純白のグーバニアンとの戦闘は長引いた。相手も近接特化型の戦闘スタイルな様で、狭い部屋はお互いに動きやすいフィールドであり、どちらが有利と言う事もない。
激しい刃物と骨、魔力と魔力のぶつかり合いが生じ、室内はどんどん破壊されていく。床に横たわる遺体、彼が生前暮らしていたであろう大切な空間が、破壊されていく。
勝敗を分けたのは恐らく最初の一撃。腹を裂かれた敵は常に魔力で傷を抑えていたが、敵の意識が攻撃にそれる際には魔力のコントロールも難しくなる。その隙にウチは魔力で傷を開き、敵の腸を露出させる。流石に魔力が使えるとはいえ内臓にダメージを追うと行動が不利になるので、敵は防御に回らざるを得なく、攻撃の手が止まる。そこにウチが攻撃を別角度からねじ込めば、新たな傷の完成だ。
そして数分後、ついに決着がついた。しんどい相手だったが何とかウチは勝利し、敵の四肢と背中の脳を捥ぐ。
……戦闘でいくつか脳を消費したので、その分は敵の背から奪い補充した。
「ぐぅ!」
敵の苦しそうな声。こちらの思念魔力により、脳のハックは出来ずともある程度信号を操る事は出来る。無頭の女性も言っていた、痛覚の増加だ。こっちの背の脳は4つ、相手は0。この演算力の差では相手は痛覚の強制コントロールに抗えない。
『があ!』
声帯を破壊したので思念魔力が飛んでくる。自殺しようと稼働魔力で脳を破壊しようとしてるみたいだが、こちらからさらに強力な魔力で相手の脳を庇っているので自殺も出来ない。
今敵は苦しみの真っただ中にいるだろう。体はどんどん欠けて小さくなっていく。顔が苦痛に悶えている。それなのに。
(なんで同時に、安心した様な、肩の荷が下りた様な表情もするんだ……!)
許される罪とは思って無い。以前無頭の女性との戦闘の際に、ウチの中に出て来た言葉だそうだ。コイツも同じなのだろう。拷問くらいでは許されない罪を、自覚しながら殺戮を繰り返している。
対してウチも、早く殺してあげたいと思ってしまっている。何なんだこの感情は。グーバニアンは、ウチは、何者なんだ。
その間も拷問は続く。許される罪で無いと思っていたとしても、苦しい事は苦しいはずだ。その場の痛みから逃れるため、情報を漏らさないとも限らない。ウチは出来るだけ熱くならない様に気を付け、質問をしていく。
「おい! ウチはいったい何者なんだ! 教えろ!」
ダメだ。やっぱり熱くなってしまう。目の前に答えがある。ウチがエムジを苦しめた張本人かもしれない。それらの情報が頭の中を駆け巡り、思考を焦らせ、鈍らせる。
『その前に、一つ、質問させて下さいまし……』
「聞いてるのはこっちだぞ。お前に質問の権利はない」
『貴方は本当に、記憶が無いのですか?』
「だからそういってるだろうが!! 教えろよウチの正体を! ウチの、お前らの目的を!! 何故無実の人を殺す!! 何故ウチは、エムジのお母さんを殺さなきゃいけなかったんだ!!」
ウチの記憶の有無を確認した純白のグーバニアンが、つぶれた声帯で、「よかった」と言ってほほ笑んだ気がした。
「……」
何なんだ、何なんだコイツ。何でずっとウチの事をそんな優しい目で見る。こんなに拷問してるのに、苦しめようと、殺そうとしてるのに。
『……教える事は、出来ませんわ。グフッ……。あなたはこれからも、生きるのでしょう?』
「生きるから何だってんだ! 早く教えろ! 答えようによっては拷問も止めるし、応急処置もしてやる」
『どんなに苦しい目に合っても、死んでも、答え、られません、わ……。だって、あなたには……』
幸せになって、もらいたいから。
純白のグーバニアンはそう言ってほほ笑んだ。訳が分からない。さっきは死ねと言ってきて、今度は幸せに生きろと……
何で、こいつはこんなに、ウチの幸せを願っているんだ。何でそんなに、優しそうな顔をウチに向けるんだ。
