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第七十話   黄金色の闘う天使

 俺は丹田で〈聖気〉を練り直した。


 怯えている一般市民たちを取り囲んでいるのは、イレギュラーを始めとした魔物たちだ。


 魔物たちはゴーレムだった。


 ゴーレムとはアースガルドで人型の土人形を現わす言葉だったが、俺の視界に映っているゴーレムは土ではなく石で身体が構成されている。


 そしてアースガルドのゴーレムにも、別種として視界に映っているような石人形のゴーレムも存在していた。


 そんな石人形のゴーレムを率いているのは、同じゴーレム種だが3メートル近い身長と石ではなく銀色に輝く特殊な鉱物――ミスリルで身体が構成されたミスリル・ゴーレムと呼ばれるイレギュラーだった。


 人型種の魔物のように感情を持たず、どちらかと言えばドローンなどの機械に似ているのが特徴だ。


 特徴的な部分は他にもある。


 とにかく防御力が半端ではない。


 アースガルドの生半可な魔法使いの魔法など容易く弾き返し、クレスト聖教会の武闘僧の【聖気練武】による攻撃でもなかなかダメージを与えられないことで有名だった。


 そんなゴーレム種の魔物たちを見回したとき、俺ははたと気づいた。


 なぜか魔物側に人間たちの姿があったのだ。


 全身黒ずくめで、闇夜のような漆黒のマントを羽織っている者たち。


「残念無念、お生憎さまご苦労さま。神などに祈ってもダメダメ。君たちはここで死ぬんだ。僕たち〈魔羅廃滅教団〉と魔物たちによってね」


 6人いた黒マントの男たちの中で、頭1つ分は背の高い黒マントの男が芝居がかったような口調で言う。


 すると一般市民たちはさらに大きな悲鳴を上げた。


 中には年端もいかない子供も何人かおり、その中の三つ編みの少女などは必死に恐怖と闘いながら両手に持っていた犬のヌイグルミを強く抱きしめている。


 それを見た瞬間、俺の中で何かが弾けた。


 直後、俺は〈箭疾歩せんしつほ〉を使って猛然と駆けた。


 黒マントたちの制空権に一気に侵入する。


「な、何だ!」


 身長の高い黒マントが一瞬早く俺の存在に気づいたが、もう遅い。


 俺は〈聖気〉を込めた〈発勁〉による突きを、身長の高い黒マントの腹部に容赦なく放った。


「ゲボッ!」


〈発勁〉の突きによる衝撃波によって、身長の高い黒マントは大量の血を吐き出して数メートルは吹っ飛んだ。


 むろん、俺の攻撃は終わらない。


 すぐに俺は他の黒マントの男たちにも近づき、〈発勁〉による突きや蹴りを繰り出す。


 黒マントたちは成すすべもなく俺の攻撃をまともに食らい、それぞれも血を吐き出して絶命した。


 そこで動いたのがゴーレムたちだ。


 石人形のゴーレムたちが一斉に俺へと襲いかかってくる。


 俺はカッと両目を見開き、襲い来るゴーレムたちの頭部を一撃ずつ確実に〈発勁〉による打撃で粉砕していった。


 この間、10秒未満。


 俺は十数体の石人形のゴーレムたちを瞬殺すると、残り一体のミスリル・ゴーレムと向き合った。


 ミスリル・ゴーレムも感情のない人形である。


 なので黒マントの男たちや石人形のゴーレムたちが倒されてもピクリとも反応しない。


 代わりに顔の中心部にあった円形の単眼を赤く光らせ、俺をこの世から葬り去るべく猛進してきた。


 その圧倒的な防御力を誇る身体で攻撃するつもりだろう。


 身体が鋼鉄以上の硬度があるのならば、その硬度で以て殴れば大抵の相手は撲殺できる。


 などと考えているのなら、まったくの筋違いだった。


 お前の目の前にいる相手は、鋼鉄以下の防御力を持った相手ではない。


 現に俺はミスリル・ゴーレムの打撃を〈硬身功〉で受け止めた。


 ギイイイン、と鋼鉄同士がぶつかり合うような甲高い音が周囲に響く。


 次の瞬間、俺は地面を蹴ってミスリル・ゴーレムの懐へ一気に飛び込んだ。


 そして――。


 ――〈聖光・百裂拳〉ッ!


 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンッ!


