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第七十一話  草薙数馬の破滅への言動 ⑱

 草薙数馬こと俺は、生まれ変わった魔人の力に酔いしれていた。


 右手に宿る青白い鬼火のような〈魔力〉。


 この〈魔力〉を駆使すれば、俺はこの世でほぼ無敵と呼ばれる力を振るえる。


「くくく……」


 俺は数メートル手前にいた探索者の1人を見てほくそ笑む。


 B級だった頃の俺には遠い存在のように思えた上位探索者。


 そんな上位探索者たちは、一般人や中級以下の探索者たちは知り得ない特殊能力を得ていた。


 特殊能力の名前は【聖気練武】。


 人間だけが持っている〈聖気〉と呼ばれる生命エネルギーをこの世に顕現化させ、超人的な身体能力を発揮することができるという。


 今もそうだった。


「こ、この化け物め!」


 正嗣のような筋肉質だった上位探索者は、全身から黄金色の〈聖気〉を放出させながら、糸のように細かった両目を精いっぱい開けて怒声を上げる。


 探索者の中でも使い手が多い槍術使いだ。


 腰を落として半身に構えた状態で、2メートル近い槍を構えている。


 当然ながら穂先は俺に向けられているのだが、その穂先がブルブルと左右に大きく揺れている。


 威嚇や何かしらの技の動作ではない。


 単純に恐怖で身体が震えていて、その震えが穂先まで伝わって左右に揺れているのだ。


 まあ、無理もない。


 俺は上位探索者から目線を外し、周囲を軽く見渡す。


 俺と上位探索者の間には何人もの人間の死体が転がっていた。


 それも首から上の頭部がない死体たちがである。


 もちろん、殺ったのは俺だ。


 別に苦労はしなかった。


 魔王ニーズヘッドにやりかたを教わり、それを素直に実行しただけだったからだ。


 そう、こんな風に。


 俺が〈魔力〉を顕現化させている右手を上位探索者に向けたと同時に、槍使いの上位探索者は「ぬおおおおお」と耳障りな気合を発しながら猛進してくる。


 おそらく槍の間合いに入るや否や、さらに踏み込んで俺の胴体を刺し貫くつもりなのだろう。


 馬鹿が、大人しく逃げればいいのによ。


 俺は右手に顕現させている〈魔力〉を増加させると、小さな球状になるぐらい〈魔力〉を凝縮。


 そのまま上位探索者に向かって、〈魔力〉を〈魔砲〉としてを撃ち込んだ。


 感覚的には大型拳銃をぶっ放した感じだ。


 バガンッ!


 空気を容赦なく切り裂いて飛んだ〈魔砲〉は、上位探索者の額に命中。


 俺が殺した他の上位探索者たちのように頭部が爆裂四散し、大量の血と粉々になった骨や脳漿のうしょうが地面に飛び散る。


「まあ、逃げたところで逃がさなかったけどな」


 俺は上位探索者たちの死体を見下ろしながらつぶやく。


 その直後だった。


 死体となった探索者たちの身体から黒いモヤが現れる。


 その黒いモヤを見るなり、俺はニヤリと笑った。


 同時に俺は大きく息を吸い込んだ。


 自分を中心に半径十数メートルの空気をすべて吸い込む勢いで。


 すると上位探索者たちの身体から現れた黒いモヤは、俺の吸い込みに導かれるまま口内へと入ってくる。


 ゴクン、と俺は上位探索者たちの黒いモヤ――負の感情を体内に取り込んだ。


「おおおおおおお」


 俺は感嘆の声を漏らした。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――…………


 上探索者たちの負の感情を吸収したことで、俺の〈魔力〉は著しく向上した。


 身体の底からすべてを飲み込む津波のような力が湧き上がってくる。


 ――いいぞ、クサナギ・カズマ。その調子で多くの人間の負の感情を吸収せよ。さすればお前の力はすべからく向上していく


 確かに魔王ニーズヘッドの言う通りだ。


 特に一般市民よりも上位探索者たちの負の感情は格別だった。


 一般市民の負の感情がスナック菓子だとしたら、上位探索者の負の感情は極上のステーキだろうか。


 栄養満点で体内に吸収すればするほど幸福感と力が満たされていく。


 では、このような行為をしばらく続けていくべきか?


「なあ、魔王さんよ。もうこの辺でいいんじゃねえか?」


 俺は自分の腹に目線を落とし、体内に存在する魔王ニーズヘッドに言った。


 ――どういうことだ?


