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第15話 ゴースト

 キッチンの棚に無造作に置いておいた剣を引っつかんだオレは、風のように外に飛び出した。 

 杖を手にした久我が続く。


 外に出た途端、オレたちを砂混じりの暴風が襲った。

 風が強い。とっさに左腕で目をかばう。


 悲鳴の主はすぐに見つかった。

 店のすぐ前で、十人ばかりの男たちが黒い影に襲われていたのだ。


「やっぱりか!」


 黒い影は子供程度の大きさで、黒靄くろもやで構成された漆黒しっこくの身体をしていた。


 野球ボール大の光る目。

 ジャングルのとき同様、手首から先が剣と化しているようで、立っているだけでその腕の先が地面に着くほど長い。

 見た目はシャドウそのままだが、微妙に身体がブレている気がする。なんでだ?


 襲われている方はと見ると、こちらはダイナーを襲撃した例の若者たちだった。

 昨夜痛い目に合わせたはずのバーニーとダリルもいる。

 こいつら町から来たんだろうに、テレビを見ていなかったのか? 


「こ、この野郎!!」

 タァン! タァン!!

「だ、駄目だ、効かねぇ! 助けてくれぇぇぇええ!」


 若造たちがシャドウに向かって一斉に銃を放つも、弾はことごとくシャドウの身体をすり抜けて虚空こくうに消えた。

 当たった一瞬だけシャドウの身体を構成する黒靄くろもやがフルフルっと歪むものの、すぐ元通りになる。


 やはりその場に留まらない銃弾では、靄で構成されたシャドウの身体を傷つけられないようだ。そりゃそうだろ。


「おいお前ら! 店の中に避難しろ!!」

「は、はい!!」


 オレの指示を受けたチンピラどもが、慌てて店の中に駆け込む。


炎の矢フランマサジータ!」

 ゴゥっ! ゴゥっ!!


 久我の構えた杖の先から炎の矢が次々と飛び出し、チンピラどもに追いすがろうとするシャドウたちを襲った。


「クギャァァァァアアア!!!」

「アキャァァア!!」


 炎の矢が当たったシャドウが一瞬で炎に包まれ、消失する。

 やはり魔法は効果があるようだ。

 久我はオレを見るとうなずいた。

 オーケー、オーケー、んじゃ、ちょっとだけまかせるよ。


「おい、そこの! 確か、バーニーとダリルだったな?」

「ひ、ひぃぃ!」


 向かいくるシャドウを聖剣で斬り捨てながら、腰を抜かしているバーニーとダリルに駆け寄ったオレは、尚も向かってくるシャドウを斬りつつ二人に剣を向けた。


「お前ら、昨夜あれだけ痛めつけたのにまた来たのか。いい加減しつこいぞ」


 間近で見ると、二人とも顔中青あざだらけで、ペタペタと治療テープを貼りまくっている。

 昨夜ボコボコにされてようやくオレたちとの実力差が分かったようだが、二人は顔を見合わせると、意を決して口を開いた。


ぞぇでぼおでだぢばあいづらにぼででうんだそれでもおれたちはあいつらにほれてるんだ!!」

「なにぃ!?」


 歯や顎を砕かれてまともにしゃべれないながらも、二人は言った。

 よく見るとこいつら若い。ドロシーたちと同い年くらいで二十歳そこそこだ。

 こう見えて意外と純愛なのかもしれない。


 オレは対応に困って思わず頭を掻いた。


 いやほら、うち女子高だし、思春期の男子に対するアドバイスって言われても、どう考えても実りそうにない恋のアドバイスはキッツいってば。

 それに、もうちょっとまともなら応援してやらないでもないんだが、チンピラチームのリーダーとサブリーダーじゃなぁ……。


「あのなぁ、お前ら。気持ちは分からないじゃないけど、どう見ても脈はないぞ? 好きで何度もアタックするのはいいが、強引すぎてすでにドン引きされちまっている。ここからの逆転はさすがに無理だ。あきらめて別の恋をだなぁ」

