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第60話

 人生、苦難を乗り越えた後にはご褒美が待っている。

 かつてネットで目にしたそんなフレーズを、近頃は前向きに信じている僕である……が、果たしてこの出来事をご褒美にカウントしていいのだろうか?


 本日は月曜。

 部活の休養日であり、珍しく放課後は完全オフ――そして僕はなぜか、美月と加賀志保さんの両名と一緒に吉祥寺へ遊びにいくことになっていた。


 本来なら、突発的な『青春イベント』として大歓迎していたはず。

 しかし原因は不明ながら、美月と加賀さんの関係が怪しい。もちろん百合的な展開ではなく、雰囲気が不穏といった意味である。


 あの二人は先日、火花を散らしながらブリザードを発生させていた。非力な小動物にも等しい僕が、あんな過酷な環境に堪えられるはずもなく……どう考えても、ハッピーな放課後を過ごせそうにない。


 だからといって、自分に何ができるわけでもない。結局、悶々としながら午前の授業を受けることになった。


 そのまま昼休みを迎えると、お弁当を持った三浦(千紗)さんがD組へやってきた。続けて彼女は、「聞いたよ!」と元気に口を開く。


「あの二人と吉祥寺に遊び行くんだってね!」


「あの二人?」


「実は今日、兎和くんはね……」


 お弁当を机に置くや、さっそく三浦さんが興味津々にツッコんでくる。それから事情を知らない恋人の慎に、話題についての詳細をこっそり耳打ちしていた。


 むやみに美月の名前を口にすれば、性懲りもなく周囲が騒ぎだすのは目に見えている。小声なのは、それを避けるための配慮だろう。

 なお、渦中の学内トップ美少女は不在である。友人たちと屋上ランチの日らしい。


「ほうほう……ずいぶん楽しそうな予定じゃないか、兎和!」


「そうでもないよ……」


 ニヤリと笑う慎に、僕は本心からの思いを口にする。

 ついでに弁当を食べ進めつつ、イマイチ乗り気じゃない理由を説明した。


「あの二人の関係が不穏? カラオケのときはそんな感じなかったけど」


 そう。慎の言う通り、カラオケ会の時点では至って平穏だった。ところが、先日顔を合わせたときには謎の対抗意識が芽生えていたのである。

 すなわち、僕の知らない間に何かあったのだ(迷推理)!


「でも加賀はともかく、あの人が張り合うなんてちょっと意外だな」


 あの人(美月)はわりと血の気が多いので、僕としてはまったく意外じゃなかった。けれど外面が良いため、大抵の者が温厚なタイプだと誤解している。無論、慎もその一人。

 それはそうと、同性の加賀さん相手に張り合うのは意外、という話なら同感だ。


「まあ、女子にも色々あるんだろ」


「なんだそれ。何があったんだよ……」


 わかったような顔をする慎は放っておき、僕は改めて頭を悩ませてみたがピンとくる答えは出てこなかった。すると呆れた様子でこちらを眺めていた三浦さんが、まるで忠告するような口調で言う。


「私はさ、志保も美月ちゃんも大切な友達だと思っているの。だから、兎和くん。悲しませることはあっても、不誠実なマネだけは絶対しちゃダメだよ。もしやったら、グーパンだから!」


