幸いなことに、石像は足が遅かった。
そりゃそうだ。だって身長が三メートルもあるんだぜ? 重量なんざトンだよ、トン。そんなものが二足歩行で早く走れるわけがない。
とはいえ、迫ってくる圧は半端ないし、万が一攻撃を受けようものなら即死間違いなしだ。
攻撃手段が石の剣だけってのがまだ救いだ。
これは言ってみればゲームだ。
追ってくる巨大石像から逃げつつ、そこらに埋まっているはずの笑い顔の小型石像を踏んずける。ただそれだけ。
だが、地面から生えた二十センチにも満たない小さな石像の表情を確認し、笑い顔の石像だけを的確に見つけることの難しいこと難しいこと。
だって、地面は足首辺りまで水で満ちているんだぜ? 当然小型石像もほぼほぼ水の中だ。その上、巨大石像がズンズンと地面を揺らしながら迫ってきている。そんな中、冷静に笑い顔の石像を見つけられるか? 雨風に晒されて全体的にすり減り気味だし、焦っちゃって焦っちゃって、怒り顔だか泣き顔だか、さっぱり分からねぇぜ。
それに、全部一回は沈むんだよ。沈んだままなのが正解。沈んだ後、巨大石像となって地面を割って出てくるのが不正解。
タケノコかってんだ。
正解か不正解かを知るには若干の時間が必要となるしよぉ。焦れったいったらありゃしねえぜ。
それでもオレは、追ってくる石像から反時計回りに逃げつつ、小型石像を二体踏んずけることに成功した。
とそこで、正面から久我が走ってくるのが見えた。
手を上げて合図をしようとしたオレの視線が固まる。怒り顔の巨大石像が一体、久我を追いかけている。
「藤ヶ谷、すまんーー!!」
「久我ぁ、お前もかぁぁぁ!!」
バシャバシャ、バシャバシャ。
思いがけず合流を果たしたオレは、そこからは久我と並走することにした。
水を蹴立てて走る音が、二人ぶんになる。
オレを追う石像はオレだけをターゲットとし、久我を追う石像は久我だけをターゲットとする。がそれはあくまで久我の分析によるもので、それが本当に正しいかどうかは検証が必要だ。
検証するためには久我を追う石像のすぐそばまで近寄らなければならないが、万が一その分析が間違っていた場合、オレは石像が振り回す百キロ越えの
そんな命がけの検証なんざごめんだよ!!
「久我ぁ! 残りの石像の位置は?」
「すぐその辺りなんだが……何だこれは!?」
そこは、まるで畑かと言わんばかりに小型石像で地面が埋め尽くされていた。
百や二百じゃ効かない。数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの量が埋まっている。
「こんなのズルだ! 探せるわけないじゃないか!」
およ? 珍しく久我が焦っている。
普段冷静沈着な久我でも、後ろから巨大石像が迫ってくるとなると余裕がなくなるのかもしれないな。
そうこうしている内に、二体の巨大石像が追いついてくる。
一計を案じたオレは、効かないのを承知で久我を追ってきた怒り顔の石像を斬りつけた。
案の定、怒り顔の石像が反転すると、久我を放ってオレを追いかけ始めた。
これでこの二体はオレをターゲットとした。久我が正解を探す時間を稼げる。
「久我! こっちはオレが引きつけておく。その間になんとか正解を見つけてくれ!」
「わ、分かった! そっちを頼んだ!!」
久我が水に濡れるのも構わず、地面に片膝をついて調べ始めた。
それを横目で見ながら走り出す。
だが――。
いやいや、時間がかかる。
あれだけの数の小型石像の中から正解を探すのが大変だってことは分かるが、人間が歩き続けられる体力ってものがある。
しかもオレ、もう
久我の位置を確認できる距離をウロウロ巨大石像を引き連れて歩いていたところで、久我が絶望的な叫びを上げた。
「あぁ!! ど、どこまで確認したっけ!? 気を散らさせないでくれ、藤ヶ谷!!」
「えぇ!? いや、オレ、何もしてないって!!」
「巨大石像に近くを歩かれると、振動で波が立つんだよ! あぁもぅ、何なんだ、このトラップは!! 意地悪すぎるだろう!!」
いつも冷静沈着な久我がキレている。
ま、そりゃあな。オレが逆の立場でもキレるかもしれん。
しゃーない、最終手段だ。
「落ち着け、久我! ならここはオレに任せてもらおうか! それっ!!」
オレは久我のそばまで行くと、足元の小型石像を踏んだ。踏みまくった。一体じゃない、まとめて何体もだ。
高速足踏みで、一体も余すことなく全ての小型石像を踏みまくる。
久我が
カチっ!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「お? なんか音がしたぞ!」
正解を踏んだっぽい音がしたものの、そこに巨大石像が地面を割って地表に出てくる音が混じる。
とはいえ、この近辺は小型石像がこれだけ密集しているんだ。全ての小型石像の真下に巨大石像がセットになっているわけがなかろう? ある程度、間引かれているはずだ。
その推測は当たっていたらしく、現れたのは二十体ほどだった。
百体単位で出てくるならともかく、二十体程度なら……。
「おいおいおいおい藤ヶ谷! 敵の数を増やしてどうするんだ!! こんな数、相手していられないぞ!?」
「馬鹿正直に相手しようと思うからいけないんだよ。こんなものはなぁ……
オレの叫びに応えたか、柄の宝珠の中に、ほんのりと緑色の光が浮かぶ。
地上に出てきた巨大石像は、動き出すまでに若干時間がかかる。
ずっと固まっていたから、関節とかが凝り固まってしまっているんだろう。
オレは動き出す前の石像どもを聖剣で斬りつけつつ、その
いやいや、石だぜ? いくら聖剣といえど、今のオレに斬れるわけがない。
とはいえ、魔法が乗るなら話は別だ。
オレと久我が見守る中、斬りつけた石像たちはお互いに剣を向け、戦い始めた。
久我が口をあんぐりと開けながら石像の動きを見守っている。
「何だ、これは。何をやった? 藤ヶ谷」
「石のクセにターゲットを判別できるくらい賢いなら、幻惑が効くんじゃないかと思ってな。案の定だ。石像どもは自分の近くの物体を敵と判断している。同士討ちしている間に離れよう」
「あ、あぁ、そうだな。おそらくこれで塔の入り口が開いたはず。あ、見ろ! あそこが開いている!!」
久我の声に塔を見ると、確かに壁の一部が開いて中に入れるようになっていた。
オレたちは塔の最下部に設置された高さ三十センチほどの小さな階段を上がると、急いで壁を潜って塔の中に潜入したのであった。