でぼでも!」

「それに、あの子たち二人ともオレが食っちまったしな」

「「えぇ!?」」


 二人の顎がストーンと綺麗に落ちる。

 二人そろって泣きそうな顔をしているがしょうがない。可哀想だが恋愛ってなそんなもんだ。思えば叶うってんなら誰も苦労しないさ。


「藤ヶ谷! 他の連中はあらかた避難させたぞ!」


 後方から聞こえた久我の声に、オレは振り返った。

 左腕で暴風から目をかばいつつ、久我が駆け寄ってくる。

 さすが魔法使い。遠距離攻撃があるとこういうとき強いねぇ。


「サンキュー、久我! こっちも一応、説得は済んだよ。あとは時間が失恋の痛みを癒してくれるだろ」

「藤ヶ谷!」


 久我が突如、警告の叫びを上げた。

 久我のただならぬ表情にバーニーとダリルの方に振り返ると、二人が黒靄に包まれていた。


「あ、あああああああぁぁぁぁ!!!!」

「だぁずげでぐでぇぇぇぇ!!」

「お前ら!!」


 オレの目の前で、二人の全身がみるみる黒靄に包まれていく。

 そうして全身が靄に飲み込まれたとき、そこには身長三メートル超えの大きなシャドウが立っていた。

 バーニーとダリル、二体だ。


「「ガアァァァァァァァアアアアアアア!!!!」」


 二人の咆哮ほうこうを受けたオレと久我は、飛び退すさって距離を取った。


「シャドウめ、人を取り込みやがった。まさかそんなことができるとはな」

「助けたければ、取り込まれた対象を傷つけずに黒靄だけを排除する必要があるぞ。できるか? 藤ヶ谷」

「やるっきゃあるまいよ。よし、オレはバーニーの方を担当する。久我はダリルの方を頼む。行くぞ!!」


 ガキャァァァアン!!!!


 オレはダッシュでバーニーシャドウに近づき斬りつけるも、剣が止められる。

 めげずに再度斬りつけるも、これもまた止められる。

 昨夜、中身であるバーニーをボコボコにしたが、やはりシャドウ化すると取り込まれた人間よりも格段に強くなるようだ。


 全力を出せば斬れないことはないんだが、それをすると中身まで斬っちまうからな。

 そうして隙をうかがいつつ剣を合わせていたオレは、妙な腕の痛みに唇を噛んだ。

 痛ぇ。何だこれ。


 シャドウの剣はしっかり受け止めているはずなのに、オレの二の腕がなぜか傷を負い、血が大量に流れ出している。

 何が起こっているんだ!?


 久我の方はと見ると、こちらもダリルシャドウ相手に苦戦していた。

 炎の連弾で近寄せないようにしているものの、ダリルは両腕でガードしつつじりじりと久我に近づいている。

 オレと同じく、中身に傷つけずに無力化させるのが難しいのだろう。


「大丈夫か、久我!!」

「あぁ、何とかな! それより藤ヶ谷、こいつら風をまとっているぞ。カマイタチだ。気をつけろ!」

「それでか!」


 ガキャァァアン! ガキャアァァァアン!!


 とはいえ受けないわけにはいかないから剣を合わせるが、その度にオレの二の腕がカマイタチによって傷を負っていく。

 スーツ越しではあるが傷は結構深い。手の甲にまで血が流れてくる。


「ちっくしょう。この状況じゃ久我に回復魔法で治してもらうのは無理だ。せめて超回復スーパーヒールがあれば、ダメージを恐れず突っ込めるのに!」


 キィィィィィンン!


 そのとき、オレの身体が薄っすらと緑色の光で包まれた。

 癒しの力だ。超回復ほどではないにせよ、急速に傷が癒えていくのを感じる。それどころか、気力体力もみるみる満ちていく。何だ!?


「藤ヶ谷! ドリアードだ! ジャングルのときと同じように、ドリアードが癒してくれているんだ!」


 久我の声に聖剣の柄頭を見ると、確かにそこに埋め込まれた水晶――宝珠が緑色に光っている。


「そうか! ありがとうよ、ドリアード!」


 その隙を逃さず、バーニーシャドウがオレの頭をかち割るべく大上段から手剣を振り下ろしてきた。 

 カマイタチのダメージを負うことを覚悟で懐に飛び込んだオレは、バーニーの剣を紙一重で避けつつ、このくらいかな? と、黒靄の厚みぶんだけ下から全力で斬り上げた。 


「グギャァァァァァアアアアアアアアアアア!!!!」


 やはり、聖剣の力をダイレクトに与えるとダメージがデカいのだろう。

 致命傷となったようで、シャドウの漆黒の身体が弾けて宙に消えた。

 解放されたバーニーがその場に崩れ落ちる。


 結果も見ずにきびすを返したオレは、すかさずダリルシャドウに向かって走った。

 オレの動きに気づいたダリルシャドウは、久我を放ってオレに向き直ると、思いっきり剣を振り下ろしてきた。


 だが遅ぇ!!


 ダッシュしたオレは、ダリルの横を走り抜けつつ横薙ぎに剣を振るった。 


「グボァァァァァァアアアア!」


 黒靄の厚みぶんだけ胴を斬られたダリルシャドウが、断末魔の声を上げつつその場に倒れた。

 靄が散っていく。

 倒れたダリルは気を失っているようだ。 


 オレはその場に膝をついて荒い息を吐いている久我に手を差し伸べた。

 あれだけ炎の矢を放ち続けたんだ。今の弱体化した久我では、スタミナ切れにもなるだろうさ。


「ともかくも、いったん店に戻ろう、久我」

「そうだな、藤ヶ谷」


 暴風が吹く中、シャドウを無事撃退したオレたちは、バーニーとダリルを引きずりつつ、店内に戻ったのであった。

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