先程の戦闘からさらに1時間経った。スマホの時計を見ればもう朝だ。もし拠点にいたなら、今頃麗華さんの料理を食べていただろう。
だけど、今日は食事を取れる状況ではない。まあ、食べられそうなのはそこら中にあるが……。
今も主導権は蓮に任せている。実験エリアの中にいる時は彼。外廊下にいる時は僕といった形で、交互に仮眠を取りながら。
(蓮大丈夫?)
――『まあ……』
(まあ、そうだよね……。さっきから戦闘任せっぱなしだし……)
――『たしかにそうだな。明日には身体がバッキバキになってそうだ。獣だった時はそんなこと無かったが……』
(あはは! 蓮ったら、事実だとしても冗談っぽく言わないでよ)
僕は一人。だけど2人。それだけでも少し嬉しい。寂しくはない。つらくもない。次の扉へと入る。そこにも、魔生物の姿があった。
(ここは僕がやるよ。蓮は休んでて)
――『了解。ありがとな!』
「ううん。全然いいよ。僕もウォーミングアップしないとね。さすがに剣で触手切っただけじゃ、意味がないから」
――『だな。優人、ファイト!』
「蓮ってば無意識に韻ふませたよね。ラッパーなれるんじゃない?」
――『かもな。ほら、来たぞ!』
「了解! 盲視術ブルーアウト!」
視界が消える。この身体で考えて盲視術を使ったのは3回目。ここの部屋に来る前に1回使った。
魔力管理は蓮に任せている。だから心配する必要はない。気配を確認する。剣を振る。ザシュッという、肉を裂く音。
少し前よりも命中率が上がっていた。どんどん攻撃を加えていく。与えていく。バタン、バタン。ジューという気化する音がして、気配が消える。
まだここにいる。もしもタンクの中にいる敵が襲ってきたら、それも考えて剣をさらに生成。蓮の技を真似して、周囲に設置する。
物音を探る。両側約2メートル、僕の剣がある位置からして、道幅は6メートルくらいか。狭いようでゆったりしてるようで、微妙だ。
バシャン。また、タンクが割れる音がした。魔生物が壊したのかもしれない。薬品の臭いがさらに充満し、呼吸がしづらくなっていく。
この空間。この場所に関連したエリアは、僕たちには不利すぎる。研究所内にいる魔生物に特化した作りだ。
僕たちの攻撃が流れ弾のようになってタンクを壊せば、低酸素になってしまう可能性もある。
――『優人。交代しようか?』
「いや大丈夫。僕は平気だよ」
――『そうか。無理すんなよ!』
「もちろん。それにまだ気配がするんだ。どこかで誰かが監視してる」
これは魔生物の視線じゃない。そして、かすかに香るものは小さい時に嗅いだことがあった。
懐かしい桜の香りだ。
だけど、あの人はもういない。死んだはず。僕を残して……。なのに、あの時と同じ匂い。
とりあえず気のせいとして端っこに置いておこう。今は魔生物の気配だけに集中する。
右側の通路に20。左側の通路に30。先に向かうべき方向は、多分数の少ない右。しかし、増援を考えると多い方から攻めた方が楽な気もする。
最終的に決めた道は左。数を減らせばこっちのものだ。盲視術が切れていたので再び発動させる。剣を振り回す。着実にヒットを重ね、絶命の声だけを聞く。
反対側から増援が来る。蓮が出たいと言い出したのですぐにチェンジ。蓮は暴れに暴れ回って、一瞬で敵を消し去った。
(連携上手くなってきたね)
――『だな。優人』
本当はここで2人してガッツポーズをしたい。だけど、それが叶わないのが悲しい。次の相手へと向かう。数は徐々に増えていっている。
バシャン。再びタンクが壊れる音。蓮はもう耐性がついたらしいが、それでも身体に害がある可能性はある。
1体。また1体。作られた命が消えていく。それがいつしか自分と照らし合わせていた。自分が違うことに、未だ違和感を抱いている。
蓮が吠える。それは敵の闘争心を発火させ、全部のタンクを破壊する。こんな薬品の濃度が高い中。蓮が耐えられるはずがない。
けれども、彼からの情報伝達は止まっていない。僕をたくさん頼ってくる。それだけが、命綱のようで脆く切れそうな糸。
蓮の暴走が始まる。自我は失っていないことだけはわかる。ちゃんと、敵のパターンを把握し、受け流し、切り刻む。
斬撃の猛攻は止まらない。蓮の戦闘能力は異常だ。さすがは隊長と副隊長を倒した最強。僕なんて程遠い石ころだ。
――『ハハハハハ!』
(蓮楽しそうだね。やっぱりバトル好き?)
――『大大大っ好きだ!』
まだ止まらない。止まることを知らない。絶命が耳をつんざくように響く。これで何体目。さすがに暴れすぎだ。
突然蓮の動きが止まる。薬品が体内に入っていく。もう身体が対応できるようになっていた。もう心配はなさそうだ。
――『アァー。楽しかった……』
(お疲れ! やっぱり蓮すごいよ)
――『そうか?』
その時。また人の気配がした。桜の香りが強くなっていく。僕たちもそこへ向かうことにした。
思い出の香りはすぐそこ。蓮と交代して、歩き続ける。そしてやってきたのは、エメラルドグリーンをした扉だった。
右手でドアノブを掴み開ける。
「お久しぶりね。優人」
聞こえてきた第一声は目の前に白衣を纏った女性からだった。長い黒髪は光沢を放ち、照明の光を反射している。
「おかあ……さん……」
そう、その女性は7年前に亡くなったはずの僕の実母だった。