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第17話 風の塔

 バーニーとダリルの馬を無断借用したオレたちは、塔への一本道を走っていた。

 邪魔をする者どころか行き交う者もいない。

 三十分ほど走って、程なく木製の柵が見えてきた。

 柵の表面に張った布が、風でパタパタひるがえっているのが見える。


「柵だ。あれっぽいな」

「確かに。でも彼らは塔って言っていたぞ? そんなものどこにも見えないが……」

「ともかく柵のところまで行ってみようぜ、久我」


 馬を降りて近寄ってみると、そこは普通に公園だった。

 だが、その前に設置された柵は、確かに異様だった。

 工事現場よろしく、高さ二メートルもありそうな金属製バリケードが公園をすっかり囲むように設置されていたのだ。

 しかも、バリケードには、何かの紋様もんようが印字された布が張られている。


「久我、これって……」

「魔物封じの紋様だ。結構強力だが、シャドウにどれだけ効くかは疑問だな。実体化しているならともかく、黒靄くろもやの状態ならこんなもの平気ですり抜けられるだろうし」

「言われてみりゃ、ダイナーの付近まで現れているしな。効果は気休め程度か」

「だが、今は魔力が通っていない。途中のどこかで回路が断線しているようだ」

「断線ねぇ……。おい久我、見ろ! あれじゃないか?」


 視線の先のバリケードが、見るも無残に壊されていた。

 いやもうバッキバキ。当然、そこを覆っていたはずの布もビリビリに破かれている。


 魔物封じが作動しないはずだ。

 犯人はバーニーとダリル。

 壊した当人から聞いたんだから間違いない。


 オレと久我にボコボコにされた腹いせにやったんだそうだが、その歳になってやっていいことと悪いことの区別がつかないっていうのはちょっと困りものだ。


「とりあえず進んでみようぜ」

「だな」


 破壊されたバリケードを潜って敷地内に入ると、そこには普通に遊歩道が設置されていた。生け垣もあり、花壇もあり、見た目は普通の公園とまったく変わらない。

 だが、歩くこと三分。ほんの数十メートルほど進んだところで大穴が出現した。


 直径三百メートルにも及ぶ大きさのクレーターだ。規模こそ違うがジャングルと同じ。

 穴を覗くと底に水が溜まっているのが見えるが、水量はほんのわずか。せいぜい池ってところだ。

 ジャングルのときほど水が溜まっていないのは、ここが乾燥した地域だからなのだろうか。


 そして、その中央に灰色の塔が建っていた。

 塔のてっぺんがちょうどオレたちの目線の辺りだ。 


「湖の底を基点として建っているから、塔が外から見えなかったってことか」

「これじゃ、ここまで公園に入り込まない限り、そこに塔があるなんて絶対分からないだろうに。いったい誰が発見したんだろう」

「第一発見者は公園の管理者か、黙って柵を乗り越えた不届き者のどちらかってことかな」


 そこでオレたちは迫り来る嫌な気配を感じ、それぞれ剣と杖を握りしめた。

 オレたちの存在がシャドウを刺激したのだろう。クレーターの中のあちこちで、黒靄が発生し始める。


「シャドウだ。来るぞ、藤ヶ谷!」

「蹴散らしつつ、塔に乗り込もうぜ」


 オレたちは靴をスノーボードモードにすると、立ちはだかるシャドウを蹴散らしつつクレーターを滑り降りた。

 塔だけあって全体的に円錐型えんすいけいをしているのだが、ビッシリとレンガを積み上げて作られた外壁によって中がまったく見えない。


 やがて穴の底まで辿り着いたオレたちは、足首がちょうど埋まるくらい水が溜まった中で、沸きまくるシャドウを迎撃しつつ塔の入り口を探した。

 バシャバシャと、水を蹴立てて走る。


 ところが、一周しても入り口らしきものがまったく見受けられない。

 それらしき階段こそいくつもあるものの、その先が完全に壁なのだ。


