予想外の自体だった。まさかソマージュに何の手掛かりもないとは。いや、逆に手掛かりがなかったことが手掛かりなのかもしれない。
ウチは、ウチはいったい何者なのだろうか──
汽車での移動は数週間かかり、途中で宿に泊まりつつ乗り継ぎを繰り返して目的地まで到着した。エムジの体が大きく、汽車に乗れなかったときは正直焦ったが……結果汽車の屋根に乗る形で旅をしたので問題は無かった。……問題無かったのかな? 端から見たらめっちゃシュールな光景だったと思うけど。なお会話は思念魔力で行ってたので車内と車外でも特に問題は無かった。こっちはマジで問題無し。
キャドまでの旅みたいにエムジを見ながらは移動出来なかったが、そもそも今はあのイケメン姿ではないのでじっくり見なくても良いっちゃ良い。あぁ、やっぱりあの肉体がある内に色々エロい事したかったぜ。
……ソマージュ付近に到着し、軍の駐屯地へ向かったウチには衝撃の事実が待っていた。
「ウチの名前が……無い?」
元々自分は記憶喪失なので名前は覚えてないが、5年前にこの辺にいた軍人にそれらしい名前が一つもないのだ。”し”という音と”え”という音は覚えていたのでシーエと名乗ってるが、その2つが付く名前が無いのだ。
これはいったい、どういう事だ?
『し、え、に関してもそもそも記憶違いなんじゃね?』
エムジは気楽に言うが、それは薄いと思う。1ヶ月で記憶を失うウチだが、し と え に関しては微妙に自信がある。
それにもしその2文字が勘違いだったとしても、ピンとくる名前が一つもないのも変だ。
『可能性としてはいくつかある。一つはさっき俺が言った、記憶の祖語でそこに名前はあるが、完全に忘れているヤツ。もう一つはお前が元々ここにいなかったって事だ』
「どういうことだ? 後者は」
『ソマージュに移動中だったって事だ。軍人はずっと同じ場所にいる訳ではないからな。ソマージュの駐屯地に移動しようとしていた、それか特に関係無い別の理由でこの辺にいたか』
「駐屯地を目指してたなら流石にそういったリストはあるはずだし、そもそも近くの街でテロが起きたんだ。後にここの軍人が複数駆け付けてるはずだが、その際にウチが行方不明として扱われるだろうよ……。ってことは関係無い理由でこの辺にいたってのがしっくり来るな」
駐屯中の他の軍人に「ウチの顔に見覚えは無いですか」と聞いて回ったが、誰一人知らなった。まぁメンバーも当時とはずいぶん違うらしいから、こっちには元々あまり期待してなかったが。
それとは別に同時に驚いたのが……皆軍服を着ていた事だ。
いや、軍人なのだから当たり前だが、じゃあウチは何なんだ? 記憶を失った当初、今と似た様なファッションをしていたと日記には書いてある。軍服着ない軍人なんているのだろうか。
『別に軍人だって四六時中軍服着て無いだろ。オフの日とかで、たまたまお前はこの近くに来てたんじゃないか? ……アルビ、聞きにくいが、シーエと知り合いだったって事はないか? ソマージュにシーエの知り合いがいて、襲われてるのを見て助けに入ったという事は無いか』
「え? えと……ない、はず」
どもるアルビ。アルビだって当時の記憶は無い。襲われたのは街全体だし、ウチがもしソマージュに知り合いがいてこっちに来てたとしても、知らない人間の可能性の方が高いだろう。
「ウチは何をしていたんだ……。何が目的でここに……」
ソマージュに親しい人がいたのだろうか。でも、その人の事は全く覚えてない。ズンコは忘れてしまってからも想いだけは残ってる。ズンコ以外にも、心に穴が開いている気がしているが、それは恐らく軍人になったきっかけの出来事なんだろうと思う。
(ウチが忘れてしまってるその人は、今どうしてるかな)
死んでしまってるのだろうか。その人をウチが想ってあげられないのは、とても悲しい事だと思う。
天国があるかなんてわからないけど、もしその人が天国で寂しがってたら嫌だな……。ウチがもし死んで天国行ったら、思い出せるかな?
