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第24話

 研究所に入ってから体感時間で30分経った。あらゆるところから機械音が聞こえる。そして、なんだか薬臭い。


 きっと蓮ならこの臭いの正体を知ってるかもしれない。だけど、彼は魔法式研究での疲労でずっと寝息を立てて寝ている。


 まるでザップ音のようないびきは、脳内に響いて集中力を切らせようとしてくる。だけど、これも短期間で慣れた。


 廊下にはたくさんの扉。覗き窓はどこにもない。だけど、うめき声はあちこちから聞こえてくる。きっと魔生物の研究をしているのだろう。


 遠くの方に人影。ここの管理者だろうか。まっすぐ進む。すれ違った時に何かが冷たいものが、僕の左腕を掴んだ。


『ココハトオサン……』


 棒読みのような鈍い声。もしやコレが景斗さんが言っていた戦闘人間? そうだとしたら戦うしかない。僕は右手に剣を生成し、触手を切り落とす。


 切り落とされた敵の右腕。先の方はうじゃうじゃと気味悪い動きをして暴れていた。こんな敵がたくさんいる。決していい気分にはなれない。


 とにかく気づかれないように、無詠唱で気絶させておこう。このような状態になった人を助けられればいいのに……。少しそう感じた。


 次の場所へと向かう。その時には蓮が起きていた。スマホを見ると5時。睡眠時間は3時間程だろうか。かなり短い。


「蓮ってショートスリーパー?」


 ――『多分そうだな……。魔生物だった時の名残かもしれん』


「でも、この前はものすごく寝てたよね。実際は平均的で、今日だけ特別短いのかも」


 そうしておけばいい。無理やり納得させて質問したいことを聞くことにした。


「蓮。今ここで臭っている薬品ってわかる?」


 ――『臭ってる? 俺がここにいた時は無臭だったはずだ。俺もよくわかんねぇな……』


「そう。ありがとう」


 しばらくすると敵の気配を感じる。そこは今まで見てきた中で唯一覗き窓がある扉だった。覗き込んでみると、ラーメン屋で見た寸胴よりも大きなタンク。そして、透明で筒状の何か……。


 筒状のものの中には、犬や猫。そして人がプカプカと浮いている。ここで考えられるのは、改造実験。それしか思い当たることがなかった。


 きっとこの部屋で戦闘人間を生み出してるのかもしれない。すると、奥からバシャンという、ガラスが割れ水が飛び出る音がした。


 薬品の臭いが一層強まる。息を続けることができないくらいキツいものが鼻につく。蓮は魔力を酸素に変換すればいいと簡単そうに言ってくるが、僕はそんな訓練を受けていない。


 ここは蓮に任せようと思ったけど、彼はまだ寝起きで本調子ではないため引き受けてくれないだろう。


 部屋の奥から何かが走ってくる。飢えを持ったような声はとてつもなく恐ろしい。しかし怖がってる場合じゃない。


「蓮。交代いい?」 


 ――『問題ねぇよ! ここは任せろ!』


 寝起きなのに引き受けてくれた。拒否されるかと思ったが、意外とあっさりだった。


 蓮が扉を開ける。ゆっくりと中に入っていく。今僕は外部の臭いを辿ることはできないが、気配を察知することなら可能だ。


 ガシャンという物を落とす音。さらに先へと進む。蓮はシャボン玉に乗ってタンクの中を確認したり、透明ガラスで作られたショーケースとかも確認していく。


(蓮。何か懐かしものでもあった?)


 ――『いや。全部見たことないものばかりだ。それに残酷だな。罪のない人間や野犬。野良猫をさらって実験台にするなんてよ』


(そうだね。普通じゃ考えられないよ)


 魔生物の蓮でも、この状況の卑劣さはわかるらしい。たしかに彼の言う通りだ。こんな酷い実験をいつから行ってたのかはわからないが、とてもじゃないけど見てられない。


 深奥部まで続く通路を順々に歩いていく。彼が言うには、薬品の臭いはどんどん強くなっているらしい。


 僕も気配が強くなっていることを理解している。数は数十体以上。それも今まで感じたことの無い殺気だ。


 ――『オマエが感じてる殺気ってここの奥か?』


(ううん。もっと右奥の方。たしかにここにも気配感じるけど、親玉ではない気がする)


 蓮の呼吸は安定している。いや、呼吸はしていない。息を吸うことも吐くこともなく、空気そのものを無視している。


 これが魔力を酸素に変換する技。あとで勉強しておく必要がありそうだ。ほんと魔力って何にでもなるんだなと、内心思った。


 蓮の希望で、虱潰しに倒していくことになった。まずはさっきの扉から入る。そして全滅させたら次の扉といった具合だ。


 扉を開ける。そこには数人――いや数体の戦闘人間。顔の形すら不自然で、パーツが不規則に並んでいる。完全に異形の戦闘兵器だ。


 蓮が臨戦態勢へと入る。そして、盲視術を発動させた。なのに目の前のスクリーンが真っ青にならない。彼に聞くと本人の視界は0で、僕だけが見える状況に調整したようだ。


 これなら二人三脚で戦える。僕が司令塔となり、蓮が戦う。逆も然り。それならより効率的に戦える。


(蓮。こっちは任せて!)


 ――『頼んだ! 的確な指示をくれ!』


 蓮は鉤爪ではなく剣を生成する。そして、どんどん切り込んでいった。僕はスクリーンの前で敵の動きを把握・予測していく。


 右の敵が来る。そう伝えると、蓮は別の剣を浮かべ切り裂く。次は左。左。右。指示を出せば出すほど、パターン化されていることに気がついた。


 理性というものが無いのだろうか。同じ行動しかできない敵は、簡単に倒せてしまう。次から次へと、さらに奥から別の気配。


 右。左。右右。左。中央に敵の影。そこまでは蓮も把握済み。だけど、彼の呼吸が荒い。何かあったのだろうか。


(大丈夫?)


 ――『まあなんとか。ったくこの臭いのせいで集中できねぇ……』


(もしかして……)


 僕は様々なことを考えた。その中で一番思い当たることそれは……。


(蓮。もしかしてこの臭い苦手?)


 ――『知らん。けど、身体を動かすとなると魔力を酸素に変えたとしても供給が間に合わない。この臭いを自然と身体が拒否してるのかもな』


(それは有り得るかも。一旦深呼吸して、この薬品が何か推理してみる)


 ――『了解!』


 蓮が行動を起こす。すると薬品の臭いがこちらの方までしてきた。よく考えるとアルコールのような臭いだ。


 毒素はなさそうだけど、そこはあまり詳しくない。ただ、蓮が苦手なのだとしたら、魔生物にだけ効く薬品?


 敵は一度止まると咆哮をあげそうなくらい空気を吸い込む。その度に目が紅く光る。そうか、これは魔生物を活性化させる薬だ。


(聞こえる?)


 ――『ん? なんかわかったか?』


(うん。憶測でしかないけど。これは魔生物にしか効果がないんだと思う。もしかしたら蓮も感じてるんじゃない?)


 ――『魔生物にしか効果がない……か……。言われてみれば、脳が冴えてる感じがするな……』


(やっぱり。だけど吸い込みすぎは気をつけて。蓮の場合自我を失う可能性がある)


 ――『わかった』


 途端、魔力の消費量が倍以上に増えた。蓮が酸素供給源を完全に魔力だけに切り替えたらしい。ここで使ってくるのが、体内生成量を上昇させる技だ。


 蓮ならこれができる。そのおかげか、生成も追いついている。地道に敵を減らしていく。戦闘開始から予想時間30分。ようやく気配が消えた。

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