仁愛は続ける。
「とはいえ、私だって少ないながらも稼ぎがあるので、可能な限り払わせてください!」
「うーん」
腕組みしながら、天を仰ぐ和樹。
「……わかったよ。額はちょっとわからないから、後で調べて算出する。そのうち無理のない額を入れてもらう、でいいかな」
「はい!」
とうとう、和樹が折れた。
「では、あわせて食費も払いますので。まずは一ヶ月、様子を見て、それから食費を割り出しましょう!」
「まだ払う気なの!?」
「当然です! これから共同生活……して、いくし、その、卓を、囲むんですから……」
共同生活と自分で言って、仁愛は急に照れてしまい、顔を熱くした。
「そうだね、ありがとう」
「ちなみに! 収入面では和樹さんの方が圧倒的にあると思うので、その分、家事全般を私が引き受けます。異論は認めません」
「……はい、よ、よろしくお願いします」
もはや仁愛に
仁愛がふと時計を見ると、もう十三時になっていた。
「そろそろお昼の時間ですね。なにか作りますよ」
「え、冷蔵庫の中、食材があまりないよ?」
「見てから決めます。なにかあれば適当に作りますから。和樹さんはリビングで
「あ、うん――」
仁愛は和樹の返事を待たず、ぱたぱたと自室に入っていくと、エプロンを持ってキッチンに向かった。そしてエプロンを着けながら冷蔵庫と冷凍庫をチェックする。ざっと見回して、その後、奥の棚を物色し、パスタにすることにした。
「和樹さん、お昼はパスタでいいですか?」
「えっ、いいけど。作ってもらっていいの?」
「もちろんです!」
「じゃあ、お願いできるかな」
「任せてください!」
仁愛はにっこりと笑って調理具を手にすると、慣れた手つきで鍋を手にした。
そして二十分後。
笑顔で、鼻歌を歌いながら仁愛は調理をして、二人前のサラダとジェノベーゼパスタを作り上げると、トレイに載せてダイニングテーブルに持って行った。
その仁愛の動きを察知して、空腹の和樹がダイニングの椅子に座った。
「おお……て、手作り……」
和樹の前に、仁愛の料理が並ぶ。
湯気立つパスタを前に、和樹が感動していた。
「和樹さん、普段は料理をしないんですか?」
笑顔で和樹に尋ねる。
「いやあ、恥ずかしながら。下にショッピングモールがあるから、そこですませることが多いかな」
「あー、なるほど。便利ですもんね」
「後片付けもしなくていいし。一人暮らしが長いからね」
「あの、私程度の料理で、申し訳ないです」
「とんでもない! いただきます!」
和樹は手をあわせ、フォークを手に取り、パスタを口に運ぶ。
「
「ほんとですか!?」
「うん! これ、美味しいよ!」
「よかったぁ!」
和樹は、マナーも忘れて、ぱくぱくパスタを口に入れる。
それを見ながら、
冷凍パックのソースだったけれど、バジルの香りが豊かで、とても美味しい。
パスタの
「うん、おいし~い!」
仁愛も、
そんな仁愛に、和樹もつられて
一条仁愛という女の子は、すごく表情が豊かだった。
喜ぶ時、笑う時、意地を張る時、申し訳なく思う時。それ以外でも、内面がそのまま外に
和樹は今まで、こんなに素直に感情を表現する人間と会ったことがなかった。
自分に近づいてくるものは、衷情の裏で何を考えているか読めないものばかりだ。
しかし仁愛は全く違う。目の前で、目を細めて、本当に美味しそうにサラダを食べているその表情からは、純真さしか見えない。
もしこれが演技だったら、大した役者だ。
和樹はパスタを口に運びながら、胸に温かいものが宿るのを感じていた。
そして。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした!」
仁愛と和樹が声と手をあわせて、礼をする。
そして素早く和樹の食器を仁愛が奪い、キッチンに持って行った。和樹は自分でやろうと思っていたのだが、その隙がなく、仁愛の手際のよさに驚くばかりだった。
そんな仁愛は、にやにやが止まらなくて、頬が緩むのを我慢するのに必死だった。
今まで、同世代の男性に手料理を振る舞ったことなど、一度もなかった。
たとえそれが簡単な料理だったとしても、美味しく食べてもらえたら、
「和樹さんはゆっくりしてくださいね!」
仁愛が声をあげると、和樹は「ありがとう」と言い、リビングのソファに座ってテレビをつけた。
やっぱり新婚さんみたい。
そんなこと考えると、シンクの中で洗われるのを待っている食器たちからすら、照れさせられた。
彼らをスポンジで洗っていき、泡を流して水切りラックに立てていく。家事が好きな仁愛にとって、この量なら全然苦にならない。
むしろ、楽しいとすら思えた。
しかし。
いずれ和樹に問い詰めなければならないと思わされる疑問が、いくつかあった。
それは和樹がいない時に気づいた。
この部屋は、あらゆるものが二人で暮らすよう、あらかじめ準備されていた。
そしてそれはおそらく……仁愛のためではない。
洗面台には二つの歯ブラシとコップ。
浴室には男性用と女性用のコンディショナー。
食器棚に入っているものは大皿を除き、すべて二つ一セットで納められている。
そして仁愛にあてがわれた部屋のベッドやテレビは急に
この状況から、和樹は本来、この部屋には仁愛ではなく、別の女性を住まわせたか、もしくはその予定だったのではないか、と推理できる。
女性ものの物品が多いので、相手が男性ということは考えにくい。
仁愛の部屋のカーテンも、レースがピンクで、遮光カーテンはブルーという配色だ。
(ん~……ただの
仁愛の胸に一抹の不安がよぎる。
とはいえ契約書にサインした以上、それを
それはビジネスウーマンとしての