脳が破壊され、コピーされた人格で動いてるので実質元のウチは死んでるようなもんだが……でも肉体はまだここにあり、動いている。脳死した体を操ってる様な状態だ。魂がもしあるのなら、ウチの肉体の中に閉じ込められたままなのではないか。
今それを考えても、しょうがないけど。
ともかく、ソマージュで新たな別れを経験した可能性もある。全く関係なく旅の途中で培養液の補充等に立ち寄っただけの可能性もあるが。
結局は何も分からなかったというのが今回の旅の結果だ。ウチの記憶も、グーバニアンの手掛かりも。クソ……。
そんな思考にふけっていたら、駐屯中の軍人がエムジに対して軽く衝撃的な発言をしていた。
「そういえばエムジ、お前軍隊抜けたのな。今はフリーの傭兵か?」
『ああ、そうなんです先輩。すみません突然抜けて』
「いやいや、皆色んな理由があるしな。今の世の中軍人から傭兵へ転職する奴は特に珍しくない。俺としては人々を守ってくれるならどっちでもいいさ。お前からは有力な情報ももらったことだし。今後も頑張れよ」
『有り難うございます』
「しかしお前凄い恰好になったな。そんなに強敵だったか。戦った頭の無いグーバニアンてのは」
『ええ……お恥ずかしながら、コイツがいなかったら確実に俺は死んでました』
そう言いながらウチを指さすエムジ。……え? エムジ軍人やめたの? 初耳だが?
「エムジもう軍人じゃないの?」
アルビがウチが聞きたかった事を聞いてくれる。
『ああ。実はズンコの昇葬をしてたあたりからかな……今はフリーの傭兵になってる』
「マジでか。でもなんで」
「ボクもビックリだよ……」
『理由は3つ。1つは前線に行きたかったから。俺は新兵だし、基本内地の防衛任務が多いんだ。まぁそのおかげてお前等に会えたわけだが……。もう1つは前も話した青臭い理由で、お前らの悲しむ姿を見てて俺もつらくなっちまったから。軍に所属してたら1ヶ月も同じ場所に意味も無くいられないからな。昇葬に立ち会うには軍人だと不便だったんだ。んで最後、これは打算的な理由だが、シーエが役に立つと思った』
「ウチが?」
『実際無頭の女性との戦闘はお前がいなけりゃ勝てなかった。それに記憶喪失でもう軍に所属してないお前なら、一緒に傭兵やれるだろうと思ってな』
傭兵。軍人から傭兵になることに何かメリットがあるのだろうか。ウチはそのあたりをエムジに聞いてみた。
『一番の理由はさっきも言った、自由に戦場を選べる事だな。当たり前だが軍人は軍の命令に従って動く。新兵だった俺は内地の防衛にあたることが多くて、前線には行けなかったんだ。復讐……が俺の一番の目的だったから、さっさと戦いたくてな』
「今でこそ、こんなゴツイ姿だが入ったばかりの頃のコイツ、泣き虫のガキで可愛かったんだぜ」
『やめて下さいよ先輩。その話は。……それに今も、心の中はガキのままです。心の弱さは一切成長出来てませんから』
先輩軍人がちゃちゃを入れる。結構中良さそうだなこの二人。しかしエムジが泣き虫のガキって、想像がつかない。この辺は今度しっかり掘り下げよう。主にウチがエムジを愛でるために。
……つーかエムジは何歳なんだ? 軍人はなんとなく新兵を年齢に関係なくガキ呼ばわりはしそうだが、泣き虫のガキとなるとウチは勝手に少年を想像してしまう。5年前に誰かを殺されて軍人になったエムジ。もしかしてめっちゃ若い?
「心の強い人間なんていないさ。特にあのテロ以降、戦争に突入してからはな。皆どこかに心の傷を抱えてる。俺はその前から軍人だったが、結局戦争で家族を失った。大事なのは心の強さじゃなくて、その後の行動なんじゃないか? お前は復讐と戦争を終わらせるため、軍に入った。どれだけ泣きながらだって、やるべき訓練をちゃんとこなしてたじゃないか。俺は残った家族を守るため、この付近に住んでる家族を見守る形でこの駐屯地にいる」
『俺はもう天涯孤独ですからね。父親は物心つく前に死んでて、俺を育ててくれた母はあのテロで……だから復讐しか考えられなかったんです。今でも、会えるはずもない母に、毎日会いたいと心で泣いてます……。あの日のガキのままですよ。残りの家族がいるなら先輩みたいに守るのが正解ですし、軍人にならないで残りの家族を守るのも立派な選択だと思います』
エムジの大事な人。それは母親だったのか。しかもたった一人の肉親の。
どれだけ、苦しかったろう。どれだけ、悲しかったろう。どれだけ、母を殺したグーバニアンが憎かったろう。エムジが軍隊に入った理由は想像に難くない。
『あぁ、シーエ達には言って無かったな。すまない、別に秘密にしてた訳じゃないんだが……。そうなんだ……俺の母さんが殺されたんだよ。5年前のテロで』
「いや気にして無いよ。言いにくいだろうしね、そういう事は」
