それから、蓮と母が話をした。相手のことを言う上で〝母〟という言葉としかでてこない。
心のどこかで相手を認めたい、微かな気持ちがあるからだろう。
それ以外にちょうどいい呼び名がない。形はどうであれ母は母なんだと、思ってしまう。
だけど、許せないのは変わらない。相手の信用は蓮との会話でも削れていった。母は蓮のことをナンバーで呼んでいた。
そのナンバーというのは『M-740』。蓮自身はそれを忘れていて、『自分にはしっかりとした名前がある』と言っても母は彼を名前で呼ばない。
話が通じないことに怒った蓮は、ゆっくりと母に近づいていく。しかし、相手はその行動を予想していたのか、僕の身体は拘束されてしまった。
蓮が必死に。力任せに解こうとするが、力が足りない。僕もそれに加わって対処しようとしても、不足している。
こんな状況になるなんて卑怯だ。本当に僕のことを信用していないのか。最初から実験台のモルモットにする気だったのか。
身体が熱く燃え始める。呼吸が苦しい。蓮も理性を保っていられないようで、こちらまで怒りが伝わってくる。
どうして、こんな形にならないといけないんだ。僕の親は何を踏み間違えたんだ。当時僕はまだ小学生だった。健全な人間だった。
それを踏み躙ってまで。僕よりも研究所を優先した母が悪い。両親が悪い。もう――僕は……。
いつの間にか、蓮は剣を作り自分の左胸に押し当てていた。彼も同じ考えなのかもしれない。だけど、本当に消したいのは僕の方じゃない。
「優人くん! 蓮くん!」
後方で誰かの声がした。これはきっと怜音だ。それに暑苦しいくらいの熱風が吹いてくる。ここから察するに、星咲副隊長もいる。
「景斗くんから全部聞いたよ」
「ッ!?」
景斗さんから聞いた? もしかして、僕が実験台だったことを――。蓮の動きが止まる。力が抜け剣が落ちる。そして、彼は心の奥底へと沈んでいく。
自然と主導権を握ることになった僕は表に出て、2人の方を向いた。最悪なことに、怜音も星咲副隊長も剣を僕へと向けている。
彼らも僕の敵になってしまった。もう僕には仲間がいない。完全に孤立した感覚になった時、怜音が切り出した。
「優人くん。勘違いしないで。ボクたちは君を助けにきたんだ。景斗くんからの特別命令でね」
「そーゆーことだ。オレたちは、一生仲間だからな。気にしたら負けだ。いや、気にすんな。ゼッテーにな!」
「怜音……星咲副隊長……」
違う。僕はもう人間じゃないのに、人間じゃなかったのに。それなのになんで僕を認めようとするの。
理解できない。僕を手放せない理由がわからない。彼らの後ろのドアがガタガタと大きな音を立てている。
上部はヒビが入っていて、今にも壊れそうだ。それでも、怜音と副隊長は怖がる素振りを見せない。
星咲副隊長が僕の方を見る。背中合わせになるように、怜音が彼の後ろに隠れる。2人とも戦闘態勢だ。
「優人! 敵はあの女でいいんだよな!」
「!? は、はい……!」
2人は僕の母を止めようとしている。もう味方はいないと思っていた。だけど、僕の本当の仲間は――。
「行くぞ! 氷像!」
「オーケー。魔生物の方はボクに任せて!」
「おう! ただしぶっ倒れんなよ。この馬鹿!」
罵りあいなのか、いじり合いなのか。掛け合いはいつも通りの2人。星咲副隊長の位置が少し遠くなる。
直後彼はこちら側へと迫ってきた。勢いをつけて走ってくると、僕を横切り母の近くへ。
剣を振りかぶる。光る炎の螺旋。彼の炎舞はまさしく華麗だった。無駄がないのに加えて正確だ。
だが、母には一切当たっていないようにも見えた。目を凝らすと黒い粉塵が舞っている。あれはなんだ?