『これ、を……』
彼女は既に無い手をかざす様な仕草をし、魔力でウチに何かを渡してくる。
「これは…!?」
信じられない物が空中に浮いていた。
虫の、髪飾り。サンヨウベニボタルの。ズンコが、していた、あのホタルの……。
何故、ここでズンコが……ウチはグーバニアンの目的が知りたくて、エムジの街を襲い、お母さんを殺した理由を知りたくて、そしてエムジに謝りたくて、死にたくて、コイツを拷問してるのに。
突然出された、繋がりのわからないズンコの情報。ウチの頭はますます混乱する。
『これからの人生も、生きる、あなたには……。ズンコさんの、彼女の最期を、伝えておかなけば……』
そういって純白のグーバニアンは語りだす。あの日、何があったのかを。
混乱するウチを置いたまま……。
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凄まじい爆発音がした後、シーエちゃんとお客さんは外を見ていた。ワタシが何があったのか聞く前に、店先に置いてあった武器を持ち、二人と背中に乗ったアルビちゃんは音のした方に駆け出して行った。
「シーエちゃん!」
急いで店先に出て声をかけたけど、もう二人は遥か彼方。ワタシの声は届かなかった。
きっと、グーバニアンが攻めて来たのだろう。先ほど見たニュースみたいに。でもまさか、こんなに早く、近くでテロが起きるなんて。
もっとクローン脳を渡しておけばよかった。三人が出る前に少し待っていてくれたら、いくらでも渡したのに。シーエちゃんは元軍人だと聞いている。お客さんも軍服を着ていたから、たぶん軍人なんだろう。戦闘面ではエキスパートなんだろうが、それは相手も同じはずだ。三人が、無事である保証は無い。
「神様。どうか、三人が無事でありますよウに」
ワタシは、いつもみたいに神に祈る事しかできなかった。いる保証の無い神に。でも、縋るしか無い神に。
「あ、あの……彼女は、何者ですか?」
店の奥に隠した神棚に祈っていた所、後ろから声をかけられワタシは驚く。振り返ると店の入り口に、フード付きコートを羽織った人物が立っていた。声のトーンからして恐らく女性だろう。
ワタシは何か嫌な予感がして、最大限の警戒を店先に立つ女性に向ける。店の奥にあるクローン脳を、気づかれない様に稼働魔力で自分のそばに移動し、いざという時に魔力演算を強化出来る様にスタンバイもしながら。
(でもワタシは、タブン上手く戦う事は出来なイ)
自分には戦闘経験はまるでない。普通に生活している一般人ならほぼすべての人間がそうであろう。店先に立つ不気味な女性が、ただのワタシの勘違いで、普通のお客さんで有る事を祈る。
(でも、「彼女は何者」と言っていタ。この場合、彼女ってシーエちゃんしかいないじゃなイ)
先ほどのお客さんは明らかに男性。アルビちゃんは出ていく時には脳みその外見になっていたから性別不明。ワタシも見た目は性別不明だし、そもそも目の前にいる相手「彼女は」などと言わないだろう。
「アナタ……は?」
警戒を解かないまま、ワタシはその女性に声をかける。ついでに魔力を使ってささっと遺書も書いておく。後のシーエちゃん達のために。問題無ければ後で破棄すれば良い。
「えと……たぶん、彼女の……今走って行った、白髪の女性の友だ……知り合い、です……」
(シーエちゃんの、お友達? 記憶を失う前ノ)
なら特に問題は無い。むしろシーエちゃんは喜ぶだろう。なのに何なのだろうか、この女性から発せられる、異様なプレッシャーは。
「お、教えて下さい……私達には重要な、事なんです…教えてくれれば……」
──命までは、取りませんから。
そういって店先に立つ女性は、コートを脱いで地面に捨てた。その顔半分には、花が咲いていた。
(グーバニアン!)
