「前回あんな感じで〆たら本当に幽霊と戦う仕事が来やがった!!」
とある夜、地上艦・レトリバーのいつもの食堂。壁にもたれかかるニッケル・ムデンカイは、ガラにもなく憤慨していた。
「いやいや大丈夫っしょ。どうせ雑魚盗賊がハッタリかましてるとかだって」
「盗賊なら盗賊でもっと普通の奴ら相手の仕事でいいだろ! こんな得体の知れない奴らが相手じゃない仕事で!」
苛立つニッケルをリンコ・リンゴがなだめるのを横でカリオ・ボーズが見ている。
(ニッケルがゴネるの珍しいなあ……)
「……もしかして、虫の他に幽霊も怖いの?」
リンコの指摘が図星だったのか、ニッケルは押し黙ってしまう。それを横でカリオが見ている。
(図星なのかよ……)
「あっはっは、だいじょーぶだってニッケル! リンコお姉さんが守ってあげるから」
「うるせえ……うるせえ!」
からかうリンコと騒ぐニッケルの横で、カリオは依頼の詳細が書かれたプリントを読み直す。
(モリオカタウン跡地の調査。付近を通行した複数の民間地上艦から、発光現象・発砲音などの報告あり。先行して調査に向かったビッグスーツ部隊が、正体不明の〝光り輝く〟複数の機体から攻撃を受け、撤退を余儀なくされた。現場は一年前に壊滅したモリオカタウンの跡地であり、そこで新たに人間によるコミュニティが形成されたという情報は確認出来ていない……)
カリオは別のプリントに載せられた写真を見る。恐らく先行調査を行ったビッグスーツが記録したものだろう。青白い光を発して輝く、輪郭のはっきりしない人型の影。なるほど、確かに幽霊っぽさがある見た目ではある、とカリオは一人納得する。
「騒がしいが何かあったか?」
「ニッケルがオバケ怖いんだってよ」
「ッ!? カリオ……テメェ……!」
わなわなと震えるニッケルを差し置いて、様子を見に食堂に現れた艦長のカソック・ピストンに、カリオはプリントを見せながら話しかける。
「そもそもなんでこの町壊滅したんだ?」
「それがな、壊滅した理由も謎なんだよ。壊滅する少し前に兆候はあったのかもしれんが」
「兆候?」
「ああ、そこの管轄下の学校でいじめによる生徒の自殺事件が発生してな」
カソックは手に持っているファイルから一枚、別のプリントを取り出してカリオに見せる。モリオカタウンの近隣の街の新聞記事のようだ。事件の概要が記載されている。
「事件の隠蔽を図った学校・加害者に対し、遺族・町民が激怒して暴動に発展。学校職員と複数の加害者、それらの関係者合計十三人が殺害される事態に……」
「……とそこまでは近隣のメディア連中が取材・記録しててわかっていることなんだが、ある日を境に暴動真っただ中の騒々しい町から忽然と、住民が一人残らず消えたそうだ」
カリオがプリントに向けていた視線をカソックに向ける。
「それって……一日とか一夜でか?」
「そう。まあ消えたといっても死体はいくつか出たらしい。もっとも、誰の死体か判別できる状態じゃあなかったらしいがな」
その横でニッケルとリンコが「ひえー……」と怯えたような声を出す。カリオはプリントに視線を戻す。
「恨みありの怪現象ありの……確かにホラー扱いされてもしょうがない内容ではあるよなぁ」
「得体のしれない相手と戦うこたぁねえだろ、もしいじめられていた子の怨念とか……待て今のはナシだ」
「何がナシよニッケル。無理そうになったら引き上げるとかでいいじゃん。依頼の内容的にはそうでしょ?」
リンコもカリオの見ているプリントを覗きに来る。報酬については基本報酬を設定したうえで、そこに得られた情報の分、加算していく旨が記載されている。
「意外に悪くない額設定されてるねー。依頼主さんはもしかして怪現象の正体予想できているとか?」
「かもしれねえな。もし騒動を丸ごと解決出来たりしたら、結構貰えたりして」
乗り気になっていくカリオとリンコに対してニッケルは不満そうに眉間にしわを寄せる。
「ニッケル~」
ニッケルは腰下から聞こえた声に反応して下を見る。そこにあったのは恐ろしい顔をした般若面――
「オワァ!?」
――を被ったマヨ・ポテトであった。
「ニッケル。一人でトイレ行くの怖いです。ついてきてください」
「なんでそんなもん被ってんだよ!」
「これを被ると強くなれるような気がします。さあオトナなニッケル、トイレついてきてください」
流石に子供に頼まれては断れないようで、ニッケルはマヨと手を繋ぎ、不自然にキョロキョロしながらトイレに向かっていった。
◇ ◇ ◇
「ここかあ。いやぁ……」
積み上がった瓦礫の上に立った青年は、周囲を見渡して思わずため息をこぼした。
夜のモリオカタウン跡地。内戦終結後、とんとん拍子に復興していたかに見えた町は、しかし、一夜にして誰も住まう者のいない瓦礫の山と化した。
いや、何者かが住んでいるのかもしれない。瓦礫の山からは蛍のような小さな青白い光が、いくつも飛び出してきては宙を舞っている。
「ひどい場所だなぁ」
柔和な顔つきで、毛先がハネたセンターパートの黒髪の青年は、大きなリュックサックを背負ったままその場に腰を下ろし、飛び交う小さな光を目で追いかけていた。
(霊魂のねぐら、うろつく咎人② へ続く)