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第七十二話  立ちふさがるイレギュラーたち

 本当にこいつらはどこから現れたんだ?


 ケン・ジーク・ブラフマンこと俺は、眼前に立ちはだかる魔物の群れを見渡しながらいぶかしむ。


 俺の視界に映っている魔物の数は50体ほど。


 ゴブリンやトロール、オークやリザードマンなどの魔物たちが迷宮街を襲い、今も俺に対して強烈な殺気と敵意を向けている。


 俺は眉間にしわを寄せた。


 本来、生息エリアもバラバラな魔物たちが結託して一斉に人間の街を襲うことなどない。


 これはアースガルドの知識だったが、この〈武蔵野ダンジョン〉でも当てはまるということは俺も肌感覚として学んでいる。


 アースガルドだろうと日本の〈武蔵野ダンジョン〉だろうと、魔物は人間と違って仲間意識などないからだ。


 あるのはせいぜい種族意識ぐらいなものだろう。


 にもかかわらず、こうして種族を超えた魔物たちが時を同じくして迷宮街を襲っている。


 その理由と原因は何か?


 俺には1つだけ心当たりがあった。


 魔王ニーズヘッド。


 魔族の王である奴の命令ならば、魔物たちは否応なしに従うはずである。


 事実、アースガルドではそうだった。


 魔王ニーズヘッドに従った様々な種族の魔物たちは、人間たちを蹂躙すべく各大陸の国々を滅ぼして回ったのだ。


 俺もそのときの光景を見たことがあるため、今の迷宮街の無残な光景と完全に重なってしまう。


 加えて迷宮街のどこからか感じる魔王ニーズヘッドの気配。


 ならば、やはり理由は魔王ニーズヘッドにあるに違いない。


 迷宮街を襲っている魔物たちは、その魔王ニーズヘッドの凶悪な意志に突き動かされている。


 眼前で立ちはだかっている魔物たちもそうなのだろう。


 自分たちの腹を満たすために人間を襲っているのではなく、何か強力な意思によって人間と街を滅ぼして回っているように感じる。


 だとすると、俺がすることは単純で明白だった。


 魔王ニーズヘッドを探しながら、視界に入った魔物を殲滅していく。


 だが普通の魔物をいちいち1体ずつ倒すのは面倒だったので、ひとまず俺は眼前の魔物たちを【聖気練武】の〈聴勁〉の発展技――〈威心いしん〉でまとめてショック死させた。


 けれども、俺の〈威心〉を受けても多少の動揺だけで済んでいる連中もいた。


 俺は前方にいる4体の魔物を睥睨へいげいする。


 キング・リザードマン。


 ジャイアント・オーガ。


 ダークナイト・オーク。


 エンシェント・ワイバーン。


 この世界ではイレギュラーと呼ばれている強大な魔物たちだ。


 その中でキング・リザードマンとは一戦交えたことがあった。


 キング・リザードマンは湖畔エリア内での無双配信中に倒している。


 一方、残りの3体のイレギュラーとは初遭遇だった。


 1体は人型種の魔物の中で最も人間に似ている、ジャイアント・オーガ。


 銀色のような白髪から2本の角が飛び出ており、口からも分厚い牙が覗いていた。


 身長は軽く3メートルを超え、腰みの1枚という出で立ちだったため、剥き出しだった筋骨隆々の肉体全体にミミズのような血管が浮き出ている。


 もう1体はダークナイト・オークだ。


 オーク系の最上位種の魔物で、ダークナイトの由来である全身に漆黒の鎧を着て長剣を持っている。


 だが、あれは誰かの手によって造られた防具ではない。


 一見すると鎧に見えるのは、実は皮膚が変形したものだ。