機械の体になって表情は見えないエムジ。でもたぶん、悲しい顔をしているんだろう。
『詳しくは今度じっくり話すさ。出来たら聞いてやって欲しい』
「わかった。いつでも、エムジが好きなタイミングで話して」
『サンキュ。ところで、話題が戻るんだが……一緒に傭兵にならないか?』
傭兵。エムジが軍隊を抜けて今なっている職業。それをウチと。
『俺の目的はさっき話したように復讐だ。正確には復讐だった、かな』
「今は違うのか?」
『今でもグーバニアンは憎いが、正直あの無頭の女性との戦闘でよくわからなくなった。お前の記憶も気になるしな。各地で人を守りながら、お前の記憶とグーバニアンの動機を探す。これが今の俺の目的だ。それで最終的には戦争を終わらせて、平和を取り戻す。だからフットワークの軽い傭兵という職は今のおれにピッタリだ』
「そこのエムジみたいに、元軍人の傭兵ってのは一杯いて、軍に協力的なら今のご時世、軍用ネットへのアクセスも許可されてるんだよ、お嬢さん。エムジはグーバニアンの重要な情報をくれた。今後も動機探しに奮闘してくれれば、軍も、ひいてはマキナヴィス全体も非常に助かる」
軍人さん曰く、あの日の戦闘で得た情報は既に共有されていたらしい。そりゃそうだ。相手の動機に関わりそうな部分なんて、さっさと共有するに限る。
奴らが狂兵士に見えるが、何か重要な理由があって人殺しをしている可能性がある事。そのことを罪として認識している可能性もあるという事。
「という事で俺からもお願いだ。エムジを助けてやってくれや」
「わかりました。頑張ります」
「ところで……お嬢さんはエムジの彼女か? えらいエロい恰好をしてるが……エムジはこういう女性がタイプなのか」
「そうなんですよ毎日エロい事されちゃって困ってます。この恰好もエムジの趣味でウチは強制的に露出させられてて……」
『おいぃぃぃ! 何事実無根な事言ってやがるんだ!! 俺とお前はただの知り合い! 友人ですらねぇ!』
「それは流石に酷くないっすか!? 友人ではあるだろ!」
「はっはっは。お似合いだなお二人」
「ホントお似合いだねー。ボクもそう思うー」
『止めてください先輩マジで! アルビもなんでそんな棒読みで同調してくるんだよ!』
「ボクの事はいいからお似合い二人でラブラブしててくださいー」
『おいいいいい!!』
あれこの反応。もしかしてアルビもエムジに気がある? ならウチとアルビは恋のライバル? ……なんかめっちゃ燃える展開やな。性器がまだ存在する分ウチの方が有利と思ったけどエムジに性器が無いや。つかエムジやマキニト達の恋愛ってどうなるの?
マキニト同士の夫婦で子供がいるケースもあるから、子供は培養とかで作れるのだろうが……
話を傭兵の件に戻しまして。
ウチとしても傭兵という選択は願っても無い展開だ。記憶やグーバニアンの動機は探したいし、エムジと目的は似ている。ズンコの件もあって敵への憎しみも消えきってないし。いくら敵が普通の精神構造をしている可能性があるとしても、やはりそれで大事な人が死んだ事実は変わらない。それはエムジも同じだろう。
後にエムジから聞いたが、ウチの記憶が敵の動機の鍵になってるかもしれないという件は軍に報告してないそうだ。それをしたら最悪脳解剖までされかねないからと……。単に記憶喪失で身元不明の元軍人扱いとの事。
脳解剖したところで記憶を吸い出すのはほぼ不可能だが、敵の動機は今マキナヴィス全体が喉から手が出るほど欲しい情報だろう。ウチになにがあるか分からない。
ウチも天涯孤独なら勝利に貢献するため、それも有りだと思うが……今ウチには守りたい人が二人いる。エムジも、ウチを守りたくて記憶の件を伏せていてくれたのなら嬉しいな。
『ちなみに傭兵は収入悪く無いぞ。あの無頭の女性倒した報酬も沢山もらったからな』
「ん? あれ3人で倒したよね!? ウチらの報酬は!?」
『その時傭兵だったのは俺だけだ。故に俺の取り分』
「ひどくない!?」
傭兵は依頼をこなして報酬を得る以外にも、国を守る戦闘に参加すれば軍から報酬が出るとの事だ。依頼内容も基本は現在の戦地への救援がメインだと聞く。
先日エムジが誘うと言っていた仕事は、これか。確かに戦地に向かって戦闘を繰り返してれば勝手に金はたまるから、培養液やパーツのメンテナンスの心配は無くなるな。
いいじゃないか。傭兵。ウチのしたい事も、エムジのしたい事も、全部やれる。二人だけの力は弱いかもしれないが、戦争を終わらせる手助けができる。少しでも多くの人を、救える。
「ボクは反対かな……」
どこかで聞いたような、正確には日記で読んだセリフが、再びウチの背中から聞こえた気がした。
さっきまでの棒読みとは全く違った、真剣な、暗いテンションで。