんだけどな。

 男女の友情が成立している稀な例だ。


「そんなこったろうと思ったよ。だがな、ユウキ。今の俺は大商会の会頭って肩書きもある。ホイホイとついていくわけにもいかねーんだ」

「そっか、残念」


 お、今度はあっさり引き下がったな?

 俺個人の事情だったら踏み倒そうとしてくるくせに、他の誰かが絡むとあっさり引き下がる。

 よくわかんねぇ奴だな。


「だから俺はこの世界中のあちこちで店を広げる。お前がどこに行っても前もって動いてサポートする! 支部を多く持つってのはな、いつでもお前の声を拾うためだ。ピンチになった時いつでも助けてやれるためにな! ということでアスタールさん」

「なんでございましょう」


 この人はいつでもどこでも現れるな。

 カインズパイセンはさっさと支部に戻っていったっていうのに。まるで見張られてる気分だぜ。

 だが、声をかけたらすぐ来てくれるってのは正直ありがたいな。


「勇者特約で商品を卸すことは可能か?」

「おい、耕平。それはあまりにも」


 ユウキは聞き捨てならないと口を挟んできた。


「可能でございます。なんなら無料で差し上げてもいいところでございますが」

「それは流石に」

「お前の気が済まないという気もわかる。だがな、こっちだって本当ならついていきたいけど、足を引っ張るのが目に見えている。だから商品を少しでも安く卸すことでサポートしたい」

「…………それが、今の耕平の精一杯だと?」

「そう思ってる。受け取ってくれるか?」

「わかったよ」


 ようやくユウキは引き下がり、先に宿に戻った。


「耕平様」

「なんだよ」

「もう少しやさしい言葉をかけてあげてもよろしかったのでは?」

「あいつはそんな弱い奴じゃないぞ?」

「それは貴方様以外での態度でしょう。あのようなお姿を他で拝見したことはありません。唯一弱みを見せられる相手が耕平様なのです」


 そんな、男女の痴情もつれみたいな。

 俺とユウキはそういう仲じゃないんだけどな。

 アスタールさんは俺とアイツの中に何を見てるのやら。


「旦那様とかつての勇者様も同じような感じでしたので」


 と、いうことらしい。

 その時もアスタールさんが背中を押してやったと。

 方々でいらぬ世話を焼いてるんだな、この人。

 でも王族に輿入れするって事実は覆せずに、今に至るんだって。

そう考えると王族も結構強引だよな。

 ユウキが頑なに女性アピールできない原因はそこだよ。


 俺たちも支部に戻り、新加入従業員に仕事を教えることになった。


「目が覚めたか、お前ら。元の肉体に戻って間もないとは思うが、今後はうちの商会でお前らを養っていくことが決定した」

「貴方たちは選ばれたのです。救いの神に感謝を捧げ、毎日恩返しに努めなさい」


 アスタールさんの挨拶の後、ミントが水槽に入れられた状態で元盗賊の前に運び込まれる。


「これが命の水です。ただミントを浮かべただけのように見えますが、これこそ魔族の契約を一方的に破棄した祝福。これを毎日一杯飲むこと。まずはこれを遂行していきましょう。仕事は後々教えます。今は体が馴染むまで休息時間とします」


 会場ではドヨドヨという声が聞こえる。

 皆が困惑の表情を浮かべている。

 街を襲った実行犯で、悪さの限りをしてきた自覚があった。

 捕まったら犯罪奴隷としてこき使われる。そう覚悟していたのだろう。

 だが実際は何もしなくていい、毎日一杯の水を飲むだけ。

 そりゃ困惑するわ。

 俺だってする自信がある。


「なあ、本当にその水を飲むだけで俺たちは無罪放免なのか?」

「誰が無罪放免などといいました?」

「だろうな」

「残念ながら働き先は俺たちの商会で固定される。最初のうちは単純作業だが、当然給与も発生すれば週に一度外に出て買い物をする時間もくれてやる。だが、これを自ら破棄したら次は容赦なく滅ぼすので頭に入れておくこと。今回は魔族が絡んでいたから、仕方のない処置だった。あんたらの過去は知らないけど、見て見ぬ振りをしてやる」

「おいおい、破格の条件だ。飯を食いっぱぐれることもない上に、寝床に働き口の斡旋までだと?」

「水を飲むだけで罪を帳消しにしてくれるのか?」

「おで、いっぱい働くよ」

「なぁ、ここに紹介したい奴もいるんだ。食うのに困って盗賊になんて身を染めちまったけどよ。そいつらもいいか?」


 出てくる、出てくる身内話が。

 盗賊たちは仲間を集めてイスタール支部に移り住んだ。

 もはや劣悪な環境などなく、肥沃な大地に飲まれたイスタール領。

 それでも突然仕事も寝床も食糧だって降って湧いてこないのが道理で。

 支部はいつになく賑わいを見せていた。


「これは領地を大きくせねば収まりがつきませんな」

「領主様に相談してみるか」

「あまり好条件を出しすぎますと、乞食も混ざってくる可能性もありますよ?」

「裏切れば粛清。従っているうちは雑用でいいんじゃないか? 働きに応じて地位を上げるのも忘れずにな? ミントに精いっぱい感謝するだけで信仰も上がる。俺のミントに欠かせない栄養素だ」

「そこまで考えてのことなのですね」

「俺も見て見ぬ振りはできない甘ちゃんだってことだよ」


 被災者と被害者。

 魔族という災害に人類が抗うためには、その全てを救ってやることが必要だ。

 俺に全部頼られても困るけど、目の届く範囲内では救ってやるさ。


 いつかユウキの横に堂々と並び立てるようにな。


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