 それでもダークナイト・オークの防御力は生半可なものではなく、アースガルドの一流の名工が鍛えた剣でも滅多に刃が通らないことで有名だった。


 ただ、この2体はキング・リザードマンと同じ人型種ということで闘いやすいと言えば闘いやすい。


 では、残りの1体はどうだろう。


 俺は地上にいた3体のイレギュラーたちから視線を外し、上空へと顔を向けた。


「ケラアアアアアアア」


 3体のイレギュラーの頭上で旋回しているのは、独特の鳴き声を発しているエンシェント・ワイバーンという翼竜種の魔物だ。


 リザードマンと巨大鳥が融合したような姿かたちをしており、全長は10メートル以上で体重は300キロは軽く超えているだろう。


 バサバサと音を立てながら翼を動かし、頭上から俺のことを血走った双眸で睨みつけている。


 さて、どうするか。


 明らかにあのエンシェント・ワイバーンが1番強くて厄介だ。


 まず他のイレギュラーたちとは機動力が違う。


 単体の戦闘能力も相当に高いが、戦況が悪いとなればすぐに飛行して逃走する知能も持ち合わせている。


 ならば、やはりここはエンシェント・ワイバーンから先に倒すか。


 などと戦略を考えていた矢先、エンシェント・ワイバーンを除く他の3体のイレギュラーが突進してきた。


「エリー、俺から離れていろ」


 俺は頭上で飛んでいたエリーに顔を向けずに言う。


「了解や」


 エリーは大人しく俺の指示に従った。


 ドローンを持ちながら俺から離れていく。


 視聴者の皆には悪いが、ここら先の無双配信はなしだ。


 その代わり、一刻も早くこの迷宮街の大惨事を終わらせる。


 俺は一糸乱れぬ速度で間合いを詰めてくる3体のイレギュラーを迎え撃った。


 戦況的には1対3。


 けれど、今の俺にとって迫りくる3体のイレギュラーは敵ではない。


 なぜなら、配信を気にせずに思う存分と闘えるからだ。


 俺は全身の聖気をさらに倍増させると、地面を蹴って3体のイレギュラーに突進した。


 最初に狙いを定めたのは、3体の中で機動力が高かったキング・リザードマン。


「ギシャアアアアア」


 キング・リザードマンは右手に持っていた長剣で攻撃してくる。


 遅い!


 俺は袈裟に斬ってきたキング・リザードマンの斬撃を紙一重で躱し、体格差を埋めるために跳躍して顔面に〈発勁〉による突きを放った。


 バガンッ!


 俺の突きをまともに食らったキング・リザードマンの頭部は、火薬が爆発したように爆裂四散する。


 そのまま俺は着地するや否や、地面を蹴って近くのダークナイト・オークの懐に飛び込んだ。


「ハッ!」


 そして裂帛の気合とともに、ダークナイトの腹部にゼロ距離からの掌打――〈聖光・波濤掌はとうしょう〉による攻撃で内臓器官をグチャグチャにして絶命させた。


 次はお前だ!


 続いて俺はジャイアント・オーガをキッと睨みつける。


 ジャイアント・オーガは、この日本で〈鬼〉と呼ばれる空想上の魔物と酷似している。


 主な攻撃方法は手製の棍棒か素手で、目の前のジャイアント・オーガも巨大な棍棒を持っていた。


「グラアアアアアアア」


 ジャイアント・オーガは大気を震わせるほどの雄叫びを上げ、俺を頭上から圧し潰すために棍棒を大きく振り上げた。


 もちろん、その瞬間を俺は見逃さない。


 俺は〈箭疾歩せんしつほ〉を使って瞬時に間合いを詰めると、右手を素早く手刀に変化させてジャイアント・オーガの首を真一文字に切りつけた。


 ザシュッ!


 本物の刀よりも切れ味があった俺の手刀打ちによって、ジャイアント・オーガの分厚い首がゴロンと地面に落ちる。


 残りはお前だ!


