真っ白な世界にいた。
しずかだ、遠く鳥の声が微かに聞こえてくる。
里山に近いひまわり畑の間の道がまっすぐどこまでも続いていく。
俺はベンチに座って道の先をじっと見つめていた。
隣に人間大になったレッドドラゴンが座っていた。
なんだかサングラスを掛けている。
なんでだ?
「というか、ここはなんだ?」
唐突にドラゴンさんが声を上げた。
「しゃべれるんだ」
「古竜なめんな」
「ここは浄化の世界かな、外では時間が止まっているよ。ここでこれまでの人生の後悔していることや心残りを吐きだして綺麗になってまた輪廻転生の道を歩き始めるんだ」
「へんな事をするな、こっちの神は」
そういやそうだな。
というか、神道だと黄泉比良坂を下って冥界へと旅立つ物だろう、六道輪廻は仏教の考え方だ。
でもなんか、俺は権八を見送ったこの場所が好きだな。
権八はどこかの異世界か、現世のどこかで生まれ変わっているのかな。
「心残りとか無いの? ええと」
「暴虐竜帝レグルス様だ、小僧」
「新宮タカシだよ、レグルスさん」
「タカシか、覚えておこう、というかこの体は分体だからな、倒されても魔力が散じるだけだ、滅びる訳では無いわ」
「本体は魔界?」
「魔界」
そうかあ、やっぱり迷宮の魔物はアバターなんだなあ。
なんかへんな事になってるなあ。
「ここはどうやったらほどけるのだ?」
「解らないなあ」
俺はぼんやりとレグルスさんと一緒に風景を見ていた。
「綺麗な場所だな、昔、見た事がある里のようだ」
「向こうではどこに住んでるの?」
「火山」
赤竜だからね、そりゃあ火山でしょう。
「心残りとか吐き出さないといけないのか」
「そうかもしれない」
「変なまじないだな……。そうだな、前にここに来たとき、綺麗な娘を見て、さらって帰りたいなと思ったのだ」
「さらったらいけないよ」
「竜とはそういうものだからな、綺麗な乙女は大好物だ」
喰うのかよ。
「その時に、こっちの軍の鉄砲に打たれて、ブレスを吐いたら娘もろとも丸焦げになってな、残念だった、心残りだ」
「そ、そう……」
ゆかにゃんの事かな。
竜が魅了されるほど綺麗だったんだなあ。
「そんで、一週間暴れて帰る時に魔王に聞いたんだ。あの子とまた会いたいのだが、どれくらいで俺のフロアに上がってくるかって」
「フロアボスなの?」
「120階」
サッチャンの上の階かよ。
「人間は死んだら生きかえらないので無理と言われた、なんだか寂しくてなあ、人間ってそんなに脆い生き物なのかと思ったぞ」
「死んだら大体生きかえらないよ、あの道の先で別の生命に生まれ変わる、っぽい」
全部生まれ変わるのかな。
地獄や極楽は無いのかな。
いろいろと謎が深まるが、まあ、俺は権八は異世界に転生してるって信じるし、いつか会って今度は友達になれるって信じてる。
かーちゃんも異世界転生してるしな。
俺はポケットからDスマホを取りだした。
さすがにこの空間では電波は拾えないか。
一応一曲だけ、ゆかにゃんの動画をダウンロードしてある。
「レグルスさんの言う娘ってこの子?」
レグルスさんはサングラスを押し下げてスマホを見た。
「おー、これこれ、有名な奴なのか」
「死んじゃったのでなおさら有名になったよ」
「そうかー」
Dスマホの画面にレグルスさんの前足が触って動画が動きだした。
ゆかにゃんの綺麗な歌声が鳴り響く。
「ああ、こんな声の娘だったのか」
目を閉じてレグルスさんは、ゆかにゃんの歌に聞き入っていた。
「綺麗な歌だ、ああ、なんだか良いな」
ゆかにゃんを焼き殺したドラゴンさんが彼女の歌を聴いて感動している。
なんだか変な状況だなあ。
「これをくれ」
「駄目だよ、俺の電話だし。魔王様に言って貰えば良いじゃないよ」
「そうか、魔王に言えば良いな、これは良い事を聞いた」
「もっと画面が大きくも出来るし、外付けでスピーカーを付けるともっと良い音で聞けるよ」
「なんだと! それは良いな、よし、今回の魔王の不始末で強奪してやろう」
「そうそう、サイズが合わない階に呼び出されては困るよね」
「まったくだ、動けないからタカシにやりたい放題された、謝罪と賠償を求めてやろう」
「頑張って」
レグルスさんは立ち上がった。
「たぶん、あっちの道に行くとこの場所はほどけるな」
「やっぱり移動が鍵になってるんだ」
「心残りを語ったら、あっちに行く衝動が生まれた、では解こう」
「ここから出ると、死んじゃうけど、いいの?」
「一週間通路に詰まりっぱなしはそれはそれで嫌だ、分体がやられる方がましだな」
それもそうか。
「人間と話せて愉快であったぞ、タカシ。ワシは120階で待っておるから早く降りてこい、あそこは広くて飛行も出来る、本当のワシの恐ろしさを見せてやろう」
「ああ、俺も楽しかったよ、レグルスさん。機械の解らない事があったら、サッチャンかサチオに聞けば解ると思うよ」
「うむ、あの娘の現し身を見るのは楽しみだ」
「あの子は、木の下ゆかりさん、ゆかにゃんって呼ばれてたよ」
「ゆかにゃんか、解った、覚えておく、ではな」
レグルスさんは前足をひらひらと振って二本足でひょこひょこと歩き出した。
俺は彼が小さくなっていくのをずっと見つめていた。
また120階で会おう、レグルスさん。