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第49話 天敵

 運命というのは誰にでもある。それが劇的なものでなくとも、宿敵や好敵手に恋人……出会いなどは運命の代名詞だ。ツコウとシャルグレーテは絆で結ばれ、ツコウとアルゴフの弟子たちは怨恨で溶接されたように。

 確かにツコウの宿敵はアルゴフの後継者アマドである。しかし、人の世では関わり合いは避けられない。強く、存在感があるものほど多くをひきつけて出会ってしまうものなのだ。


 ツコウは森の中を疾走していた。森林の専門家である緑鎖りょくさ騎士団ほどではないにせよ、探索経験豊富なツコウにとって苦になるほどではない。既に狼煙を上げたツコウはもう一方の砦を目指しながら、混乱を大きくするためにボレア兵を殺害しながら駆けていく。

 道中で奇妙な生き物を目にしたが、ツコウは一切止まらない。それは人間の背丈二倍ほどもある巨大なカマキリといった風貌の魔物だった。無視していくのが賢明だったが、友人の顔が思い起こされた。サルムへと下った指令の対象はコイツではないだろうか? そう思ってしまったのだ。



「速度は抑えんし、勘違いかもしれんが……山よりこちら側にいる以上死ね」



 亡き友の恨みを勝手に込めて敵を一瞬観察する。体が大きい分、切る場所が多いだけ。あっという間にツコウの脳内で、殺戮工程が完成した。周囲にはこれに果敢に挑んだであろうボレア兵の残骸が転がっているが、気にもしない。多少頑丈なだけであろうと、最強はとんでもない結論を叩き出して実行した。



 ――シャアッ


 叫び声なのかこすれる音なのか判断の付かない音を発しながら、カマキリは目標を黒い騎士へと変える。

 振り下ろされる右の鎌を最小限の動きで躱し、節を狙って切り離す。慌てた相手が左手の鎌を横薙ぎに振るうが、これもまた脆い部分を断つ。相手の体を踏み台にして、目と思しき部分を切り裂く。複眼にどこまで効果があるかは不明でも、混乱は増す。そのまま流れるように、全体をバラバラにしようとして……ツコウは飛び退いた。


 魔物の顔面を踏み抜き、何とか後方に戻る。あらかじめ計算された手順が乱されると無様になるものだが、辛うじて体勢を崩さすに面目を保つことに成功した。

 そして……たった今踏んだ魔物の首が落ちた。ツコウはあえて大きな体を切り刻んで、そのまま走り抜けるつもりだったために黒の騎士がやったことではない。ツコウより先に斬った者がいたのだ。



「手強い魔物が出たと聞いて、無聊を慰めに来たが……なるほど。最近の魔物は人の姿をしているものらしいな?」

「ああ、おまけに人語を解するようだ。ねぐらに戻るなら見逃しても良い」

「ククッ。良い……良いな。実に良い」



 その男は紛れもなくボレア兵だが、ボレア人には見えなかった。寒くないのか毛皮でできた胴着を付け、板によく似た独特の大剣を背に構えている。どうやらやりたいことはおしゃべりではないようだった。



