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第20話 少しは三十路をいたわりやがれ!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


「おいおい、何だよこの音。またか? またなのか?」

「うーん、この気配から察するに、まただろうなぁ……」


 顔を見合わせたオレと久我は、疲れた体に鞭を打ち、扉まで行って外を見た。

 明らかに水位が上昇している。 

 しかも、思った以上に水の溜まりが早い。

 おそらくボスが死んだことで、クレーターの内壁が崩れ、地下水がじゃぶじゃぶと流れ込んでいるのだ。


 ほぼクレーターの底にいるオレたちは、このまま逃げなければ溺死確定できしかくていだ。

 慌てて扉を閉めたオレたちは、脱出口を考えた。


「疲れてもう動けねぇよ。とりあえず水の流入が止まるまでこの塔の中で待機するっていうのはどうだ? しっかり休んで、それからゆるゆるとそこの螺旋階段らせんかいだんを登るってことで」

「ボスが生きている状態ならそれもありだと思うが、多分この塔は今、精霊の力が抜けてもろくなっているんじゃないかな。水の圧力に負けて途中で塔が崩れることだってありうる。そうなったとき、崩れ落ちる塔の破片と滝のような水流が頭上に降り注いだ俺たちが生きていられるとは思えないな」

「なら今すぐあれを登るしかないじゃないか! おいおい、かんべんしてくれよぉ」


 オレは塔の内側に沿って走る螺旋階段を見つめた。

 階段の足場は、横幅一メートルもない上に、手すりもついていない。


 この塔は総吹き抜け構造だから、上に行きたければ左手で塔の内壁をさわりつつ幅の狭い足場を時計回りにえっちらおっちらとひたすら登るしかない。

 もちろん、足場を踏み外した瞬間、墜落死だ。


「オレ、疲れているんだけどなぁ……」

「同じくだ、藤ヶ谷。でも俺はこんなところで死にたくない。いつ塔が崩れ落ちるか分からないし、迷っている暇はないだろう。先に行くぞ」


 久我がとっとと階段を登っていく。

 仕方なくオレも久我に続いて階段を登った。


 ビキビキっ。ビキビキビキっ!


「なぁ久我ぁ! なんか嫌な音がしないかぁ!?」

「そう思うんなら一歩でも早く上に着くんだな!」


 上から久我の声が降ってくる。

 吹き抜けだからか、声が響く。

 冗談じゃないよ。死にそうな目に合いながらボスを倒したってのに、脱出がまた死にそうって、どんだけだい。


「あぁもう嫌だ! 足なんか一歩も動かねぇよ! これ以上登れるか!!」


 キレてわめいた瞬間、オレのすぐ近くの壁面から水が噴き出した。

 もうすでに、ここまで外の水が来ているってことか!!

 同時に、壁面にベキベキとひびが走っていく。


 ザザァァァァァァアア!!


 不意に響いた水音に下を見ると、塔の途中から内側に向かって滝のように水が流れている。

 しかも一か所じゃない。何か所もだ。

 当然、その近辺の壁が盛大に崩壊し始めている。


 マズい。このままだと塔が崩れる! ここから落下したら、いくら下が水だからってコンクリート並みに硬くなった水面に叩きつけられることになるし、更には上から瓦礫がれきも降ってきてつぶされちまう。冗談じゃない!! 


「藤ヶ谷! 急げ!!」

「お、おぅ!!!!」


 オレは、身体じゅうの痛みに必死に耐えながら螺旋階段を登った。

 程なく天井が見えてくる。

 ガラガラと何かが大規模に崩れるような大音響を聞きながら階段を登り切ったオレは、最上階に飛び込んだ。

 その瞬間、床ごと身体が下降する。


「ひぃぃぃぃぃぃいい!!」

 バッシャァァァァァァァァァアアアアアアン!!


