みのりとマリアさんの楽屋でお茶をご馳走になる。
ちゃんとした粉から入れたコーヒーだな。
コクがあって美味しい。
チアキがミルクと砂糖をいっぱい入れていた。
豪華なトレーラーハウスでくつろいでいると、ここが湾岸の公園に居るとは思えなくなってくるね。
ソファーも革張りだし。
『マイケルたちも来ているわよ』
『それは心強い、パティさんに挨拶しておこうかな』
『ふふ、マイケルじゃないのね』
『こういう時は、マイケルよりもパティさんの方が頼りになりそうですよ』
『そうかもしれないわね』
マリアさんはおっとりしていて、アーチストって感じだなあ。
本当ならば俺なんかは声も掛けられないビックネームなのに、人の縁とは不思議なものだね。
「さて、じゃあ、観客席で見てるから」
「え、いっちゃうの、ずっと居て、というか、一緒に舞台に出ようよ」
「無茶言うな、Dアイドルになるのが夢だったんだろう。夢は一人で歩いてつかむものだ」
「う、うん、そのあの、がんばれって言って」
「がんばれ、みのり、みのりならできるっ」
「うん、うん、頑張るよタカシくんっ、元気出た、ありがとうっ」
みのりは俺の手を握って深くうなずいた。
さすがにデビューライブのプレッシャーは凄いのだろう、手が小さく震えている。
俺はみのりの小さな手を握り返し引き寄せ、肩を抱いた。
「みのりは最高だから大丈夫だ、自分を信じろ」
「あっ、うっ、うんうん」
みのりは真っ赤になって震えが止まった。
ヨシ!
「じゃあ、観客席で見ているから」
「うんっ、頑張る!!」
声にも力が戻ったな。
よしよし。
俺たちはトレーラーハウスから出た。
「……、泥舟兄ちゃん、なんでタカシ兄ちゃんは普段鈍感なのに、時々死ぬほどジゴロみたいになるの?」
「うん、結構昔からだよチアキちゃん」
「え、これくらい普通だろ?」
何を言っているんだ、チアキも泥舟も。
「なんだかスパダリみたいでした~、峰屋さん良いなあ~」
「スパダリってなに? マリちゃん」
「スーパーダーリンの事です。無自覚なんですねえ」
「肩を抱いて、甘い言葉を吐いて、チャラ男かと思ったぞ」
「鏡子ねえさんまで」
女の子に優しくするのは普通の事だと思うんだけどなあ。
誰も解ってくれない。
ライブの準備がちゃくちゃくと進んでいる。
スタッフさんたちが右往左往しているね。
『サザンフルーツ』のリハーサルは終わったらしく、女の子たちも、ヒデオさんも居なくなっていたが、ステージの端に見えないゴリラが立っているのは感じた。
時々スタッフさんがぶつかって「?」という顔をしていた。
観客席に異様な覇気がある外人の男がいた。
配信冒険者のランカーかな?
「あいつ、強そうだな」
「そうだね、喧嘩を売ったら駄目だよ、ねえさん」
「だめかあ」
「だめです」
厳つい顔でサングラスを掛けていて、真っ赤なスーツをりゅうと着こなして、パイプ椅子に座ってプログラムを読んでいた。
なんだかあそこだけ北斗の拳みたいな感じになっているな。
ああ、ラオウに似ているんだ。
重戦士かな。
「外国のランカーさんかな」
「うーん、大体のランカーの顔は知ってるけど見たこと無いね」
Dチューバー博士の泥舟が知らないとなると無名の大物か。
あんまりじろじろ見ると失礼だな、もうすぐ開場だし。
俺たちはゆっくり会場を移動しながら観察していく。
スタッフの中にも強そうな人、Dチューブの配信で見た人なんかがいた。
DアイドルのスタッフにはDチューバー多いからね。
「お、『タコイチ』アタック開始だ」
「川崎きてんだから、マリエン来いよだよなあ」
「『Dリンクス』に喧嘩売ってるんだから、切符貰えなかったんじゃね?」
スタッフが物陰でサボりながらDスマホで配信を見ているようだ。
そうか、『たこ焼き一番』はダンジョンアタック中か。
無事に40階のフロアボス『マンティコア師匠』を倒せるかな。
俺たちは駐車場まで戻ってきた。
一緒に来たみんなはどこで待ってるのかな。
「新宮~」
東海林が駐車場に仮設されたカフェテラスから声を掛けてきた。
『オーバーザレインボー』だけじゃなくて『ラブリーエンゼル』もいて、お茶を飲んでいたようだ。
「高橋社長から伝言だ、開場になったらスタッフが案内するから、ここでお茶でも飲んで待っていてくれ、という事だ」
「そうか」
俺はコメントチェッカーを見た。
もちろん配信はしていないから、デジタル時刻表示の方だが。
開場まで三十分ぐらいあるな。
「サッチャンの配信、色々うろうろしていて面白いお」
高田くんがDスマホを見ながらそう言った。
「待機列に直撃してるっすねえ、いやあ、沢山いるっす」
俺は場外の方を振り返った。
柵の向こうは人が沢山並んでいるな。
なんだかサイリウムを持ってる人が多い。
昼間のライブでも振るのか?
「私はBLTサンドとホットコーヒー」
鏡子ねえさんがちゃっかりコーヒーとサンドイッチを頼んでいた。
朝ご飯食べたろう。
「私はパインジュースとアイス~~!」
食欲姉妹はマイペースだな。