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第28話 (後編)

 それから、蓮と母が話をした。相手のことを言う上で〝母〟という言葉としかでてこない。


 心のどこかで相手を認めたい、微かな気持ちがあるからだろう。


 それ以外にちょうどいい呼び名がない。形はどうであれ母は母なんだと、思ってしまう。


 だけど、許せないのは変わらない。相手の信用は蓮との会話でも削れていった。母は蓮のことをナンバーで呼んでいた。


 そのナンバーというのは『M-740』。蓮自身はそれを忘れていて、『自分にはしっかりとした名前がある』と言っても母は彼を名前で呼ばない。


 話が通じないことに怒った蓮は、ゆっくりと母に近づいていく。しかし、相手はその行動を予想していたのか、僕の身体は拘束されてしまった。


 蓮が必死に。力任せに解こうとするが、力が足りない。僕もそれに加わって対処しようとしても、不足している。


 こんな状況になるなんて卑怯だ。本当に僕のことを信用していないのか。最初から実験台のモルモットにする気だったのか。


 身体が熱く燃え始める。呼吸が苦しい。蓮も理性を保っていられないようで、こちらまで怒りが伝わってくる。


 どうして、こんな形にならないといけないんだ。僕の親は何を踏み間違えたんだ。当時僕はまだ小学生だった。健全な人間だった。


 それを踏み躙ってまで。僕よりも研究所を優先した母が悪い。両親が悪い。もう――僕は……。


 いつの間にか、蓮は剣を作り自分の左胸に押し当てていた。彼も同じ考えなのかもしれない。だけど、本当に消したいのは僕の方じゃない。


「優人くん! 蓮くん!」


 後方で誰かの声がした。これはきっと怜音だ。それに暑苦しいくらいの熱風が吹いてくる。ここから察するに、星咲副隊長もいる。


「景斗くんから全部聞いたよ」


「ッ!?」


 景斗さんから聞いた? もしかして、僕が実験台だったことを――。蓮の動きが止まる。力が抜け剣が落ちる。そして、彼は心の奥底へと沈んでいく。


 自然と主導権を握ることになった僕は表に出て、2人の方を向いた。最悪なことに、怜音も星咲副隊長も剣を僕へと向けている。


 彼らも僕の敵になってしまった。もう僕には仲間がいない。完全に孤立した感覚になった時、怜音が切り出した。


「優人くん。勘違いしないで。ボクたちは君を助けにきたんだ。景斗くんからの特別命令でね」


「そーゆーことだ。オレたちは、一生仲間だからな。気にしたら負けだ。いや、気にすんな。ゼッテーにな!」


「怜音……星咲副隊長……」


 違う。僕はもう人間じゃないのに、人間じゃなかったのに。それなのになんで僕を認めようとするの。


 理解できない。僕を手放せない理由がわからない。彼らの後ろのドアがガタガタと大きな音を立てている。


 上部はヒビが入っていて、今にも壊れそうだ。それでも、怜音と副隊長は怖がる素振りを見せない。


 星咲副隊長が僕の方を見る。背中合わせになるように、怜音が彼の後ろに隠れる。2人とも戦闘態勢だ。


「優人! 敵はあの女でいいんだよな!」


「!? は、はい……!」


 2人は僕の母を止めようとしている。もう味方はいないと思っていた。だけど、僕の本当の仲間は――。


「行くぞ! 氷像!」


「オーケー。魔生物の方はボクに任せて!」


「おう! ただしぶっ倒れんなよ。この馬鹿!」


 罵りあいなのか、いじり合いなのか。掛け合いはいつも通りの2人。星咲副隊長の位置が少し遠くなる。


 直後彼はこちら側へと迫ってきた。勢いをつけて走ってくると、僕を横切り母の近くへ。


 剣を振りかぶる。光る炎の螺旋。彼の炎舞はまさしく華麗だった。無駄がないのに加えて正確だ。


 だが、母には一切当たっていないようにも見えた。目を凝らすと黒い粉塵が舞っている。あれはなんだ?


「クソ。虫使いかよ……。こういう小道具オレは嫌いなんだよ! 全部燃え尽きやがれ! こんにゃろーーーーーーーー!」 


 副隊長の身体が燃え上がる。こちらまで火傷してしまいそうな豪炎で、僕の拘束が解けた。


 だけど、僕は母と戦う気にはなれなかった。肉親であってそうでない。その微妙な関係性に、違和感がある。


「優人! 戦えねぇんなら支援に回れ!」


「し、支援!?」


「そうだ! お前ならできる。オレが保証してやる!」


 そう言われても、支援でやったとしたら魔力水を作ることくらいだ。戦闘中では使えない。


 僕は蓮と相談する。すると、彼は新しい魔法を作ったと、返答した。情報を受け取る。それは〝魔力提供型〟の支援魔法。


 副隊長はこれを知ってて言ったのだろうか。ついに部屋の扉が壊れる。魔生物が雪崩込んでくる。


 怜音が凍結魔法を展開する。一瞬で凍りつく敵は、氷の中で暴走し破壊する。怜音だけでは力が足りないのか。


「斬くん。なにか気づかない?」


「ああ。もちろんだ」


「ここ、魔力消費量が以上に多い……。まるで吸収ドレインされてるみたいに――」


(魔力消費が多い……。何かがおかしい。僕は魔力消費なんか気にしていない。蓮なら尚更だ……)