 こちらへ向けて、右の拳を突き出す三浦さん。

 何はわからずとも、元より不義理な振る舞いはしないと決めている。なので、僕は空になった弁当を片付けつつ「もちろん」とサムズアップを返した。


 ***


 やって来ました吉祥寺。

 僕は自転車を駐輪場に止め、駅前ロータリー中央にある『ゾウのはな子(銅像)』の前に立つ。

 美月は車、加賀さんは電車で来るらしく、この場所で待ち合わせ予定となっていた。


「お待たせ、兎和くん!」


 待つこと数分、先に到着したのは加賀さんだった。彼女は笑顔で合流するなり、制服を整えながら「遅れてごめんね」と謝罪を口にする。


「僕もさっき着いたところだから、ぜんぜん待ってないよ。気にしないで」


「そっか、良かった。じゃあ行こっか!」


「うん、そうだね……って、まだ全員そろってないでしょ!」


 ごく自然に提案されたので、うっかり出発しそうになった。加賀さんは「冗談だよ」なんて茶目っ気たっぷりに言い訳していたが、本心かどうか怪しいものだ。


 せっかく三人で遊ぶことになったのだから、この機会にぜひ美月とも仲良くなってもらいたいところである。


「お待たせしてごめんなさい。道が混んでいて、少し遅れてしまったわ。でも、置いていかれなくて良かった」


 ややあって、今度は美月が到着する。しかも開口一番、まるで先ほどのやり取りを見ていたかのような発言をした。


 前々から直感が優れているとは思っていたけれど、そういうのはドキッとするからやめてね……それと当然のことながら、運転手の涼香さんは一緒ではないらしい。


「大渋滞してればよかったのに」


「何か言ったかしら? 加賀さん」


「ううん、別に。さあ兎和くん、全員そろったからいこっか!」


 さっそく火花を散らす女子二人。

 あの、仲良く遊びにいくような空気じゃないんですが……ところで、本日はいったい何をして遊ぶつもりなのだろうか。


 事前情報ナシで参加した僕は、至極もっともな疑問を口にした。


「それで、どこへ向かう予定なの? できれば加賀さんのプランを教えてもらいたいんだけど」


「え、プランとかないけど」


 加賀さんが言うには、ぶらぶらして気になった店に入る、もしくはカラオケか『ラウワン(屋内型複合レジャー施設)』にでも行くのが遊ぶときの定番だそうだ。


「逆に聞きたいんだけど、兎和くんと神園さんはいつも何して遊んでるの?」


 僕と美月は、揃って首を傾げる。


「放課後に友達と遊んだ記憶がないな……」


「私も普段はあまり出歩かないから……」


 僕は当然として、美月も一般の女子高生像とはかけ離れたタイプだ。休日ならともかく、お互い制服のまま放課後をエンジョイするような生活を送っていなかった。

 そんなある意味似たもの同士の僕たちを、加賀さんは憐れむような視線で見つめていた。


「そ、そっかぁ……じゃあ二人とも、今日はいっぱい楽しもう! なんか変なこと聞いてごめん……」


 意図せず場の空気が和らいだところで行動開始。とりあえず駅周辺をぶらつき、気になる店があれば入ってみることになった。

 そして歩き始めてすぐ、加賀さんがある店に目を留める。


「あ、クレープ屋さんだ! 私たちも食べていこうよ!」


 ロータリーの隅にクレープを販売するキッチンカーが止まっていた。他校の女子生徒たちが、カウンター前で楽しそうにメニューを選んでいる。


 とても青春っぽい光景で、憧れる……けれども、僕は甘いものが苦手だ。むしろ『体が受け付けない』と言ったほうが正しい。だから、ここは眺めるだけにしておこう。


「残念だけど、僕は食べられそうにないから遠慮するよ」


「え? 兎和くんって甘いもの全然ダメなの?」


「甘い物もそうだけど、彼はかなりの偏食よ」


 美月が追加で説明してくれた。すると加賀さんは、少しムッとしながら「甘くないメニューもあるし」と逆に足を早める。


 結局、断りづらい雰囲気に押し切られて三人でクレープを購入する。僕はツナチーズ(唯一のおかずクレープ)を、女子二人は普通にデザート系クレープを注文した。