 3体のイレギュラーを瞬殺した俺は、最後に残るもっとも厄介な相手――エンシェント・ワイバーンを見上げた。


「――――ッ!」


 そこで俺はハッとした。


 エンシェント・ワイバーンは大口を開けて〈魔砲〉の準備を始めていた。


 青白い光の魔力を限りなく圧縮し、文字通りのを放とうとしている。


 以前にダンジョン協会の本部で闘ったメタル・タートル。


 あのメタル・タートルが放った〈魔砲〉よりも、さらに威力が数段上の〈魔砲〉なのは間違いない。


 などと判断したとき、俺はすぐに振り返って上空を飛んでいたエリーに向かって跳躍する。


 次の瞬間、エンシェント・ワイバーンの口から強力な〈魔砲〉が撃たれたことは気配でわかった。


「エリーッ!」


 俺は叫びながら、空中でエリーとドローンを両手で抱き締めた。


 ドガアアアアアアアアアンッ!


 エリーとドローンを抱き締めていた俺は、数秒後に襲ってきた凄まじい衝撃と爆風によって吹き飛ばされた。


 だが、俺はそれでも冷静に着地点を見極めていた。


 軽く10メートル以上は吹き飛ばされたものの、俺はエリーとドローンを守りつつ地面に着地したのだ。


 俺は〈魔砲〉が直撃した場所を食い入るように見つめる。


 〈魔砲〉が直撃した場所には巨大な円形状の穴が空いていた。


 それだけではない。


 円形状の穴からは大量の土煙が上がり、周辺にはこんくりいとの欠片が無数のひょうのように散乱している。


 そしてその場所には3体のイレギュラーの死体があったはずだが、〈魔砲〉のあまりの威力によって灰塵と化したのか死体は消滅していた。


「ケン、助かったわ。ホンマにおおきにな!」


 胸の中でエリーが感謝の言葉を述べてくる。


「馬鹿、仲間を助けるのは当たり前だ。いちいち感謝するな」


 俺はエリーの無事に胸を撫で下ろす。


 掛け値なしの本音だった。


 エリーはアースガルドで10年以上も付き合いがあった大切な仲間だ。


 こいつが傷つくということは、俺の五体も傷つくことに等しい。


 そんなエリーの無事を確認したのも束の間、俺は〈魔砲〉を放ってきたエンシェント・ワイバーンがいた場所を見て舌打ちした。


 エンシェント・ワイバーンは追撃してくるどころか、〈魔砲〉を放った直後にこの場から逃走していたのだ。


 現に遠ざかっていくエンシェント・ワイバーンの姿は豆粒ほどの大きさになっている。


 知能が高いエンシェント・ワイバーンは上空から見ていて理解したのだろう。


 俺という存在と闘えば、自分も致命傷を負うか死んでしまうことに。


 ゆえにエンシェント・ワイバーンは〈魔砲〉を囮に使って即時逃走したのだ。


 自分も殺される可能性がある強い獲物よりも、確実に殺せるもっと弱そうな獲物を求めて。


「エリー、少し離れても俺の居場所はわかるな?」


 そうたずねると、エリーは俺の言いたいことがわかったのだろう。


 笑顔で大きくうなずいた。


「もちろんやで。せやから、早くあいつを追っていって倒さなあかん。もしも一般人の集団を見つけたらあいつは皆殺しにする」


 俺もそう思った。


 だからエリーに問うたのだ。


 エンシェント・ワイバーンを追うため、これからお前が追いつけない速度で移動すると。


 それをエリーは理解してくれた。


「ケン、うちのことなんて気にせんでええ。それに魔王のことも一旦はお預けや。まずは目の前の無辜むこの民の被害を食い止めることが優先やで」


「ああ、そうだな。じゃあ、あとで追いついてこいよ」


 そう言うと俺は、両足に聖気を集中させて〈箭疾歩せんしつほ〉を使った。


 だが、このときの俺は気づかなかった。


 先ほどエリーを〈魔砲〉の衝撃から守ったとき、ドローンのコントローラーのライブ配信ボタンが偶然にも押されてしまっていたことに――。

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