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第29話-悪巧みしてしまうのは、僕だった

 千尋にはとくに絵画の良し悪しは分からない。しかし、何となく造形作品には見入ってしまっていた。それも、ジュエリー販売という仕事を始めたからというのもあるのかもしれない。

 造形作品が置かれているテーブルを眺めながら、あるコーナーに気付いた。どうやら、生徒の一人が作った銀細工を置いているようだった。指輪やブレスレットといった、いわゆる「簡単に作れるもの」が数点並べられている。


「あの、気になってくれてるんですか」


 不意に声をかけられ、びくり、とすると先ほどの女生徒が背後に立っていた。彼女は「すみませんっ」と悲鳴のような謝罪を向けてくる。


「それ、私が作ったんです」

「あ……そうなんですか。これ、銀ですよね」

「はい、銀粘土で。顧問の先生が趣味でやってて、造形の練習ってことでやらせてもらったらはまっちゃって」


 そう言って、彼女は千尋の耳を見た。そして、顔を輝かせる。


「お兄さんも、銀好きなんですか?」


 お兄さん、と呼ばれるのが何となくむず痒くてまともに答えられないまま頷く。


「その……AtoZって店で、販売してて」

「えっ、そうなんですか!? 私通販でよく買います」


 その言葉には、さすがに驚いた。正直デザイン的にこんな若い女性が好むような華奢なものはないので、あまりにも意外だったのだ。しかしよく見れば、彼女の作品には確かにあの店の影響を感じなくもない。恐らく、そういう趣味なのだろう。


「うわー、まさか店員さんに会えるなんて。先生のお友達なんですか?」

「えっと、その……峰先生がこの学校にいた時の生徒で」

「じゃあ先輩なんですね」


 彼女の言葉に、思わず苦笑いをしてしまう。なぜだか千尋は、どうもこういったグイグイくるタイプの女性に絡まれやすい。顔立ちからして、恐らく油断されているのだろう。別に悪いことでもないのだが、どうも気疲れする。


「お兄さんはデザインとかするんですか?」

「えっ、いや、いつかしてみたいなとは思いますけど」

「実は昼から顧問の先生が来て、銀粘土の体験会あるんですけど。せっかくなんでやっていきませんか。多分昼から来ると混雑しちゃうんで」

「いや、それはさすがにちょっと……先生もいるし」


 突然の誘いに困惑していると、背後から「いいじゃねえか」と口を出してくる。慌てて背後を振り返ると、峰がいた。


「まだ腹減ってねえならここで時間潰していくか」

「えっ、先生もやるの?」

「面白そうだなって思っただけだ。俺もいいか」

「もちろんですよー!」


 意外と興味があるのか、と思ったがきっとあの女生徒の手前だろう。そう考えると、何となくむっとして「分かった」と返事してしまった。女生徒は嬉しそうに顔を輝かせる。


「それじゃ奥の机にどうぞ、用意してくるので」


 言われるがままに大きな机に対し峰と対面で座らされると、女生徒が奥から色々荷物を持ち込んできた。それが綺麗に机へと並べられていく。粘土板、銀粘土、小さなバケツに入った水が揃うと女生徒は「それでは説明しますね」と口を開いた。


「銀粘土は乾燥しやすいので、こまめにお水を混ぜてもらった方がひび割れを起こしにくいです。でも混ぜすぎると今度は扱いにくくなるので、その場合はちょっと待ってもらってわざと乾燥させたりしてもらえれば。指輪やブレスレット、あとブローチとかお好きなように形作ってください」


 この日のために説明を練習してきたのか、さらさらと彼女は解説した。一通りの説明を聞くと、彼女は「何かあったら呼んでください」と受付の方へと戻っていく。ずっと彼女につきっきりなられずに済むとわかると、少し安心した。

 もらった粘土は、恐らくブレスレット一本か指輪二本分かの量だった。峰は早速捏ねながら、「何を作るんだ」と聞いてくる。


「どうしようかな。ピアスは作れないだろうし……先生は?」

「ブレスレットが一番簡単そうな気がする」

「ブレスレットって……バングル?」


 ふと、椿のバングルのことを思い出す。そして、閃いた。


「先生、バングルなら厚み2ミリくらいを意識するといいよ」

「何だ、急に店員出してくるじゃねえか」

「いや、それくらいの厚みがあったら彫刻とかしやすいからってだけ」


 千尋の言葉に、峰は「そうか」とだけ返した。彼は別に千尋のことを疑ったりしないし、素直に話自体は聞いてくれる。それが本当に、今はありがたかった。だからこそ、畳み掛けられる。


「何か彫りたい柄はある? あとで、僕が彫ってあげる」

「いや、とくには。何なら柄なくてもいい」

「それはもったいないよ、先生の手首的に太めの方が合うしそれなら柄がある方が絶対に決まる。だから任せてくれない?」


 千尋の熱のこもったプレゼンのような言葉に、「そういうものか」と峰は返した。この時点で、やはり峰自身が興味あったというよりは生徒への顔立てというのが確信めいてくる。


(この人、結局どこまでも「先生」なんだよなぁ)


 思わず、ため息が漏れたのだった。


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