「ヒゲが無いようだが?」

「故郷の風習だろうと、気に入らんことはせん。髪とヒゲが絡み合っている方が偉いなどと、全く意味が分からんのでな」

「ついでにこの戦いも気に入らんので帰る……と言ってくれれば嬉しいんだが?」

「心にも無いことを言うな。貴様と俺は同類だ」



 どこがだ。そう言い捨てたい。ツコウはあくまで仕事だから戦っているに過ぎない。相手を殺せば気分が悪い類の人間だ。

 それはそうと得意である上に、気分が悪いだけで身内だろうと殺せてしまう異常な割り切りの早さが買われて黒悔こくかい騎士団に所属している。



「どいてはくれない?」

「どかせてみせろ」

「こんなことをしている場合ではないんだが……まぁ仕方がない。黒悔こくかい騎士団が“一剣”ツコウ。これから貴様をバラバラにする男だ」

「はっ! ボレアのペグマだ。名乗りなどとお行儀が良いことだ。それに相応しく丁寧に首を落としてやろう」



 静かな敵意をぶつけ合い、全く予期しない激戦が始まった。


/


 二回の激突を経て、両者は同じ結論に至った。すなわち、「こいつは怪物だ」という認識である。


 ツコウが放つは双剣による神速の六連撃。無論、六回同時に放てるわけではない。早すぎて6回に見える攻撃で、相手の体勢を崩す技だ。ただし、ちょっとした剣豪程度ならこの連撃中に命を落とす。一国の代表剣士は伊達ではない。

 しかし、ペグマはそれを二撃で防いだ。凄まじい瞬発力で相手に踏み込み、股から上への蹴り上げから、更に踏み込んでの縦斬り。大剣を持っての速さとは思えない動きだ。


 次の先手はペグマだった。なんのてらいもない一撃。ただし岩すら両断してのける威力という注釈が付く。それをツコウは双剣を交差させて防いだ。双剣ごと両断されるのが普通であろうに、一歩後ろに下がるだけで衝撃を完全に受け流すという理解不能の防御だった。



「どういう技量をしているのだ、貴様。その剣・・・で我が一撃を防げるはずもなし」

「お前どういう足腰してるんだと、こっちが聞きたい。大剣で俺と同等の速度で、しかも自分より多い手数を完全に見切るか普通」



 確かにペグマは一般的なボレア人と同様に背丈が長いが、たくましい筋肉は気のせいなのか締まって・・・・見える。ソレに加えてボレア人が好む大鎚や大斧ではなく、剣を用いるあたり相当の変わりもののようだった。



「貴様ならば我が全力を受け止めてくれよう。世の何かに感謝せねばなるまいな」

「じゃあ俺に感謝して、さっさと帰ってくれ」



 三度目の激突、これもまた絶技の応酬によって互いに無傷のままに終わった。

 ツコウはケイラノス最強の騎士だ。それならば“ボレア最強の戦士”がいるのも道理だ。問題はそんなやつが一般兵に混ざっていたことであり、最悪の予想外だ。



「それだけの強さを持ちながら、給料安いんだろう? 割りに合わないだろうに」

「富も名声もくだらん。俺が求めるは強者の戦いによる、自己の究極だ。貴様こそ仕事だなんだと、おためごかしはよすんだな。楽しいだろう? 互いに無傷だが、一歩間違えればどちらかは既に死んでいるはずだ。だがそれを潜ってここにいる。この刺激と比べれば、平時の物事など些事」

「戦狂いめ。どうせ上官を殴ってばかりいるから兵卒なんだろうが」

「ああ。顔を見る度にな」

「……ちょっと羨ましいな」



 戦に大義名分を求めない者同士、気が合うこともある。会話は成立し、雰囲気も和やかなものである。


 時折起こる火花が無ければ、甲高い金属音が無ければもっと親しくできたかもしれない。

 しかし、そうはならない。ペグマは戦いが好きだ。しかし、ツコウは誰彼構わず喧嘩を売るのが好きではない。万事平穏ならツコウは給料泥棒を決め込むだろう。始まりと終わりが同じでも、過程が違う。この二人は好感を持ち合うが、友人にはなれない。

 まぁ精々が……



「好敵手にされたのか、俺は」

「然り。貴様のような相手はボレアでは望めん。決して逃さぬ。地の果てまで追うぞ」

「世界中探して、本当に俺しかいないと確定してから申請書を出すんだな。そしたら、ちょっとは考えてやる」



 ツコウが双剣を構え直す。ペグマが大剣を背負い直し、半身になる奇妙な構えを取る。



「いざ……」

「では……逃げるね」



 ツコウは凄まじい速度でペグマを置き去りにするように、東へと向かって駆け出した。

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