〈発勁〉の高速拳打である〈聖光・百裂拳〉でミスリル・ゴーレムの身体を文字通り粉々に粉砕させた。


「全員、大丈夫か?」


 俺はバラバラになったミスリル・ゴーレムから、一般市民たちに顔を向けてたずねる。


 だが、一般市民たちは何も返事をしない。


 目を見開きながら俺を呆然と見つめている。


 10秒ぐらい経ったときだろうか。


「あ……ありがとう、お兄ちゃん」


 三つ編みの少女が俺の元に編み寄ってきて、両手に持っていた犬のヌイグルミを差し出してくる。


 助けてくれたお礼にくれるというのだろうか。


「その誠意だけで十分だ」


 俺は三つ編みの少女の頭を優しく撫でた。


 最初はビクッとした三つ編みの少女だったが、俺に敵意や邪気がまったくないことを感受したのだろう。


 ニコリと微笑み、「本当にありがとう」と感謝の言葉をくれた。


 そのときである。


「お~い、大丈夫か!」


 遠くから十数人の人間たちがこちらに走ってくる。


 一般市民ではない。


 迷宮騎士甲冑を着ていたことや、手にはそれぞれ刀や槍などの武器を持っている。


 A級探索者たちだ。


 俺は一塊になっていた一般市民たちを見渡す。


「あいつらは俺と同じA級探索者だ。これからはあいつらの指示に従って逃げろ。そうすれば命は助かる」


 そう俺が言うや否や、一般市民の1人が「でも、まだこの辺には他の魔物がうじゃうじゃいる」と声を震わせながら言った。


 なのでは俺ははっきりと返答する。


「わかっている。だから、俺がこの周辺にいる魔物どもを一掃する。その間にあんたたちは、あのA級探索者たちについていってここから逃げろ。できるだけ遠くにだ」


 君もな、と俺は目の前の三つ編みの少女にも告げる。


 すると三つ編みの少女は大きくうなずいた。


 よし、と俺もうなずき返し、ならば善は急げとばかりにこの場から離れた。


〈聴勁〉によって周辺の魔物の気配を察知すると、〈軽身功〉を駆使して一般市民たちの頭上を飛び越えて魔物たちの元へと向かう。


 魔王ニーズヘッドの居場所を特定しながら、逃げ遅れている一般市民たちを見つけたら守り、なおかつ周辺の魔物たちも一掃する。


 やってやれないことはない。


 いや、むしろこれは俺にしかできないことだ。


 このときの俺はA級探索者の拳児ではなく、〈大拳聖〉のケン・ジーク・ブラフマンとして行動することを決めた。




「一体、あの子は何者だったんだ?」


 あっという間に遠ざかっていく少年を見つめながら、一般市民の1人だった中年の男がつぶやく。


 その疑問は他の皆も同じく思った。


 最初、黒マントと魔物たちに取り囲まれたときは誰もが死を覚悟した。


 無理もない。


 ここにいるのは何の力もない一般市民たちである。


 魔物に取り囲まれては生還する確率は1パーセントもなかった。


 しかし、結果的にこの集団の中で怪我どころか死んだ者は皆無。


 自分たちの死を明確に察したとき、どこからか疾風のように1人の少年が現れたからだ。


 陸上自衛隊に似た戦闘服を着て、後方にドローンを飛ばしていた黒髪の少年。


 年齢は16、7歳ぐらいで、とても探索者には見えない大人しそうな顔立ちの少年だった。


 けれども、その少年は凄まじい戦闘能力を持った超人だったのである。


 少年は黒マントたちを瞬殺すると、残りの魔物たちも瞬きを何度かする間に倒してしまった。


 その強さは何と形容すればいいのかわからないほどであり、唯一わかったのは少年の強さが並の探索者の強さでは収まらないほど強大だったことぐらい。


「まさか、人間の姿かたちをした魔物だった……とか?」


 何気なく言った中年の男の言葉に、「違うよ」と答えたのは三つ編みの少女だった。


 犬のヌイグルミをぎゅっと抱き締めている。


「あのお兄ちゃんは魔物なんかじゃない。でも、普通の人間でもない」


 また始まった、と周囲の大人たちはため息を吐いた。


 三つ編みの少女の名前は、佐々木美里という。


 この近所では有名な少女で、幼い頃から他の人間には見えないものが見えると噂されて気味悪がられていた少女だった。


「申し訳ありません。うちの子がまた変なことを」


 美里の隣にいた母親が他の人間たちに頭を下げる。


「本当だよ、お母さん。わたし、あのお兄ちゃんに頭を撫でられたときに見えたの。あのお兄ちゃん……ううん、がこの世界とは違う別の世界で、眩しい光に包まれながら大きな悪者とお空で闘っている姿を」


 美里の言葉に母親を始め、他の人間たちも頭上に「?」を浮かべた。


 それでも美里は真顔ではっきりと言った。


「あのお兄さんはこの街を救ってくれる、黄金色の光を放てる闘う天使さまだよ」

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