「クソ。虫使いかよ……。こういう小道具オレは嫌いなんだよ! 全部燃え尽きやがれ! こんにゃろーーーーーーーー!」
副隊長の身体が燃え上がる。こちらまで火傷してしまいそうな豪炎で、僕の拘束が解けた。
だけど、僕は母と戦う気にはなれなかった。肉親であってそうでない。その微妙な関係性に、違和感がある。
「優人! 戦えねぇんなら支援に回れ!」
「し、支援!?」
「そうだ! お前ならできる。オレが保証してやる!」
そう言われても、支援でやったとしたら魔力水を作ることくらいだ。戦闘中では使えない。
僕は蓮と相談する。すると、彼は新しい魔法を作ったと、返答した。情報を受け取る。それは〝魔力提供型〟の支援魔法。
副隊長はこれを知ってて言ったのだろうか。ついに部屋の扉が壊れる。魔生物が雪崩込んでくる。
怜音が凍結魔法を展開する。一瞬で凍りつく敵は、氷の中で暴走し破壊する。怜音だけでは力が足りないのか。
「斬くん。なにか気づかない?」
「ああ。もちろんだ」
「ここ、魔力消費量が以上に多い……。まるで
(魔力消費が多い……。何かがおかしい。僕は魔力消費なんか気にしていない。蓮なら尚更だ……)
僕もこの差に気がついた。だから、蓮は新しく支援魔法を作った。納得だ。その魔法を無詠唱で発動できるように自ら調整を加える。
完成した魔法を使用する。自分の魔力がみるみるうちに減っていく。この減った魔力は、怜音と副隊長に行き渡る。
「怜音! 副隊長! 魔力提供は任せてください!」
「『助かる!』」
怜音の氷が密度を増させる。副隊長の炎が轟く。僕はど真ん中で魔力量を調整し、2人に力を貸す。
僕はきっと、遠距離攻撃ができて、至近距離攻撃ができて。サポーター。どんな戦い方もできる。
怜音たちが、景斗さんが僕を必要としている理由。今いるメンバーが三龍傑の後継、三英傑なんだと確信した。
凍てついたように固まった足が動くようになる。蓮にも言ったんだ『決心はついた』と。ケジメは自分でつけないと意味が無い。
こんな非現実で、不可解で。だけど、僕が生きる理由を作ってくれた。僕は本当に一人じゃないんだ。
「2人とも! 僕たちも戦います!」
「お!」
「優人くん!」
「盲視術ブルーアウト オーバーブースト!」
視界が真っ青になる。身体の浮遊感。今ならなんでも出来る気がした。まずは魔生物の対処からだ。
副隊長は時間稼ぎが上手い。そう判断した結果、数で攻めてくる敵を片付ける。
「怜音。僕の後ろに! 蓮! 交代!」
「了解! 遠距離支援は任せて!」
――『あいよ!』
僕はバックに移動する。蓮が吠える。魔生物だった時のことは知らない。けれども、お互い実験台同士。境遇も似ているはずだ。
蓮の感情を探る。それは、轟々と燃えていた。彼が自由に暴れ回る。今元に戻ったら遠心力に負けてしまいそうだ。
『蓮! 正面から複数体来る! 怜音に凍結魔法で道を塞ぐように伝えて! 半円状に五段階で!』
――『ラジャー! 怜音!』
『了解! 作戦受け取ったよ! アイス・フィールド。フィフスバリケード!』
これで一気に入ってくるのを防げる。僕の魔力を提供したことで、怜音の魔法も安定している。
蓮は第1弾の敵を全滅させる。交代して僕が副隊長の方へライトニングを放つ。彼の正面にいる虫は電流の炎に焼かれ消えた。
「ナイス! オレも負けてらんねぇな。火力MAXで火事を起こしてやる!」
「斬くん冗談は程々にね!」
「氷像は黙れ!」
2人にもかなり余裕が出てきたみたいだ。戦闘は約30分から40分。枯渇寸前の魔力は蓮の補助でなんとか持ちこたえた。
母は魔力切れを起こし、その場に倒れ込む。こちら側の勝利。そう思った。
「今のあなたには。こんな素晴らしい仲間がいるのね……」
「うん。僕を……。僕たちを一番認めてくれている
「私も、そうなりたかった……。ごめんね……。あなたの本物になれなくて――」
「こっちこそごめん」
母はもう諦めたように涙をこぼす。自分も言いすぎたかもしれない。きっと蓮も同じだ。
今考えてみれば、僕と蓮は母が繋げてくれた。最悪な関係でも、最高のプレゼントだ。それを、今理解した。
母は僕を一人にさせたくなかったのかもしれない。だけど、やり方を誤ってしまった。それだけのこと。
「お母さん。僕が、蓮が本物に戻るにはどうすればいい?」
「そうね……。蓮の身体の破片は日本中に散らばっている。47都道府県。各地に10個ずつ。それを集めれば、元に戻ると思う」
「47の場所に――10……」
「あと、もう私は生きられないみたい。移植してもらった心臓はまだ幼かった。ここまで生きて、あなたに会えたことがまるで奇跡みたいね――」
(!?)
母はゆっくりと横に倒れていく。僕は座り込んで、彼女の身体を受け止めた。少しずつ身体が冷えていく。
左胸に手を押し当てると、細く弱々しい鼓動。こんな状況で、2回目の死を迎える母に、もっと一緒が良かったと思ってしまう。
また博物館に行きたい。だけどもう叶わない本当の死。母の死であって、僕の死でもあることに、熱いものが溢れてくる。
「母さん! お母さん!」
「ごめんなさい……こんな悪い母親で……。
「そんなの。もうどうでもいいよ……。だから、消えないで……!」
僕の声が静寂の中で響く。母の呼吸が細くなっていく。小さくなっていく。弱くなっていく。
「僕こそごめん……。こんな不良品で――」
「不良品……。そうね……。でも――今はみんなの……役に……立って……」
そこで、母の声が完全に途絶えた。頭が力無く垂れ下がる。もう、母は帰って来ない。そんな事実を突きつけられたようで、胸がキュッと苦しくなった。
「優人くん……」
「優人……」
「大……丈夫……。あとで……埋葬したいから、景斗さんに身体を保管するように伝えて」
その言葉に怜音がスマホを操作する。数秒後景斗さんが来て、母の身体をゲートの中へと入れた。
「行こう。まだ嫌な予感がするんだ。このこと引きずる前に、任務を完了させないと」
「そうだね……。斬くんは準備できた?」
「もちろんだ」
3人だけになって、作戦の照らし合わせから入る。心のケアなんてしてる暇はない。まずは敵の殲滅が先だ。
刹那。研究所内の照明が赤く点滅を始める。危険を知らせるように光るそれは、地響きを立て始めた。
「優人くんの嫌な予感ってこれ?」
「う、うん……。深奥部から膨大な魔力を感じるんだ。僕の魔力に限りなく近いから、多分お母さんが言った蓮の一部が混ざっているのかもしれない」
「わかった。それにその魔力の発信源が元凶の可能性があるしね。目的は決まった。急いで向かうよ!」
「『はい!』」