塔に入ると、そこは大広間になっていた。
塔は
天井は遥か頭上だ。
当然一階の床は円形をしており、その直径は約三十メートル程度ってところかね。
周囲を見回すと、大広間の壁に沿って一人歩きができる程度の幅しかない
もしこの階段を上るはめになったとしたら、かなり怖いだろうと思う。
そして、一階の中央に、またしてもおかしな像が置かれていた。
カマキリの巨大石像だ。
だが、身長約五メートルほどと巨大ではあるものの、それ以外に特筆すべき点はない。背中にジェットを背負っているでもなく、頭にソナーがついているでもなく、単純にカマキリなだけだ。
「あれ……かな、久我」
「あれ……のようだな、藤ヶ谷。とりあえずその前に……。
オレと久我の身体がぼんやりと緑色の光に包まれる。
なにやら気力が増していく気がする。
「おぉ、こりゃ何だ? 久我」
「見ての通り、治癒力を上昇させた。これで多少の傷は勝手にふさがってくれる。今の俺は、他の属性魔法は相変わらずダメダメだが、契約を果たしたドリアードの魔法は人並み以上に使えるからな」
「そいつはありがたい。んじゃ、行っくぜぇ!」
いつでも攻撃に移れるよう右手で聖剣を持ったオレは、久我をそこに残し、ゆっくりとカマキリの石像に近寄った。
案の定、みるみるカマキリの石化が解けていく。
カマキリはオレを睨みつけつつ口を開いた。
「ワレハゼクスコピー『フゥ』。ユウシャカクニン。センメツスル」
「やっぱりそうか! 先手必勝だぜ!!」
聖剣を大上段に振りかぶったオレは、必殺の気を込め、石化が解けきる前のカマキリの足を
はずだった。
「消えた!?」
「藤ヶ谷、後ろだ!!!!」
ギュゥゥゥッゥゥゥン!!
背中を凄まじい悪寒が走る。
前転で緊急回避したオレは、起き上がりながらカマキリを見た。
まさに今の今までオレがいたところを巨大鎌が猛スピードで通りすぎていく。
あっぶねぇ! 回避しなかったら今の一撃で殺されていたぜ! だが、なんでさっきまでオレの前にいたはずのカマキリがいきなり背後に回っているんだよ! どれだけ速いスピードで移動したんだ!?
ガキャァアアン! ガキャァァァアアアアンン! ガキャァァァァアアアアン!!
間髪入れず繰り出される鎌による連続攻撃を聖剣で受ける。
デカいだけあって、一撃一撃の威力が強い。
剣を合わせるごとにオレの身体がじりじりと後ろに追いやられる。
こうやって合わせるのがやっとだ。
とその瞬間、カマキリが再びオレの前から姿を消した。
左だ!!
横っ飛びに避けながら剣を野球のバットのように
ガキャァァァア!!!!
「うわっ!!!!」
体勢が崩れているのに鎌を受けたせいで、オレは思いっきり吹っ飛ばされた。
床をゴロゴロと転がる。
くっそ、どうなっていやがるんだ。いくらなんでも速すぎるだろ!
見上げると、カマキリは宙に浮いていた。
羽根を激しく羽ばたかせ、オレを上空から睨みつけている。
そこでオレは気がついた。
カマキリの身体がブレて見えている。
そうか! バーニーとダリルがシャドウに取り込まれたときと同じく、風をまとっているのか! だからこんなに速いんだな!?
ヒュゥゥン! ドドドドドドオォォォォォォォンンン!!!!
「クキャアァァァアアア!!」
カマキリの背中に、久我の放った緑色の魔法弾が連続して当たった。
緑色? 何の魔法だ?
何の効果がある魔法かはわからないが、カマキリの気を反らすことには成功したようだ。
カマキリが空中でホバリングしながらゆっくりと久我の方に振り返る。
「今だ!!」
俊足で駆け寄ったオレは思いっきりジャンプした。
魔王討伐の旅で得た潜在能力解放法によって五メートルの高さまで跳んだオレは、一気にカマキリの頭上を取った。
この位置からの攻撃なら!!
ガガガガガガガガガガガ!!!!
その瞬間、目に見えぬ激しい衝撃を受けたオレは空中を後ろ向きに吹っ飛んで塔の内壁に叩きつけられた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」
「藤ヶ谷ぁぁぁぁあああ!!」
ドガガガガガガガガガガガァァァァアアンンンン!!
「あ、くっ、かはっ!」
凄まじい勢いで背中を打ったオレは、たまらず口から大量の血を吐き出した。
またもアバラを折られてしまったようで、尋常じゃないレベルの痛みが背中を走っている。
あまりの痛みに、指一本動かせない。
すかさず柄頭に埋め込まれた宝珠が緑色に光り輝き、オレの回復を始めるが、ダメージが大きすぎるのか効きが遅い。
駄目だ、動けねぇ。これじゃ間に合わない。
どうやらカマキリの目にも見えない連続攻撃を食らっちまったらしい。くそっ!
そんな、身動き一つ取れないオレに向かって、カマキリがゆっくりと飛んできた。
勝利を確信しているかのようだ。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい! 次の攻撃で間違いなく殺される!!
いつの間にか緑色の
思わず目をつぶる。
だが、次の瞬間、カマキリの身体がグラっと傾き、その場に墜落した。
カマキリは死にそうになっているオレの目の前で断末魔のようにしばらく身体をピクピク動かしていたが、やがてピクリとも動かなくなった。
「何だ? 何が起こった? 久我!?」
とそこで、オレの身体が更なる緑色の光に包まれた。
久我が、回復魔法を重ねがけしてくれているらしい。
「いてててて……」
ようやく身体が動かせるくらいまで回復してきたオレは、久我の差し伸べる手を取って立ち上がった。
どうやら巨大カマキリは死んだようだ。
「いったい何をしたんだ? 久我」
「毒の霧で包んだ。ドリアードの魔法だよ。効いてくれて助かったよ」
「毒か。スリップダメージってやつだな? なるほど、助かったぜ。おい、カマキリの身体が崩れるぞ」
オレたちの見ている前で、巨大カマキリの上半身が砂のように崩れると、その中から薄緑色の光の玉がフヨフヨと浮いて出てきた。
ジャングルのときと同じように、光の玉はオレたちの前でお礼でも言うかのように
「これ、やっぱり風か?」
「そうだ。
「これで二体か。……
「二十代と三十代とで身体の疲れ具合がこれだけ違ってくるとはな……」
オレと久我は
まだまだ若いつもりではいるが、身体を張れるだけの体力があとどれだけ残っているか。
オレたちはフラフラになりながらも右手を上げると、互いの手のひらをパシンと叩き合った。
こうしてオレたちは、ウンザリ顔をしつつも、このステージでの勝利を祝い合ったのであった。