ある春の日。
満開の桜が風に揺れるなか、紗英と航平は、町の小さな古民家を見に行っていた。
瓦屋根の平屋。庭には大きな柿の木。古びているけれど、どこかぬくもりがある。
「ここなら、子どもたちが安心して遊べるね。車椅子でも入りやすいし」
「ええ、静かでいいわ。……“光の図書室”って名前、どう思う?」
航平はうなずいた。
「君らしい名前だ。絵本の世界の中に、未来への光がある──そんな場所にしたいんだよね」
ふたりの構想はこうだ。
名前は【光の図書室】。
対象は、障がいをもつ子どもたち、育てにくさを抱えた家庭の親子、そして心に傷を負った大人たち。
■ 絵本の読み聞かせ
■ 自由に描けるお絵かきの時間
■ 静かに過ごせる「もぐりの部屋」(クッションだらけの静かな空間)
■ 経験を持つスタッフとの定期的な相談会
■ 地域のボランティアとの交流会
そして、壁にはこう書かれる予定だった。
> 「ここでは、がんばらなくてもいいんです」
「あなたの歩幅で、大丈夫」
──“くまくん”より
施設設立のために、ふたりはクラウドファンディングを立ち上げた。
紗英はブログやSNSで、自分の過去と夢を綴った。
> 「私は、かつて歩けなくなったとき、自分の価値を見失いかけました。
でも、絵本と、子どもたちの笑顔と、航平さんが私を生かしてくれました。
今度は、私たちが、誰かの“生きていい”を支えたいんです」
数日後、メッセージが届いた。
> 「あなたの言葉に泣きました」
「同じような子を育てています」
「少額ですが支援します。頑張ってください」
資金は少しずつ集まり、地域の行政も相談に応じてくれるようになった。
夜、ソファに並んでいるふたり。
「……できるかな、私たちに」
「できるさ。小さな一歩が、いつか大きな居場所になる。
僕らがそうだったように」
紗英は、にっこり笑ってうなずいた。
「“光の図書室”、子どもたちの居場所にしたいな。
そして、私たち自身の未来にもなる場所に」
外では、柿の新芽が風に揺れていた。
ふたりの夢は、確かに形になりはじめていた。