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第二章 07話『帰路』

 鬱蒼と生い茂る木々の中を、草をかき分けながら進む。アルビに聞いた所、まだ日は登っているそうだ。ウチとエムジは今目が見えないので日光の状態がわからん。



「方向はこっちで有ってるのか?」


『あぁ大丈夫だ。いくつかのサーバーで位置照合してるから心配無い。……このペースだと1日強って感じだろうな』


「シーエは途中休憩したいだろうし、実際はもう少しかかりそうだね……」


 空を飛べば数時間の距離も徒歩だと途方もなく時間がかかる。徒歩だけに。

 食事は無頭の女性の肉があるし、水分も先ほど手に入れたため不安はないが……


 今の季節は春。気温は特に高く無いので水分無しでも1日くらいはいけると思っていた……ところに偶然、川を発見したのだ。水はあるに越したことはない。

 『腹壊すんじゃないか』とエムジに心配されたが、ウチは医療系の稼働魔術を使えるみたいで、水の中に入ってる有害な雑菌は除外できた。

 それに漠然とだが、ウチの胃腸は丈夫な気がしている。……そうでもなかった場合はその辺で脱糞することになるが、背中のエムジには全て見てもらえるのでそれはそれでご褒美だろう。



『……よくわからんが、何か吐き気がする』


「胃も食道も無いのに?」


『気分の問題だよ。つーか多分お前のせいだ』


「ウチ何もしてないよ!?」


 考えてただけだ。脳内で何考えてようと自由だろうが。

 心の中で悪態をついていたら、エムジが声色を変えて話しかけてくる。実際には声ではなく思念なのだが……まぁトーンが変わってるってことだ。



『さっきの質問の件、聞かせてもらってもいいか?』


「ああ……」


  グーバニアンとの戦闘中には、色々と気になる情報が出ていた。──主にウチの記憶から。



「そのくらいの罰で、許される罪とは思って無い。これは二体目の無頭の女性にとどめを刺す前に、唐突にウチに頭に沸いた言葉だ」


『拷問してくれよって件の直後か』


「そう……。やっぱりエムジの言う通り、ウチは奴らの動機を知ってるんだと思う。完全にではなくても、少し情報を引き出すことには成功してたんだろう。そんな重要な情報持ってて、何記憶喪失になってんだか……」


『そこは気にすんな。聞いた話だがアルビに助けてもらったんだろ? むしろお前が生きてたからこそ、少し情報が手に入りそうなんだ。前向きに行こうぜ』


「そうだな。サンキュエムジ。アルビもマジでありがとうな」


「えへへー。感謝せよ!」


「ははー」


 確かに、覚えてないことに歯がゆさは感じるが、逆に少し覚えてる事もある。これは役にたつ情報になるはずだ。



「……現在、グーバニンア及びグーバスクロ国全体の目的が一切不明なんだよな?」


『そうだ』


「ウチの中に眠ってる情報は、戦局に影響を及ぼす可能性はあるな……いやー5年前、死ななくてよかった」


 厳密にはアルビの脳にウチの人格がコピーされた状態だから、ウチは死んでる様な気もするが……今ウチを動かしてるのはコピー人格だし。

 でも今動いてるのはこの人格しか無いんだから本物かどうかとか考えてもしかたない。



「もう日記に書いてあるだけの情報なんだけど、ウチが記憶を失って一番はじめに回収した脳がアルビだったみたいなんだよね。目の前に生首落ちてて。あの時とっさに回収してなかったら、ウチもアルビも死んでたみたい。マジで運が良かった」


『………………は?』


 生きてて良かったと噛みしめてみたら、エムジが呆けた声を出した。どした?



「エムジ?」


『あぁ、いや、詳しい経緯は聞いてなかったから。アルビが死に際にシーエの人格をコピーしたのは知ってたが、目の前に生首ってどういう状況だ?』


 確かに。ウチは”アルビに助けられたけど結果的に記憶障害になった”としか伝えてなかった。あの日にあった出来事を詳しくは伝えて無い。実際悲惨な事件だったんだろうし、アルビの親しい人が沢山亡くなってるはずだから……