 僕もこの差に気がついた。だから、蓮は新しく支援魔法を作った。納得だ。その魔法を無詠唱で発動できるように自ら調整を加える。


 完成した魔法を使用する。自分の魔力がみるみるうちに減っていく。この減った魔力は、怜音と副隊長に行き渡る。


「怜音! 副隊長! 魔力提供は任せてください!」


「『助かる!』」


 怜音の氷が密度を増させる。副隊長の炎が轟く。僕はど真ん中で魔力量を調整し、2人に力を貸す。


 僕はきっと、遠距離攻撃ができて、至近距離攻撃ができて。サポーター。どんな戦い方もできる。


 怜音たちが、景斗さんが僕を必要としている理由。今いるメンバーが三龍傑の後継、三英傑なんだと確信した。


 凍てついたように固まった足が動くようになる。蓮にも言ったんだ『決心はついた』と。ケジメは自分でつけないと意味が無い。


 こんな非現実で、不可解で。だけど、僕が生きる理由を作ってくれた。僕は本当に一人じゃないんだ。


「2人とも! 僕たちも戦います!」


「お!」


「優人くん!」


「盲視術ブルーアウト オーバーブースト!」


 視界が真っ青になる。身体の浮遊感。今ならなんでも出来る気がした。まずは魔生物の対処からだ。


 副隊長は時間稼ぎが上手い。そう判断した結果、数で攻めてくる敵を片付ける。


「怜音。僕の後ろに! 蓮! 交代!」


「了解! 遠距離支援は任せて!」


 ――『あいよ!』


 僕はバックに移動する。蓮が吠える。魔生物だった時のことは知らない。けれども、お互い実験台同士。境遇も似ているはずだ。


 蓮の感情を探る。それは、轟々と燃えていた。彼が自由に暴れ回る。今元に戻ったら遠心力に負けてしまいそうだ。


『蓮! 正面から複数体来る! 怜音に凍結魔法で道を塞ぐように伝えて! 半円状に五段階で!』


 ――『ラジャー! 怜音!』


『了解! 作戦受け取ったよ! アイス・フィールド。フィフスバリケード!』


 これで一気に入ってくるのを防げる。僕の魔力を提供したことで、怜音の魔法も安定している。


 蓮は第1弾の敵を全滅させる。交代して僕が副隊長の方へライトニングを放つ。彼の正面にいる虫は電流の炎に焼かれ消えた。


「ナイス! オレも負けてらんねぇな。火力MAXで火事を起こしてやる!」


「斬くん冗談は程々にね!」


「氷像は黙れ!」


 2人にもかなり余裕が出てきたみたいだ。戦闘は約30分から40分。枯渇寸前の魔力は蓮の補助でなんとか持ちこたえた。


 母は魔力切れを起こし、その場に倒れ込む。こちら側の勝利。そう思った。


「今のあなたには。こんな素晴らしい仲間がいるのね……」


「うん。僕を……。僕たちを一番認めてくれているの家族だよ。偽物なんて僕はいらない。たとえ僕の心臓がでなくても、僕は一生本物のままだ」


「私も、そうなりたかった……。ごめんね……。あなたの本物になれなくて――」


「こっちこそごめん」


 母はもう諦めたように涙をこぼす。自分も言いすぎたかもしれない。きっと蓮も同じだ。


 今考えてみれば、僕と蓮は母が繋げてくれた。最悪な関係でも、最高のプレゼントだ。それを、今理解した。


 母は僕を一人にさせたくなかったのかもしれない。だけど、やり方を誤ってしまった。それだけのこと。


「お母さん。僕が、蓮が本物に戻るにはどうすればいい?」


「そうね……。蓮の身体の破片は日本中に散らばっている。47都道府県。各地に10個ずつ。それを集めれば、元に戻ると思う」


「47の場所に――10……」


「あと、もう私は生きられないみたい。移植してもらった心臓はまだ幼かった。ここまで生きて、あなたに会えたことがまるで奇跡みたいね――」


(!?)


 母はゆっくりと横に倒れていく。僕は座り込んで、彼女の身体を受け止めた。少しずつ身体が冷えていく。


 左胸に手を押し当てると、細く弱々しい鼓動。こんな状況で、2回目の死を迎える母に、もっと一緒が良かったと思ってしまう。


 また博物館に行きたい。だけどもう叶わない本当の死。母の死であって、僕の死でもあることに、熱いものが溢れてくる。


「母さん! お母さん!」


「ごめんなさい……こんな悪い母親で……。になれなくて……」


「そんなの。もうどうでもいいよ……。だから、消えないで……!」


 僕の声が静寂の中で響く。母の呼吸が細くなっていく。小さくなっていく。弱くなっていく。


「僕こそごめん……。こんな不良品で――」


「不良品……。そうね……。でも――今はみんなの……役に……立って……」


 そこで、母の声が完全に途絶えた。頭が力無く垂れ下がる。もう、母は帰って来ない。そんな事実を突きつけられたようで、胸がキュッと苦しくなった。


「優人くん……」


「優人……」


「大……丈夫……。あとで……埋葬したいから、景斗さんに身体を保管するように伝えて」


 その言葉に怜音がスマホを操作する。数秒後景斗さんが来て、母の身体をゲートの中へと入れた。


「行こう。まだ嫌な予感がするんだ。このこと引きずる前に、任務を完了させないと」


「そうだね……。斬くんは準備できた?」


「もちろんだ」


 3人だけになって、作戦の照らし合わせから入る。心のケアなんてしてる暇はない。まずは敵の殲滅が先だ。


 刹那。研究所内の照明が赤く点滅を始める。危険を知らせるように光るそれは、地響きを立て始めた。


「優人くんの嫌な予感ってこれ?」


「う、うん……。深奥部から膨大な魔力を感じるんだ。僕の魔力に限りなく近いから、多分お母さんが言った蓮の一部が混ざっているのかもしれない」


「わかった。それにその魔力の発信源が元凶の可能性があるしね。目的は決まった。急いで向かうよ!」


「『はい!』」

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