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第50話 相手にとって

 地を蹴り、足を動かす。

 なに予定通りだ。本来の仕事と何が変わりあろうか。少しばかり死亡確率が上がっただけであり、自分だけ免除されるなどと思い上がってはいない。柔らかな金の髪を思い出せば、心は痛むがそれだけだ。



「逃さん、と言ったはずだ!」

「じゃあ頑張って付いてくるんだな」



 鎧を着ていなくて本当に幸運だったとツコウは思う。そうでなければ余裕は完全に無かっただろう。

 ペグマという男はツコウにとって、最悪の相性である。ほとんど重さが無いであろう毛皮の鎧に、同程度の速力。加えてツコウの短双剣とは射程が段違いである大剣使い。真っ当に倒そうとするのさえ綱渡りだろう。


 しかし、ツコウも身軽になったことで仕事をこなす余裕が一呼吸分生まれる。その呼吸の使いどころを誤らないならば、仕事は完全に上手くいく。もちろん上手くいくよう努力もしている。

 ささやかな緑と枯れ木を挟んで、ツコウの突きが並走するペグマに向かって繰り出される。その軌道は蛇を思わせ、曲線を描きながら相手の急所へと流れ込む。



「ぬるいわぁ!」

「人間かどうか、本当に怪しいやつだ……!」



 鋼が噛み合い、火花を散らすとすぐに離れる。この男は普通はあり得ない存在なのだ。いてはいけない存在だろう。素早さに優れる大剣使い・・・・など! それと互角に渡り合うツコウも怪物であることには違いないが、ツコウの技はどれも理にかなったものである。


 一体どうしたらこんな兵士ができあがるのか……思いをめぐらしつつ再びの斬撃を回避したとき、ツコウは疑問の答えを見出した。

 この男は縦斬りしか・・してこない。恐らくは我流だろうが、半身の姿勢から体重と勢いを利用して相手へと過剰なまでの威力をぶつけ、勢いを殺さずに前へと出る。おかしな戦い方に見えるが、これもまた理にかなう戦法だ。

 東方に似たものがあると記憶しているが、あれこれと多くの技を習得するより一つを練り上げた方が達人への道は近くなるのだ。かける時間の効率化と言っていい。



「まぁ。わかったところで、どうしようもないな!」



 黒の三連撃。それをペグマは大剣の振り上げで、全て弾いた。そして振り下ろしで、一瞬前までツコウがいた位置が爆砕した。そこにいたボレア兵が肉片になってしまう。



「仲間とか気にしないのかよ!」

「この程度で死ぬなら仲間などと呼べんわ! 俺の仲間となりたいならば、それこそ貴様ぐらいの実力をもってこいというのだ!」



 何やら不満を抱えていたのか……周囲の哀れなボレア一般兵たちを巻き込みつつ、馬の如き速さで二人は駆ける。

 現状、不利なのはツコウの方だった。原因は皮肉にも彼の愛剣である〈双剣・ペインタス〉にあった。未だに魔術が未熟も未熟。復興しながら作られた試作武器であるコレには重大な欠陥があった。それは内部に複雑な機構を備えているという点にある。


 本来の遺物であれば、原理は不明だが武具や道具にそのまま術がかけられている。ところが、現代の技術ではいわば遺物の欠片などを軸に技術的に再現したものに過ぎず……それを内蔵した結果として武具としての耐久度は非常に劣る。

 これが問題にならなかったのは所有者が、撃ち合いの衝撃を平然と受け流せる強者であったからでしかないのだ。しかし、それも敵による。ツコウと同格の敵という本来想定していない対戦相手により、ペインタスは悲鳴をあげつづけていた。いくら最強の騎士ツコウといえど、大剣と短めの剣という質量差を完全には無視できなくなっているのだ。