「どうもこうもそのままの意味さ。探索者や一般市民の残党狩りはこれぐらいにして、そろそろダンジョン協会に突っ込もうぜってことさ。だってそうだろう? 【聖気練武】とかいう特殊能力を使える上位探索者の集団ですら、今の俺ならアリを潰す感覚で倒せるんだ」


 俺は再び首なしの上位探索者たちに視線を移す。


「だったら、もういっそのことダンジョン協会に乗り込んでさらに上のS級探索者どもを皆殺しにしようぜ。そうすれば俺はもっと力を蓄えられ、あんたをこの世によみがえらせる時間を短縮させられるかもしれねえだろ?」


 などと提案した俺だったが、本心はもっと別のところにあった。


 男という生物は魔人になっても本性は変わらない。


 いや、人間という種を乗り越えたことでさらに男の本能が高まっていた。


 性欲である。


 とはいえ、そこら辺の生き残っている女を捕まえて満たそうとは思わなかった。


 魔人の俺に相応しい性欲を満たす相手は、女の中の女でなければならない。


 俺の脳裏に1人の女の顔が浮かぶ。


 成瀬伊織。


 そう、あの成瀬伊織ならば俺の性欲を満たす相手に相応しい。


 ならばどうする?


 決まっている。


 今も魔王ニーズヘッドに伝えたが、もうチンタラと負の感情を集めるのは止めだ。


 このままダンジョン協会の本部がある壱番町まで最短のルートで向かう。


 その際に敵として現れる探索者がいれば問答無用で殺して負の感情を奪い取ればいい。


 ――ふむ……お前の言うことも一理ある


 以外にも魔王ニーズヘッドは俺の提案に難色を示さなかった。


 ――お前の魔人としての力は大したものだ。本来は人間から魔人に生まれ変わったとしても、こんな短期間で今のお前のように〈魔力〉を繊細に操れるようになるわけではない。これは生来の才能の賜物なのだろう


「ふふん、つまり俺にはやはり魔の才能があったというわけだな?」


 俺が得意気な顔で言うと、ゴミクズが「さすがなのでありますであ~る」と褒め称えてくる。


「魔王さまの仰られるように、クサナギ・カズマさまは魔の才能をお持ちだったのでありましょうなのであ~る」


「そうだろうそうだろう。俺には魔の才能が……って」


 俺はハッとすると、ゴミクズに顔を向けた。


「おい、ゴミクズ。てめえ、俺と魔王の会話が聞こえんのか?」


「はっ、バッチリ聞こえますなのであ~る。けれど、それがいつだったかはよくわかりませんなのであ~る。気がついたときには、お2人の神々しい……否、禍々しい会話が聞こえているようになったのありますなのであ~る」


 魔に憧れていたとはいえ、わざわざ禍々しいと意味の違う言葉に言い直したのはどうだろう?


 いや、今はそんなこと関係ねえ。


 こいつもやはり俺と同じく魔の才能に開花したのだろうか。


 そうだとしか考えられない。


 これは魔王ニーズヘッドに教えられたことだが、魔法使いには魔力によって声に出さずとも言葉を相手の脳内に伝達できる魔法がある。


 それを使って俺と魔王ニーズヘッドは会話していたのだが、その会話を第三者のゴミクズがある意味ジャックして聞いたのだとしたら、このゴミクズも魔の才能があったと言わざるを得ない。


 そう思った俺は、得意気な顔を浮かべていたゴミクズの顔面にパンチを叩き込んだ。


「ほぎゃああああああああああ」


 と、ゴミクズは悲鳴を上げて吹っ飛んだ。


 しかし、ゴミクズは吹っ飛びながら空中で身体を丸めて回転すると、吹っ飛んだ先にあった建物の壁に両足をついて直撃を防いだ。


 そして壁を足場に「とうッ」とガキの頃に見た特撮ヒーローのように跳躍。


 再び俺の元へと跳んで帰ってきた。


「むはははははは、クサナギ・カズマさまの愛の鞭は何度もらっても嬉しいのでありますなのであ~る」


 ゴミクズは鼻血をペロリと舌で舐めとり、俺に向かって片膝をついて頭を下げる。


 チッと俺は舌打ちした。


 ゴミクズも俺と同様に明らかに力が向上していた。


 ――面白い奴だ。おそらく【聖気練武】の自己治癒力を上げる技の応用だろう。こやつは〈聖気〉の力を体内に入れるとは逆の要領で、そこら辺の転がっている死体から漏れていた負の感情の残りカスを少しずつ吸収しているのだろうな


 それは俺も何となくわかった。


 だとしたら、このゴミクズも近いうちに俺と同じ本物の魔人になるかもしれねえ。


 直後、ふっと俺は苦笑した。


 そうなったとしても関係ない。


 俺は魔王ニーズヘッドに選ばれた魔人中の魔人。


 仮にゴミクズが魔人になったとしても、それは格下の魔人に違いない。


 探索者ランクにたとえるならゴミクズがC級探検者だとすると、俺は言わずもがなS級探索者である。


 ――その通りだ、クサナギ・カズマ。お前こそ我の片腕に相応しき魔人の中の魔人。他の奴のことなど気にせず我と魔の覇道を歩めばよい


「もちろんだ。なら、さっさとその魔の覇道を成就させにダンジョン協会へ――」


 行こうぜ、と俺が言おうとしたときだ。


 ピリリリリリリリリ。


 この場にそぐわぬ電子音が鳴った。


 俺は視線をゴミクズのズボンのポケットへと向けた。


 ゴミクズはスマホを取り出して通話を始める。


「もしもしなのであ~る……うむ……それで……ふむふむ……おお、よくやったのであ~る」


 何だこいつ、一体誰と電話してやがる?