グーバニアンの兵士は有機物を信仰し、肉体を変形、強化して戦う。先ほどニュースで見たのは肉を盛り付けて行った形態だったが、虫みたいになったり爬虫類みたいなったり、他の生物の特徴を取り入れるグーバニアンもいると聞く。
目の前の女性は、植物の要素を取り入れたのだろう。よく見ると手先も枝の様になっていた。ファンタジー作品でよくみるドライアドやアルラウネの様な少女。ただ本体は人型であり衣服も着ている。頭部には何かしらの機械を装着しており手元の枝を隠せばなるほど、ぱっと見はマキナヴィス人に見える。この店まで騒がれずにこれたのはそのためだろうか。
背中からはツタが伸び、店の出入り口を塞いでいる。ワタシを逃がすつもりは無いらしい。
「教えて頂ければ……」
「教えてもどうせ殺すんでショウ! ワタシ知ってるヨ! そんな奴らに、大切な友達の情報は渡せナイ!」
「友達……」
ワタシは戦闘態勢を取る。勝てる見込みは無い。でもここは踏ん張らなければ。ワタシが負けたらこのグーバニアンは恐らく、シーエちゃんの脅威になる。
今の話から恐らくシーエちゃんは過去にこのグーバニアンと何かあったのだろう。このグーバニアンの敵なのか、それともまさか仲間だったのか、色々な事情は推測できる。何にせよ、無差別に民間人を殺す狂人共に、大切な友達は近づけさせる訳にはいかない。今のシーエちゃんは記憶喪失だ。こんな狂人共と関わり合いなんか持たず、幸せに暮らすべきだ。
(見ててネ。アナタ。カドミ……)
今は亡き夫と娘を想う。戦争開始よりもはるか前、突然の事故で失った最愛の家族。途方に暮れ、生きる希望を失っていたワタシが縋りついたのは、この国の宗教だった。
『脳は最も神に近い臓器。脳以外を捨てて機械の体になれば、神に近づくことが出来る』
神に近づいてどうするのか。それは各宗派で様々だった。単に神に近づいて崇高な存在になりたい、己を高めたい、そして── 死者の住まう国、天国に、死後行きたい。
天国や地獄なんてものは、ふんわりとしか考えた事が無かった。日々の幸せの前に、死後の世界を想う事なんてワタシは全くしてなかった。でも、最愛の人たちが死んだら、考えずには、いられなくなって。
あるかどうかも解らない不確かな天国。でもそこに行ける可能性が上がるなら、ワタシは迷わずマキニトになった。体を捨て、脳だけになり、毎日祈りをささげた。生身の肉体を捨てる事には抵抗があったが、夫と娘を想えばそんなもの何の苦でもなかった。なってしまえば意外と快適で、ワタシは自分の改造を趣味に余生を暮らす事にしたのだ。
天国が、あります様に。夫と娘が、そこで幸せに暮らしてます様に。ワタシが死んだら、天国で再会出来ます様に。また、一緒に楽しく暮らせます様に。
でもあるなんて保証は無くて。あって欲しいけど、心のどこかでは、あの世なんてないんじゃないかっていう不安がぬぐえなくて。だからワタシは毎日、体を改造し、脳神教の教えに従って徳を高め、神棚にお祈りし、死後自分が天に召される様に、天国がある様に、祈った。
この話は重いのでシーエちゃん達には話してない。祈り用の神棚も店の奥に隠してある。たぶんばれてないだろう。
(ワタシは夫と娘を守れなかっタ。でも、友達くらいは、どうか守らせて……)
背中に付いたパーツ加工用の刃物を相手に向ける。店内にある銃器も装備し、ワタシは戦闘隊形を取る。マキニトの体が、今日初めて役に立つ。使うカロリーは多いが、グーバニアンに比べ、機械の体は攻撃力が高い。武器も培養液も豊富にある。今までは趣味で改造していたが、今日は違う。
シーエちゃんには不評だったが、ワタシは戦争の支援がしたくて店を武器屋に切り替えた。マキナヴィス各地で無実の人が死んでいる。取り残させる、ワタシみたいな人も沢山いると聞く。マキナヴィスの軍人を支援して、被害を抑えらえるなら……そう思って始めたのがこの武器屋だ。それも今日、報われるかもしれない。
「あの……残念ですが、教えて頂けないなら……ち、力ずくで……」
ゆっくりとした動きで植物の女性が動き出す。私は刃物の切っ先を彼女に向け
「Hey! 折角戦うなラ、お互い名乗ろうヨ! ワタシは武器商人のズンコ。ズンコ・アイン。アナタは?」
「ひっ。え、えと、わわわ私は……。詩絵美ちゃんの知り合い……。いや、ううん。友達。名前は、セセ、セロル」
植物の女性は続ける。ふうと息を吐いて、何か覚悟を決めたようにこっちを向き。
「
自信なさげに発言していた植物の女性が、名乗る時だけはハッキリと言い切る。そうか。シーエちゃんの本名はシエミちゃんっていうのか。どんな字を書くのだろう。名前が漢字で出来ているのがグーバスクロ人の特徴だ。シエミちゃんは、どっちだろうか? どちらの国にも存在する音だ。
それに対してこのセロルちゃんはハーフかな? 音を3つに区切っていた。どちらの国の苗字も入っているのだろう。カイナが向こうの苗字で、イデアがマキナヴィスの苗字だろう。グーバニアンとして戦っているのに、頭部に機械のパーツも付けている。その辺もハーフらしい特徴だ。
