「ねぇ、航平さん。今度、障がいをもつ子どもたちのための絵本イベント、開いてみない?」
ある晩、夕食後のテーブルで、紗英はそう切り出した。
航平は驚いたように目を瞬かせたが、すぐに微笑んだ。
「いいね。それ、すごく素敵なことだと思うよ。何か、きっかけがあったの?」
「うん。この前の女の子……“足がちょっと弱いの”って話してくれた子。あの子の笑顔が忘れられなくて。あの子だけじゃない。社会の中で“特別”にされてしまう子どもたちにも、ちゃんと“居場所”を感じられるような時間を届けたいなって…」
航平は頷いた。
「僕も手伝う。きみと一緒に、形にしよう」
ふたりは市の子育て支援課や障がい福祉課に協力を依頼し、児童館や地域の特別支援学校に案内を送った。イベントの名前は、紗英の新作絵本のタイトルからとって――
「きみだけの いろ」読み聞かせ会。
そして迎えた当日。
会場となった地域センターの多目的室には、色とりどりの風船、床にはカラフルなクッションが敷き詰められていた。
車椅子の子、補助器具をつけた子、声を出すことが難しい子、さまざまな子どもたちが家族とともに集まっていた。
開演前、紗英は一瞬、手が震えた。
でも隣で航平が優しく手を握ってくれる。
「大丈夫。きみの言葉は、ちゃんと届くよ」
読み聞かせが始まる。
「くまくんの帰りみち」、「しろい ことりの ひみつ」、そして最後に、「きみだけの いろ」。
それぞれの絵本に、子どもたちはまっすぐな目で耳を傾けた。
あるページでは、ひとりの男の子が
「ぼくのいろは、あお!」
と叫び、
別のページでは、女の子が
「わたしは、きいろがすき!」
と笑った。
読み終えたあと、紗英がそっと語りかける。
「みんな、それぞれ違う色を持っているの。でもね、その色は、まちがいじゃないんだよ。世界に一つだけの、たいせつな色。誰の中にも、きらきらした色があるんだよ」
その言葉に、静かだった部屋が、拍手と涙と笑顔で包まれた。
終演後、子どもたちは手作りの「いろのカード」に自分の“好きな色”を描いて、ボードに貼っていった。
「あの子が“生きててよかった”って、心から思える時間が、今日だったかもしれないね」
と、帰り道、航平が言った。
紗英は小さく頷いて、空を見上げる。
「わたしも、今日がその日だったのかも」
ふたりの心に、たしかな光が差し込んでいた