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第25話  ふたりで描く、未来の地図

春の終わり。公園の桜はほとんど葉桜になっていたけれど、街路樹には新芽が芽吹き、やわらかな緑が風に揺れていた。

その日、紗英は仕事を早めに切り上げて、自宅のアトリエ兼リビングで原稿のスケッチに向かっていた。


「ただいまー」


ドアの向こうから航平の声が聞こえる。彼は鍵を持っていないのに、まるで自分の家のように明るく振る舞う。

紗英は思わず笑ってしまった。


「おかえりなさい。…って、私、何も用意してないよ」


「いいの、今日は僕がご飯作ってくるって言ったでしょ。ほら、じゃーん!」


航平が持ってきたタッパーには、彩り豊かなタコライスと、わかめたっぷりのスープ。


「また、私の好物ばっかり…ほんと、覚えるの早いね」


「もう、毎回感心されると照れるから。さ、冷めないうちに食べよ」


ふたりは小さなテーブルを囲み、笑いながら食事をした。

航平と話していると、なぜだか心が静かになる。焦りや不安を忘れて、自分のままでいられる。


食後、食器を洗い終えたあと、航平がベランダに出ようと提案した。


「風、気持ちいいよ。夜景、見に行こ」


車椅子に座る紗英をゆっくりと押して、ふたりでベランダへ出た。高層階ではないが、街の灯りが柔らかく瞬いていた。


「こうしてると…時間が止まってるみたい」


紗英が呟くと、航平はふっと笑って答えた。


「でも、ちゃんと進んでるよ。少しずつでもね」


その言葉に、紗英はなにか、心の中の奥深くでつかえていたものが少しだけほどけていくのを感じた。


「航平くん、ねえ…」

彼女は、少しだけ躊躇いながら口を開いた。


「もし、将来のこととか考えたら…どう思う?」


航平は驚いたように一瞬まばたきをして、すぐにまっすぐな目で紗英を見つめた。


「紗英が考えてくれるなら、すごく嬉しい。…僕は、ずっと考えてたよ。どうすれば紗英のそばにいられるかって」


「私、自分の足で歩けなくなってから、何かを誰かと一緒に作るとか、未来を夢見るなんて、いけないことだと思ってた。重荷になるって、思ってたから」


「違うよ。重荷なんかじゃない。…君といっしょにいることで、僕はやっと“生きてる”って感じられるようになったんだ」


その言葉に、紗英の目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。


「ねえ、これからも…傍にいてくれる?」


「ううん、傍にいさせてほしい。…僕たちの未来を、君と一緒に描いていきたい」


夜風がそっと吹いて、紗英の髪を優しく揺らした。

その中で、紗英は頷いた。涙で顔がくしゃくしゃになっても、笑顔がにじんでいた。


「うん…描こう、ふたりで」


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