目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第25話

 先程の戦闘からさらに1時間経った。スマホの時計を見ればもう朝だ。もし拠点にいたなら、今頃麗華さんの料理を食べていただろう。


 だけど、今日は食事を取れる状況ではない。まあ、食べられそうなのはそこら中にあるが……。


 今も主導権は蓮に任せている。実験エリアの中にいる時は彼。外廊下にいる時は僕といった形で、交互に仮眠を取りながら。


(蓮大丈夫?)


 ――『まあ……』


(まあ、そうだよね……。さっきから戦闘任せっぱなしだし……)


 ――『たしかにそうだな。明日には身体がバッキバキになってそうだ。獣だった時はそんなこと無かったが……』


(あはは! 蓮ったら、事実だとしても冗談っぽく言わないでよ)


 僕は一人。だけど2人。それだけでも少し嬉しい。寂しくはない。つらくもない。次の扉へと入る。そこにも、魔生物の姿があった。


(ここは僕がやるよ。蓮は休んでて)


 ――『了解。ありがとな!』


「ううん。全然いいよ。僕もウォーミングアップしないとね。さすがに剣で触手切っただけじゃ、意味がないから」


 ――『だな。優人、ファイト!』


「蓮ってば無意識に韻ふませたよね。ラッパーなれるんじゃない?」


 ――『かもな。ほら、来たぞ!』


「了解! 盲視術ブルーアウト!」


 視界が消える。この身体で考えて盲視術を使ったのは3回目。ここの部屋に来る前に1回使った。


 魔力管理は蓮に任せている。だから心配する必要はない。気配を確認する。剣を振る。ザシュッという、肉を裂く音。


 少し前よりも命中率が上がっていた。どんどん攻撃を加えていく。与えていく。バタン、バタン。ジューという気化する音がして、気配が消える。


 まだここにいる。もしもタンクの中にいる敵が襲ってきたら、それも考えて剣をさらに生成。蓮の技を真似して、周囲に設置する。


 物音を探る。両側約2メートル、僕の剣がある位置からして、道幅は6メートルくらいか。狭いようでゆったりしてるようで、微妙だ。


 バシャン。また、タンクが割れる音がした。魔生物が壊したのかもしれない。薬品の臭いがさらに充満し、呼吸がしづらくなっていく。


 この空間。この場所に関連したエリアは、僕たちには不利すぎる。研究所内にいる魔生物に特化した作りだ。


 僕たちの攻撃が流れ弾のようになってタンクを壊せば、低酸素になってしまう可能性もある。


 ――『優人。交代しようか?』


「いや大丈夫。僕は平気だよ」


 ――『そうか。無理すんなよ!』


「もちろん。それにまだ気配がするんだ。どこかで誰かが監視してる」


 これは魔生物の視線じゃない。そして、かすかに香るものは小さい時に嗅いだことがあった。

懐かしい桜の香りだ。


 だけど、あの人はもういない。死んだはず。僕を残して……。なのに、あの時と同じ匂い。


 とりあえず気のせいとして端っこに置いておこう。今は魔生物の気配だけに集中する。


 右側の通路に20。左側の通路に30。先に向かうべき方向は、多分数の少ない右。しかし、増援を考えると多い方から攻めた方が楽な気もする。


 最終的に決めた道は左。数を減らせばこっちのものだ。盲視術が切れていたので再び発動させる。剣を振り回す。着実にヒットを重ね、絶命の声だけを聞く。


 反対側から増援が来る。蓮が出たいと言い出したのですぐにチェンジ。蓮は暴れに暴れ回って、一瞬で敵を消し去った。


(連携上手くなってきたね)


 ――『だな。優人』


 本当はここで2人してガッツポーズをしたい。だけど、それが叶わないのが悲しい。次の相手へと向かう。数は徐々に増えていっている。


 バシャン。再びタンクが壊れる音。蓮はもう耐性がついたらしいが、それでも身体に害がある可能性はある。


 1体。また1体。作られた命が消えていく。それがいつしか自分と照らし合わせていた。自分が違うことに、未だ違和感を抱いている。


 蓮が吠える。それは敵の闘争心を発火させ、全部のタンクを破壊する。こんな薬品の濃度が高い中。蓮が耐えられるはずがない。


 けれども、彼からの情報伝達は止まっていない。僕をたくさん頼ってくる。それだけが、命綱のようで脆く切れそうな糸。


 蓮の暴走が始まる。自我は失っていないことだけはわかる。ちゃんと、敵のパターンを把握し、受け流し、切り刻む。


 斬撃の猛攻は止まらない。蓮の戦闘能力は異常だ。さすがは隊長と副隊長を倒した最強。僕なんて程遠い石ころだ。


 ――『ハハハハハ!』


(蓮楽しそうだね。やっぱりバトル好き?)


 ――『大大大っ好きだ!』


 まだ止まらない。止まることを知らない。絶命が耳をつんざくように響く。これで何体目。さすがに暴れすぎだ。


 突然蓮の動きが止まる。薬品が体内に入っていく。もう身体が対応できるようになっていた。もう心配はなさそうだ。


 ――『アァー。楽しかった……』


(お疲れ! やっぱり蓮すごいよ)


 ――『そうか?』


 その時。また人の気配がした。桜の香りが強くなっていく。僕たちもそこへ向かうことにした。


 思い出の香りはすぐそこ。蓮と交代して、歩き続ける。そしてやってきたのは、エメラルドグリーンをした扉だった。


 右手でドアノブを掴み開ける。


「お久しぶりね。優人」


 聞こえてきた第一声は目の前に白衣を纏った女性からだった。長い黒髪は光沢を放ち、照明の光を反射している。


「おかあ……さん……」


 そう、その女性は7年前に亡くなったはずの僕の実母だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?