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第46話 死地へと

 北の大城塞ダグザ。北方にある敵国ボレアに対する防備の要であり、小砦の統括所でもある。

 巨岩を角切りにしてそのまま地面に叩きつけたような姿は、まさに威容という言葉が相応しい。一般的な砦の中央にある丸い塔……いわゆるキープタワーは無く、四角い城壁の隅に一本ずつ立ちそびえている。

 ここの中央にあるのは、また四角の巨大な建造物である。その歴史は古く……ボレアが強国であり、ケイラノスが同格であった時代までさかのぼるとされている。


 在るだけで物々しいダグザの砦は、人の動きまでが物々しくなっていた。

 それは当然だろう。元々ここを防備していた者達はボレアの威嚇的な行動ばかりに、出くわしてきた。本格的な侵攻はそれこそ祖父の代にあったかどうか。ボレアに対して圧倒的な強者であるという自負が育まれ、無意識に自分たちが上だと思っていた。そして……それが幻想だというこを突きつけられたのも無意識の内であった。


 兵達は初めてボレアに恐怖を覚えたのだ。ある意味ではこの砦の兵士たちにとって、ボレア兵達は人間では無かったのだ。


 そんな慌ただしさの中で、規律を守って整列する一団がある。その者たちは一様に赤で塗られた重甲冑を身につけている。その体格はボレアの戦士たちに匹敵するか、それ以上の者達で構成されている。

 赤霊せきりょう騎士団……戦場から戦場へと渡り歩く六大騎士団で最も有名な騎士団。そして、大規模な戦闘なら随一と評される内外から畏れられる存在だった。



「だからといって、天幕まで赤にすることは無い気がするな……というか砦の中に入れて貰えないのか」

「ツコウ、我々は真面目な議題の最中だ」



 赤霊せきりょう騎士団の幹部達の前で、のほほんと構えているのは“黒の一剣”ツコウだ。黒い甲冑を着たまま、自然体で即席の会議用の机に肘を乗せている。赤霊せきりょう騎士団長リアンと、一剣アルマン以外はこの変人をどう扱っていいものやら思いつかないでいる。

 赤霊せきりょう騎士団では実力を重視する。現実の階級とは別だが、戦闘能力が見えない地位となるのだ。そんな彼らの前にいるやる気なさげな男は普通ならば、彼らにとって嘲笑の的であるのだが……困ったことにその男は騎士団どころかケイラノス国において最強とされているのだ。しかし、見た目にはとてもそうは見えないので素直に尊敬したくないのだ。



「まぁまぁ……気がほぐれて良いではないですか。そういえば“黒”と“赤”が共同戦線を構築するのは、歴史上初めてではないでしょうか? 早馬で王都に伝令を出しましたが、中央からは何も言ってこないですしね」



 といっても、赤霊せきりょう騎士団長リアンこそが、一般的な豪傑の印象とは異なるのだが。長い赤髪と端正な顔立ち……王都の女性人気をシャルグレーテと二分するという美男子だ。これで“赤”において、アルマンの次に強いというのだから天も不公平なことをするものだった。



「外の兵士たちにもその余裕があればなぁ……」

「軍兵達もよくやっています。今回のボレア兵達の侵攻は目覚ましいものでした。それを見越して北東と北西の砦を放棄して、あえて北の山ディルザランとこの城砦に挟み込む形へ持ち込んだのです。口にするのは容易いですが、並々ならぬ決断力だ」

「少しずつ送り込まれるより、まとめて来てもらったわけだ。問題はそのボレア兵だ。これまで防げていたものが突然防げなくなった……そのカラクリが気になるな」



 団長相手にも気安いツコウにもリアンは微笑みで答える。見た目通りに線が細いわけではないことはツコウも知っていたが、度量も大したものだと思い直す。そこで、これまで口を開かなかったアルマンが言葉を発した。



「軍兵達によれば、敵は怪物のように強かったと言っていた」

「ああ……俺が殺した改造兵士か? しかし、あんな挙動不審者が混ざってたら味方でも異常扱いだろう」

「もしやすると、敵の術は完成に近い……あるいは完成しているのでは無いでしょうか? 騎士ツコウが戦った相手のように限界以上に強めることも、ほどほど・・・・程度に押さえることができる。膨らますよりも縮めることができてこその技巧でしょう」



 流石は騎士団長、頷ける話だった。どんな分野でも初心者は大きい動きを好む傾向があるが、達人になると動きが効率化されて小さくなっていく。同じことが魔術にも言えるとしたなら。



「そこそこ強い個体が混ざっているんだな。ボレアの兵、全員に施せるとは思えないからな。それでも比較的軽装な軍兵達には脅威だ。まさか全員に重甲冑を装備させるわけにはいかないし」



 単に腕力が向上しただけでも、それなりの数を用意できたなら脅威だ。しかし、待てよ……という疑問が浮かぶのは当然だった。改造術を受けた兵達と戦ったツコウはある光景を想像したのだ。



「……軍の方針は?」

「籠城戦ですね。普通に考えれば妥当な判断です。敵が迂回しても王都からの軍と挟み撃ちにできる。籠城に付き合ってくれるならば、山を挟んだボレアの軍勢は補給が追いつきません。両方同時に行うには兵の数が不足ですから無いでしょう」

「籠城……いや、俺が戦ったのが上位だとしても……改造された兵の数が幾らか揃っていれば登ってこないか? 城壁には継ぎ目がある。矢や油で落とそうにも痛覚まで弄られていたら、抜けてくるぞ」



 あそこまで自分を失っているとは思わないが、改造兵達なら可能だろう。ボレアの民はただでさえ力に優れるのだ。

 美形の騎士団長が初めて考え込む仕草を見せた。あごに手の甲を擦り付けながら、神経質そうな様子だ。



「ツコウ、アルマン。ひょっとしてあなた達は……ダグザ砦の大壁を登れますか?」

「はぁ……可能かと」

「アルマンほど力自慢じゃないから腕だけならちょっと時間がかかるな。準備をしていって良いなら上からの攻撃を避けながら登れる」

「本当に人間ですか、あなた達……しかし、困りました。騎士ツコウとアルマンには占拠された砦を落として、混乱を引き起こして貰おうと考えていたのですが……」



 二人で砦を落としてこいという方が無茶なことだが……話の流れからして赤霊せきりょう騎士団はいつもどおり、内にこもらず突撃をする気でいるようだ。騎士という名に相応しく、赤霊せきりょう騎士団は各隊を生き物のように操っての騎馬突撃を得意とする。



「仕方ない……俺の従士と宮廷魔術師殿の砦での立場を保証してくれませんか。砦には俺が一人で行ってきます」

「命令しようとしてた身で何ですが……砦を一人で落とせますか?」

「むしろ一人で無いと難しい。リアン様は“黒”と“赤”の共同戦線と言われたが、戦い方が真逆だ。まぁ……死ぬ可能性は否定できないが、そこはいつものことなので。隠れてできるだけ切り刻んでくるので、期待は半分でお願いしますよ」



 そもそもツコウは個人としては最強だが、指揮能力がさほど高くない。軍兵であれ、赤の騎士達であれ任せられても実力を発揮させてやることはできない。

 明後日あたり死んでそうだなぁと、いつもの茫洋とした顔のままツコウは計画とも言えない計画を練り始めた。

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