 商品を受け取ったら付近のベンチに座り、僕はさっそく口をつけようとした――が、その寸前で「ちょっと待って」と美月に制止される。


「兎和くん、まずは小さくちぎって食べてみたら? もし口に合わなかったら大変でしょ」


「たしかに」


 何も考えず大口でかじりついてみたものの、体が拒絶反応を示して盛大に吐き出すハメになったら目も当てられない。


 実際、アドバイスの通りにちぎった分を口に放り込んでみれば……生地も具材もかなり油っぽくて、とてもではないが食べられそうになかった。


「うう……」


「やっぱりダメそうね」


「ええ!? ひと口しか食べてないのに!」


 僕の味覚の偏り具合を知り、加賀さんも驚きを隠せないようだ。

 あぶなかった……ガッツリ食べていたら、最悪はゲロを吐いていたかもしれない。前に母が作ってくれたおかずクレープはサッパリして美味しかったので、ちょっと油断していた。


「仕方ないわね。ほら、それちょうだい。捨てるのはお行儀が悪いから、私が食べるわ」


「あ、半分手伝うよ」


 僕が残したクレープは、女子二人が半分こして完食してくれた。

 食べ物を粗末にせずに済んでよかった。けれど、美月の方は苦しそうにお腹を擦っている……青春っぽい光景だからと、迂闊な判断をして本当にすまない。


 それから間もなく、僕たちは改めて散策を開始した。

 再び足を止めたのは、そのわずか3分後。アーケード街に入ってさほど進まぬうちに、またも加賀さんが通りかかった路面店に強い興味を示したのである。


「わ、『ゴン茶』の季節限定フレーバーが出てるよ! マンゴーパッションヨーグルトタピオカ抹茶ラテだって! 飲みたい!」


 ゴン茶とは、台湾発祥のティー飲料チェーン店だ。商品が映える、と若者に高い人気を誇っている(妹に聞いた)。


 つーか、マンゴーなんたら抹茶ラテ……それ、本当に飲みたいの? 

 フレーバー名を聞いても、僕はまったく心ひかれなかったぞ。最近の女子高生の感性はよくわからん。無論、一般の女子高生に該当しない美月も不思議そうに首を傾げていた。


「僕は遠慮しておくよ」


「そっか、残念。でも、また残しちゃってもアレだしね。じゃあ神園さん、一緒に飲も!」


「えっ!? えぇ、そうね……」


 ここでも押し切られ、美月は一緒に期間限定のドリンクを購入する。

 多分、出発前の『じゃあ二人とも、今日はいっぱい楽しもう!』という加賀さんの発言に感化されてしまったのだ。


 彼女は基本的に人が良いからな。不仲な相手とはいえ、優しい言葉をかけられて無下にできるはずもない。


 おまけにノリまで良いものだから、仲良くドリンクを顔の横に添えつつスマホで自撮りしていた。お互いSNSに載せるそうだ。


 しかし、時間が経つにつれて美月の顔色は悪くなっていく。

 加賀さんが『タコ焼き』だの『メンチカツ』だの『吉祥寺揚げ』だのと、食べ物ばかりに興味を示したせいだ。


 もちろん僕はすべて遠慮しているが、散策はもはや食べ歩きの様相を呈していた。

 体育会系女子の胃袋、恐るべし。最終的に「デザートにアイス食べたいな」との発言がトドメとなった。


「加賀さん、もう私お腹いっぱいで……ていうか、ちょっと気持ちが悪くなってきて……」


 ついに美月の口からギブアップ宣言が飛び出す。

 無理もない。こんな事態を予期していた僕は、すかさずフォローを入れた。


「美月、ゲロ吐くと楽になるよ」


「兎和くんは黙っていて……」


 解せぬ。心配して声をかけたものの、ゾクゾクするような極寒の視線が返ってくる。

 ともあれ、本気でツラそうな美月を休ませるため、いったん人が少ない喫茶店に入ることにした。


「加賀さん、美月と一緒にいてあげて。僕は胃薬を買ってくる」


 女子二人をソファに座らせ、適当にドリンクを注文する。そして僕は、胃薬を求めてドラッグストアへ向かうのだった。

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