 ゴミクズは通話を切ると、俺に「朗報でございますなのであ~る」と笑みを浮かべた。


「たった今、ダンジョン協会に放っていたスパイから連絡が来ましたなのであります。スパイはダンジョン協会の会長、成瀬巧太郎の孫娘を人質に取ったと報告してきたでありますであ~る」


「何だと!」


 俺は目を剥いた。


 それが本当ならばとびっきりの朗報だ。


「我々が地上に出るのに最大の障害となるのは、やはり会長のジジイと取り巻きのS級探索者たちでありますなのであ~る。しかし、ジジイの孫娘を人質にとったとあらば、その孫娘の命をちらつかせて〈門〉の警備を解くことも可能だと思われますなのであ~る」


 ふむ、と俺はアゴをさすった。


 ゴミクズの言うことは一理ある。


 ダンジョン協会の会長の孫娘がこちらの手中におさまったのならば、警備が厳重なはずの〈門〉の周囲を無人にすることも可能だろう。


 けれど、それ以上に朗報なのは人質がダンジョン協会の会長の孫娘――成瀬伊織という点である。


 俺は思わず舌なめずりをした。


 こうなったら成瀬伊織には2つの仕事をしてもらう。


 1つは会長に対して〈門〉の警備をなくせという脅迫。


 もう1つは俺との子作りだ。


 いや、厳密にはか。


 泣き叫ぶ成瀬伊織を犯しまくり、強制的に俺の精を受け入れて魔王という子供を産んでもらう。


 多少なりとも精神を弱らせる必要があるが、相手はインフルエンサーのA級探索配信者とはいえ人間の女である。


 死なない程度に痛めつければ俺に屈服するだろう。


「よし、そうと決まればすぐにダンジョン協会に突入だ。なあ、魔王さんよ。あんたもそれで異存はねえな? あんたがこの世で実体となって誕生するいい機会なんだからよ」


 と、俺が体内にいる魔王ニーズヘッドに笑いながら伝えたときだ。


 てっきりすぐに返事がくるかと思いきや、魔王ニーズヘッドはうんともすんとも言わない。


「おい、魔王ニーズヘッド。どうした? 俺の声が聞こえてねえのか?」


 ――聞こえておる


 何度か呼びかけたあとに言葉が返ってきた。


「おいおい、どうしたんだよ。まさか、異世界の魔王ともあろう者がダンジョン協会の本部に乗り込むのにビビッてんのか?」


 冗談半分で言った俺に対して、魔王ニーズヘッドは「何か嫌な予感がしただけだ」と暗い声で言った。


「嫌な予感だと?」


 ――いや、気にするな。ただ、なぜかふとそう思っただけだ。忘れろ


 そう言うと魔王ニーズヘッドは押し黙ってしまった。


 とはいえ、今の俺にダンジョン協会を襲わないという選択肢はない。


「あんたがどう思おうが、俺はダンジョン協会の本部に乗り込むぜ。そして成瀬伊織をメチャクチャに犯してあんたをこの世に誕生させてやるよ。それと同時並行で成瀬伊織を人質に、会長や他のS級探索者を皆殺しにすれば文句はねえだろ」


「むはははは、さすがはクサナギ・カズマさまであ~る! 吾輩もとことんお付き合いさせていただきますなのであ~る」


 俺はもう1度だけゴミクズの顔面を殴りつけると、ダンジョン協会の本部がある場所に向かって歩き始めた。


 サバンナを闊歩する百獣の王ライオンのように、今の俺を止められる者などいやしない。


 ダンジョン協会の会長だろうと、S級探索者だろうと邪魔する者は徹底的に排除する。


 今の俺は無敵だ。


 矮小だった人間の頃とは違い、様々な感情に振り回されることはなくなった。


 そして、それは体内にいる魔王ニーズヘッドも同じだった……はずである。


 一体、こいつは何に気を取られたんだ?


 両足を動かしながら俺はちらりと自分の腹を見る。


 無言になる前に魔王ニーズヘッドからかすかに感じたのは、魔王と呼ばれる者には似つかわしくない恐怖という感情だった。

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