「捉えたぞ!」



 白のペインタスが奇妙な音を立て、戦いは終わりを迎える。東へと向かって駆けていた二人の前に石造りの壁が立ちはだかった。

 迂回するにせよ、ペグマが隙を狙うには難しくない。ここまで来れば真っ向勝負しかないという、会心の笑みが北の強者に浮かぶ。



「そうだな、これで終わりだ!」



 しかし、ツコウもまた会心の笑みを浮かべていた。一呼吸分の余裕。

 腰から引き抜いたのは旅に用いる大きく頑丈なだけのナイフ。投げ放たれた刃は、見事に壁の半分ほどの高さにある石材の切れ目へと突き立った。


 どちらかがここで終わりと思っていたペグマには想定外だっただろう。ツコウは馬から鹿へと変わったように、はね飛んでナイフを足場にしてさらに舞い上がった。

 熱がツコウの背中を走り抜ける。とっさの切り替え、ペグマもまた跳躍して切りつけてきたのだ。しかし、浅い。派手に血がしぶきをあげるが、それは単に表層を撫でたからだ。


 壁は戦場から東北にある砦の壁だった。跳躍の最頂点に達した黒の騎士は、狼煙用の油鍋に向かって香袋を投げつける。そう……戦いはここで終わりである。そもそもツコウはペグマという強敵を倒そうなどと思っていない。無論道中の剣戟は本気だったが、倒せたら儲けものというところであったのだ。



「さて……我らの、勝ちだ!」



 見張り台に立っていた巨漢は未だに固まっていた。その襟首を掴んで、執念深く追ってきていたペグマへとぶん投げる。

 背後に怒声を聞きながら、ツコウは砦を降りて戦場の方角へと駆け……というよりは逃げ始めた。



「貴様ぁ! 戻ってきて戦え!」

「誰がお前みたいな化け物と戦うか! 二度と会わん!」



 戦場の中でここだけは悪友同士のじゃれ合いに似ていた。

 ツコウの背中へ向かって、巨漢の持っていた斧が飛んできたが風切り音を頼りに躱せば、ボレア兵に命中してしまった。ペグマの最後のあがきと言うべきか……巻き込まれたボレア兵にとって、いい迷惑だったことだけは間違いが無いだろうが。



「世の中、とんでもない連中がいるものだ。修行のやり直しだな。それにしても魔導具を壊してしまったが……クビになるだろうか……? 前は良かったんだが今後はなぁ……あっ」



 先程のペグマの対応がシャルグレーテと重なって、ツコウは身震いした。二度と想像したくなかった。


/


 一方、戦場では大混乱が巻き起こった。

 ボレア軍は混乱から、ケイラノス軍は狂乱からであり、落ち着きを持っていたのは赤霊せきりょう騎士団ぐらいのものであっただろう。赤霊せきりょう騎士団は戦場からむしろ遠ざかるように距離を取って一旦布陣を整えた。従兵達も連動していくのはさすがの手腕であった。



「西からは突撃の合図が出てるぞ!?」

「東は撤退だって言ってるだろ!」

「落ち、落ち着けい! 貴様ら! 一旦後ろに下がってまとめ直すのだ! 聞け!」



 オブシ将軍は流石に冷静であったが、彼は精々が良将といったところで名将の器では無かった。懸命に声を枯らしてようやく周囲の兵だけを落ち着かせるので精一杯だった。

 いや、この際混乱していたほうが良かったのかも知れない。敵も味方もぐちゃぐちゃにかき混ざって、同士討ちすら珍しくは無かった。



「いや、ツコウ君の功績を奏上しようかと思っていたのですが……あまり手放しで喜べませんね。ダグザの兵達も相当な被害が出るでしょう。人間関係も心配です」

「我らも10騎と40名を失いました。補充には相当な時間がかかるかと」



 命をかける熱意があれば良いというものではない。そのことをまざまざと見せつけられている“赤”の二人は暗い顔をしている。

 確かに北からダグザの兵は一掃されるだろう。事前に備えていたために、改造兵も全て“赤の一剣”アルマンが潰したはずだ。しかし、これは防衛戦闘なのだ。敵の領地を奪ったわけではないので、得が全く無い。



「誰か」

「はっ!」

「宮廷魔術師ボフミル殿をこれに、彼に混乱を収めてもらいます」



 意味が分からなかったであろうに、伝令兵は命令に完全な服従を見せた。

 その日、一発の爆発音を合図にして戦場は平穏を取り戻した。ボレア兵達のほとんどが降伏し、ケイラノスの完全なる勝利といっていい。しかし、釈然としないものを全員が感じ取っていた。

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