でも、友達か。友達なら良かった。敵じゃないなら、ワタシが負けても最悪の事態にはならないかもしれない。
でも。
だからって手は抜けない。今のシーエちゃんはシエミちゃんじゃない、シーエちゃんだ。いくら友達と言えど、無差別に民間人を殺している狂兵士の友達だったと知ったらショックを受けるだろう。そもそも、友達だからって、今のシーエちゃんをこのセロルちゃんが殺さないとも限らない。記憶を失ったシーエちゃんを、敵として平気で殺す。そんなことくらいグーバニアンは平気でやってのけそうだ。
(そもそもこんなに普通に意思疎通出来て、友達もいるってノに、何で各地で虐殺繰り返してるのかしラ)
こっちからも聞きたい事は山ほどある。でもそれを許してくれる時間はないだろう。
セロルと名乗った女性の足が地面を離れる。背中のツタで体を浮かし、一気にワタシの方に突っ込んでくる。
上等じゃないか。武器屋の店主の意地、見せてやろう。
ズンコ・アイン 人生最初で最後の決闘が、幕を開ける。
* * *
勝負は一瞬だった。
(まぁ、こんなものヨネ)
ワタシの攻撃は殆ど外れるかバリアで防がれるかして、致命傷は与えられなかった。それでもソコソコは攻撃が通り、相手の体力を消耗させられたのは良かったと思う。
(アトはこの辺にいる軍人さんが、何とかしてくれるでショウ)
ワタシの体はバラバラ。クローン脳も全部オーバーヒートして、使い物にならない。もう体を動かす魔力もあまりない。
「これで、私の勝ち、です。あの、教えてください。お願いします。詩絵美さんの事を。教えて頂ければ、い、命は奪いません」
「まさかグーバニアンからそんな慈悲のある言葉が出るとはネ! 驚き! こっちの質問に答えてくれたら、教えてあげてもいいわヨ? ホラホラ、等価交換て言うじゃナイ?」
「ひぃ! ……な、何です?」
何故この娘はワタシが喋るだけでビクつくのかしら? こっちが負けて死にかけだというのに。
しかしこのグーバニアン、多少会話が出来る様ね。シーエちゃんとの関係を聞いて、もしそれが有用な情報なら、連結脳サーバーのネットを通じてシーエちゃんに教えてあげられるかもしれない。ワタシはそのあたりを質問した。シーエちゃんとどういう関係なのかを。
しかし。
「えと、ごめんなさい。教える事は出来ません……」
だよね。
元々あまり期待はしてなかった。
敵の腕がワタシの脳に迫ってきた。ワタシが口を割らないから、ハッキングして情報を引き出すつもりだろう。記憶の読み取りは成功率が極めて低いが、万が一もある。ワタシは覚悟を決め、近くにあった鉄パイプを魔力で自分の方に引き寄せ、一気に自分の脳に突き刺した。
「え!?」
敵が驚いている。ワタシも驚いたが、脳を破壊しても思考は出来るのか。……計算とかが出来なくなってるから、部分的に故障した状態なのだろう。思考回路が生きていてよかったのやら悪かったのやら。
いずれにせよあと数秒で私の意識は失われる。死の間際にハックされないとも限らないが、先に脳を破壊したのでただでさえ低い成功率は激減するだろう。
「ごめんネ! 友達の情報は渡せない」
「あ……」
セロルと名乗った女の子は何かアワアワしている。敵なのに、不思議とかわいく見える。
「ああ、天国があると良いナー。会いたいナー」
ワタシは残った腕を天井に向かって伸ばす。もうすぐで逝ける。ワタシもそっちへ。そんな風に思ってた時、セロルちゃんが。
「あ、ありますよ! ちゃんと、あります!! ズンコさんは、会えます!! だ、誰だか私は知りませんけど……でも大丈夫です!」
そんな風に言ってワタシの手を握り、励ます。本当におかしな娘。ワタシを殺そうとしておいて。
でも、その言葉に救われちゃった。あるかどうかなんて解らない。でも人にあるって言ってもらえるだけで、あるかもしれないって信じられる。きっと宗教も、そうやって出来たんだ。みんなであるって信じあって、天国を、確かなものにしていったんだ。
「……ありがとウ」
そう言って私は視界をシャットアウトする。
じゃあね。シーエちゃん。アルビちゃん。本当に、今まで楽しかったヨ。
夫と娘を無くして孤独だったワタシに、楽しい時間をくれた。生きることが苦痛だったワタシに、その苦痛を忘れる時間をくれた。
ワタシが死んだらシーエちゃん達は悲しんでくれるかな。ちょっと期待してしまう。
シーエちゃん達を悲しませたくないけど、悲しんでくれたらチョット嬉しい。
意識が遠のいてきた。いよいよワタシの人生も終わる。悪く無い、人生だった。
アナタ、カドミ、今から行くからね。また、3人で一緒に暮らそうね。そしてシーエちゃん、アルビちゃん、天国から見守ってるから、あなた達も幸せになってね。
(シーエちゃん、もし天国があって、アナタ達も後で来たら、今度こそ一緒にお茶しようネ)
ズンコ・アイン。
彼女の一生は、こうして幕を閉じた。
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