 石の床面をうつ伏せになっていたオレは、すぐ目の前で盛大な水しぶきが上がるのを見た。

 床が揺れる。

 どうやら塔が崩れて、残った最上階だけが水に浮いているような状態らしい。

 周囲を見る限り、落ちたのもせいぜい五メートルといった程度のようだ。


 荒い息を吐きながら立ち上がったオレは、自分のいるところを確認するべく周囲を見回した。

 石製の柱が何本も立ち、鋳物いもので作られた天井を支えている。それは、ジャングルにあったのとよく似た東屋あずまやだった。

 床の中央に埋め込まれた直径一メートルほどの水晶板が光を放っている。

 ゲートだ。次の世界への扉が開かれたのだ。


 オレと久我は顔を見合わせた。

 いやもう、顔は真っ黒。服だって、汗とほこりでひどい有り様だ。


「まぁなんだ。別れの挨拶を済ませておいて何だが、こんなボロボロの状態で次の世界に行くのもなぁ……。とりあえず、シャワーでも浴びさせてもらおうぜ、久我」

「確かに、一晩放置していたってゲートはなくならないだろうしな。腹は減ったし疲れたしでもう限界だ。いったん戻ろう」


 こうしてオレと久我は、ダイナー『ファンキーベイビー』へと戻ることにしたのであった。


 ◇◆◇◆◇


「おはよう、久我。多少は元気になったか?」

「まぁな。藤ヶ谷はタフだな。何時まで起きていたんだ?」


 オレが熱いシャワーを浴びているところに久我が来て、隣のシャワーを使い出した。

 このシャワールームにはシャワーヘッドが二個あり、二人まで同時にシャワーを浴びれる仕様になっている。


「日づけは越えていなかったと思うが、うるさかったか?」

「うるさかったけど、それどころじゃないくらい疲れていたから、いつの間にか寝ていたよ」

「そいつは悪かったな。すまん」


 シャワーを浴びてさっぱりしたオレと久我は、そこに掛けておいた黒のスーツを身につけた。

 昨日帰ってきてからドロシーちゃんたちが洗濯してくれたので、すっかり綺麗になっている。

 うん、さっぱりして気持ちいい!


 シャワー室を出たオレたちは、簡易ベッドでぐっすり寝入っているドロシーとキャシーを起こさぬよう電気も点けずにそっと休憩室を出て店舗に入った。

 昨夜はまたしても二人同時対戦で、頑張っちまったからな。


 店舗の窓から外を見るも、薄っすらと明るくなってきた辺りで、まだまだ暗い。

 そりゃそうだ。まだ朝の五時台だし。


 電気も点けずにキッチンの中を歩いたオレは、何か食べるものはないかと、冷蔵庫を開けた。

 中に、紙に包まれた皿が二枚入っている。中身はサンドイッチのようだ。

 皿には、『テッペーくんとミッチーくんへ』と書かれたメモが貼りつけてある。店長の字だ。


「……お見通しってわけか」

「伊達にこんな場所で店長なんかやっていないってことだろう」


 オレと久我はニヤっと笑うと、自分のぶんの皿を持って、店舗内のソファに腰を下ろした。

 とそのとき、いきなり店内が明るくなった。電気が点いたのだ。


 キッチンの方を見ると、ミニスカウェイトレスの制服を着た金髪ギャルのドロシーと赤髪ギャルのキャシーがあくび交じりに何やらゴソゴソとやっている。

 程なく、湯気が立つコーヒーの入ったカップを二個持ってくる。


「起こしちまったか。おはよう、二人とも」

「おはよう、テッペーさん、ミッチーさん。せめてコーヒーくらいは飲んでいってよ。あたしたちだって、それぐらいはできるわ」

「そうそう。サンドイッチを食べるのに飲み物があったほうがいいだろうし。そのくらいの時間はあるっしょ? にゃは」


 ドロシーとキャシーの屈託くったくのない笑顔に、久我が苦笑いをする。

 コーヒーのお代わりをし、サンドイッチも食べ終わったオレと久我は、朝日が差し込む中、店の外に出た。

 気温はそこそこ。風は微風。今日も晴れそうだ。


「近くに寄ることがあったら寄ってよ。待ってるから」

「そそそ。次は負けないんだから」


 久我がジトっとオレを見る。

 そんな目で見るなよ、久我。


「じゃあな、子猫ちゃんたち!」

「機会があればまた!」 


 馬に乗ったオレと久我は、再び風の塔へと向かった。

 この馬はバーニーとダリルの持ち物だが、あいつらしばらくは再起不能だしな。まぁ乗り捨てておきゃ、そのうちご主人さまのところへ帰るだろ。


 風の塔へと続く公園に着いたオレは、柵を前にしてストレッチを始めた。

 久我もその場で屈伸をする。

 しばらく運動をしてすっかり身体をほぐし終わったオレは、久我に向かって声をかけた。


「んじゃ、次の世界へ行くとするか!」

「おう!」


 ニヤリと笑って握手を交わし合ったたオレと久我は、朝の光が世界を染め始めるなか、次の世界におもむくべく、颯爽さっそうと柵を潜ったのであった。

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