「ってどこだよ、入り口は! どこにもねぇじゃねぇか! でぇい!!」


 追って来たシャドウをまとめて蹴飛ばしたオレは、すぐ真後ろで銀色の特殊警棒を振るう久我に向かってわめいた。


 久我は久我で、魔力の消費を抑えようという作戦が充分効果を発しているようで、警棒で殴るたびにシャドウが弱まって霧散していく。

 警棒の先端についた水晶が光っているが、何かの魔法でも付与エンチャントしているのだろうか。

 いやいや、背中を預けつつ戦うのがこんなにありがたいとは思わなかったぜ。


「雑魚はこれであらかた片づいたか……。久我、入り口の場所を突き止めてくれ」

「よし。探知ディプレーンショ!」


 特殊警棒モードから長杖ロッドモードに切り替えた久我が、目をつむる。

 万が一にも無防備の久我が襲われることのないよう、オレは剣を構えつつ油断なく周囲に気を配った。

 やがて、久我がゆっくりと目を開けた。探知が完了したらしい。


「こっちだ」

「おう」


 案内されるままに久我の後をついていくと、やがて水にすっかり埋もれた小さな石像群の前に辿り着いた。

 どれも高さ二十センチにも満たない小さな石像で、ほぼ三等身のちょっと太めの道祖神だ。

 見た目は宇宙人グレイのような、あるいはキューピー人形かビリケンさまか。


 パっと見、笑っている像、怒っている像、泣いている像、無表情な像の五種類ほどあるようだが、ひょっとしたらもっと表情があるかもしれない。だが、どの石像も見ていて何となく笑ってしまう可愛さがある。


「人形? え? これをどうしろって?」

「こうだ」


 久我が笑っている石像を上からむんずと踏んだ。

 上から踏まれた小型石像が地面に沈む。


「あ、おい!」

 ゴゴゴゴゴ……。


 その瞬間、どこからか仕かけが動くような音が聞こえてきた。

 反射的に身構える。


「とこんな風に、笑っている顔の石像を踏んずけるんだ、藤ヶ谷。それでスイッチが作動する。計算ではあと五体あるはずだが、くれぐれも他の石像を踏んずけるなよ? 面倒くさいことに……」

「え? わわっ!!」


 泣いている石像を踏んずけたオレの下の地面が急激に盛り上がると、地面を割って地下から何かが出てきた。

 足を取られてたまらず引っくり返ったオレの目の前に現れたそれは、巨大石像だった。


 プレートメイルを装備した西洋の騎士のような格好をした石像で、身長は三メートルほど。地面に埋まっていたせいで表面には土が大量についている。 

 特筆すべきはその表情だ。

 兜の上に、まるで飾りのようにオレの踏んずけた泣き顔の石像がくっついているが、なんと本体である騎士の石像も同じ泣き顔をしている。

 見ている前で、石像がゆっくりと動き出した。


 つまり何か? 正解を踏むとスイッチが作動し、不正解を踏むと地面から騎士型の石像が出てくるってことか? 石製でめちゃめちゃ硬そうだし、凶悪そうな剣と盾を持っているしで、とんでもなくヤバそうなんだが? まさかこいつと戦えと!?


「こんな感じで塔の周りに石像群があるはずだ。踏んずけるのは笑い顔だけ。実験する気はないが、多分その巨大石像は間違って踏んずけた藤ヶ谷のみターゲットになっているはずだ。頑張って逃げてくれ。俺はその間に他の石像を踏んでくる」

「え? いやいや、ちょっ、うあぁぁぁぁぁああああああ!!!!」


 ブゥゥン!!!! ドガガっ!!!!!!


 石像が大上段から振り下ろした石の剣が地面に突き刺さる。

 二メートルもの長さの段平だんびらだ。重量は百キロを余裕で越えているはず。そんなものが頭を直撃してみろよ、間違いなく死ぬぜ?


「たぁすけてくれぇぇぇぇえええええ!!!!」


 きびすを返したオレは、慌てて逃げ出したのであった。

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