「大丈夫だよシーエ。ボクの心配は」


 ウチが言いよどんでるのに気が付いたのか、アルビが気を使ってくれる。だったら大丈夫か。

 ウチはエムジに、日記に書いてあるあの日の内容を詳細に伝えた。



『──とんでもない偶然が重なったんだな』


「ホントそれな。アルビがウチの人格をコピーしてくれなかったら、二人とも死んでた」


『左手を失う程の戦い……目の前にあった女性の生首……完全に無くなった記憶……』


 エムジは何やらブツブツ言ってる。



『何か映画みたいだな』


「どんな感想やねん」


 ……真剣に考えてると思ったら何を考えてるんだコイツは。



「話戻すぞ。とにかく今回ウチが感じた事は、敵側にも何かしら確固たる事情があるという事だ」


「事情?」


 アルビが首を傾ける。



「そう。前エムジが言ってたじゃん? 宗教でも資源でも正義でも何でもいいって。理由があるはずだって。あたりまえだけど、理由があったってことだと思う」


『俺も同意だな。しかもその動機、複雑で根が深そうだ』


 無実の人々を惨殺するクソ野郎ども。そんな相手にウチはあろうことか憐れみを感じた。それほどの理由が、奴らにはあるのか。



『最後にシーエがあの言葉を言ったら、二体目の無頭の女性は突如爆発した。何かしらの核心にせまる要素があったんだろうな』


「ウチもそう思う。奴らは、罪と自覚しながら惨殺を繰り返してる……のかもしれない」


『かもな。だからって許せる訳ねぇが』


「そりゃそうだが」


 苦しみながら、殺しをしているのだろうか。だからウチは、早く殺してあげたいと思ったのだろうか。だからあの妹は、姉を殺してくれてありがとうと言ったのだろうか。

 だとして、いったい何のために……。これが全く分からない。そんなに罪を自覚しながら、何故人を殺すのか。何が彼らを動かしているのか。



「結局核心はわからずじまいか……」


『しゃーない。すぐに答えが出る訳じゃねぇしな。ただ、何の目的かはわからんが、奴等は快楽で殺人してる訳じゃねぇみたいだな。俺が見た、一体目の無頭の女性。奴がいきなり止まったのもその時は不思議だったが、今は少し解るかもしれん』


 ウチが少女の母親から脳を摘出した場面の話だろう。あのとき急いで帰ったウチが見たのは、少女の方を見て立ちつくす無頭の女性だった。


 妹は姉に愛情を持っていた。つまり奴等にも愛はある。エムジも戦争前にグーバスクロ人と話したが普通だったと言っていた。ルーツは違えど種族は人間。これは同じなんだろう。

 その上で自分たちの行いを罪と認識している……。二体目の女性は拷問をしてほしそうにしてる節すらあった。もっと自分を苦しめてくれと。これはウチの思い込みかもしれないが……罰してほしいのだろうか。誰かに。


 グーバニアンは狂兵士と呼ばれているが、もし狂ってなかったら? 狂った様に見える動きをしてるだけで、もし中身が正常だったら? 目の前に、母の死を悲しむ少女がいたとして、その子を殺さないといけないとして、中身が正常なら、一瞬、躊躇してしまったとしても……



「ぐふぅ!」


 ウチは唐突に吐いた。ああ、折角摂取したカロリーが。まだ消化しきってないのに。



「シーエ!?」


『大丈夫か!?』


 二人が心配してくれる。おーけーおーけー。大丈夫。



「いやー、もしグーバニアンが狂兵士じゃなくて、中身正常だったらって考えたら……。急に気持ち悪くなってな」



 そしてそんな奴らに同情してしまった、自分に。



『どんな事情があるか知らねぇが、奴らのやってることは確実に間違いだ。俺らが殺してるのもしかたねぇし、そうしなきゃ無実の人々を守れない。お前がした行動や決断も正しい。相手に同情の必要だって無いぞ? 深く考えるな』


「いや、同情して吐いたんじゃなくて……同情した自分が気持ち悪くて吐いたんだ」


「……シーエ?」


「あいつらは、ズンコを殺した奴らなのに」


 アルビもエムジも黙り込む。ウチは吐いた分のカロリーを取ろうと持ってきた無頭の女性の肉を再び食べる。



「吐いたばっかなのに、そんな食べちゃだめだよ!」


「大丈夫大丈夫! カロリーとらないとな。これからも、ウチはグーバニアンを殺して行くんだから。また敵に会うかもしれないし」


『……そうだな。結局、やることは変わんねぇ』


 グーバニアンと戦いながら、ウチの記憶のカギを探す。敵の動機がわかれば、変わる戦場もあるだろう。

 出発前は単に自分の過去が知りたかっただけだが、どうもその記憶には戦争に影響を及ぼす情報がくっついているらしい。なんとまぁ、我ながら不思議な感覚だ。ウチは大局に影響を及ぼすような人間じゃ無いと思うんだがな。

 ともかく、記憶の手掛かりを探す重要度が、今回の件でかなり増した。今回は相手の心境は少しわかったが、何故そうまでして虐殺を繰り返すのか、目的は不明のままだ。もしソマージュでこの手掛かりが手に入るなら、それはとても重要な戦争の手掛かりだろう。



 休憩を含めながら歩く事2日弱。ウチ等は目的地であったキャドにたどり着いた。

 エムジの体の新調と、ウチの足と目の治療。そして今度こそ、ソマージュに向けて旅立つために。


 再びこの地に帰ってきたのだ。

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