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第29話「旅立ちの海、信じる翼」

 フィヨルズヴァルトニル級での出発に当たって、式が行われることになった。

 生徒会の格納庫。瑞穂みずほ彩花さいか浅子あさこ、アメリアとそれぞれの火器管制官WSOが整列している。

「では、我ら生徒会顧問、長谷川はせがわ 翔太しょうた一等空佐から訓示がある」

 りんがそう言うと、お立ち台に翔太が登る。

「敬礼」

 凛がお立ち台の脇から号令すると、八人は一斉に敬礼のポーズを取る。

「楽にしろ」

 翔太がそう言うと、全員一斉に安めのポーズに移行する。

「お前たちに、改めて伝えておきたい。カーティス少尉には退屈な話になると思うが、聞いて欲しい」

 そう言って、真剣な表情で翔太が話し始める。

「この国、日本は、元来『専守防衛』を国是としてきた国家だ。攻めず、ただ守る。長らく、それでよかった。それで世界と向き合えていた」

 だが——いま我々の眼前にある現実は、その理想を無傷で抱えたままでは越えられない壁だ。

 ドラゴンの出現は、単なる『脅威』という言葉では片づけられん。あれは、文明の構造そのものを破壊する厄災だ。

 すでに日本の海運は壊滅的な打撃を受けている。燃料も、食糧も、医薬品も常にギリギリの状態だ。細々と安全とされる北方航路と東シナ海航路を経由して届く物資で生き延びている状態だ」

 翔太の話は日本という国の現状を語っていた。

 ドラゴンのもたらした物資不足は日本人の貧困化を招いており、瑞穂の一家もまたその影響を受けた一家であると言えたため、強くその言葉は刺さる。

「此度のハワイの陥落は、太平洋航路を寸断した。結果、アメリカの工業力からもたらされる恩恵が完全に遮断された状態にある。あれは『前線』ではない、日本という国家の『喉元』だ。あそこを奪還できなければ、我々は息をすることすら難しくなる。

 ハワイからドラゴンが出撃するようになれば、北方航路にもドラゴンが現れるようになるだろう。そうなる前に、我々に残された選択肢はただ一つだ。

 奪還あるのみ。国家の存続をかけて」

 続く訓示はハワイ奪還の意義についてだった。瑞穂も彩花も北方航路に行ったことがある。太平洋中心近くと違い、荒波の絶えない大変な航路だ。なにより戦闘機の補給が出来る拠点が現時点では近隣になく、ドラゴンが現れた場合、対処することは難しい。

 それでもそこが使われているのは、太平洋を越えてタンカーや輸送船が安全に通るのに必要だからだ。

 そこにドラゴンが出現することが恒常化すれば、北方航路は使われなくなってしまうだろう。

「そのために、お前たちは選ばれた。若さを、才能を、理想を、その手に持ったまま、戦いの渦中へと飛び込む。

 いいか。着艦の出来ないフィヨルズヴァルトニル級から出撃する以上、『帰ってこられる保証』など、誰にもできん。あるいは、ハワイを奪還できず、そのまま燃料切れで墜落することになる恐れもある。

 この戦いは、ただの『任務』ではない。国を繋ぎ止めるための戦いだ」

 帰ってこられる保証はない。これまで目を背けていた事実に瑞穂はゴクリと唾を飲み込む。

「だが——だからこそ、覚えておけ。

 生徒会に課された至上命題はひとつ。『生き延びること』だ。

 英雄になる必要はない。誰かを救えなくとも、何かを倒せなくとも、生きて戻れ。それが、未来へ責任を果たすということだ。

 どれだけ酷い戦場であっても、死ななければ、それは敗北ではない。生きる者こそが、次の時代を創る。

 以上だ。……行ってこい。全員で、帰ってこい」

「敬礼」

 翔太を含む全員が敬礼し、終わると同時に、翔太がお立ち台を降りる。

「これにて、式を終わる。全員、輸送機に搭乗」

 八人が輸送機C−2に乗り込む。

 この輸送機はここから横田基地まで飛び、そこからは陸路となる。

「自分で飛ばすわけじゃない飛行機に乗るのってちょっともどかしい気持ちになるわよねぇ」

 と、アメリアが外を見ながら呟く。

「分かるわー。自分で飛ばしたいよね」

「まさにそう! アサコ分かってるぅ!」

 と意気投合する二人。

「二人とも、C−2なんて飛ばせないでしょ」

 その言葉に彩花がツッコミを入れる。

「えー、やってみたらきっと飛ばせるわよー」

「ね、ちょっとノロいだけで簡単に飛ばせそうよね」

 浅子とアメリアは自分で飛ばす気満々なようだ。

 それを聞きながら。

「この無謀さ、これが若さか。俺は老けたかな」

 と有輝ゆうきが呟く。

「何言ってんのー、芝田しばた二尉、まだ二十代半ばでしょ」

 その言葉に浅子が笑う。

「ねぇ、瑞穂もC−2くらい飛ばせると思うわよね?」

「え? うーん……」

 瑞穂が話に加わらずぼーっと外を見ているのに気付き、浅子は瑞穂に話を振る。

 素直に考えると無理だろう、と瑞穂は思った。

 とはいえ、それをストレートに浅子に伝えるのはあまりにつまらない回答だし、浅子も面白くないだろう、と瑞穂は思った。

 そこで瑞穂は考える。逆にどうすれば自分はC−2を飛ばせるようになるだろうか。

「あーごめん、そんな悩ませるつもりじゃ……」

「皐月」

「え?」

 たっぷりの沈黙の後、突然浅子の発言と被せて瑞穂が答えたので、浅子は思わず聞き返す。

「皐月と一緒なら、飛べると思う」

 瑞穂が改めて答える。

「あー! それいいね! 絶対皐月ならどんな航空機も安定飛行させてくれるよ!」

 浅子はその回答になるほど、と頷く。

「サツキってのはそんなにすごいの? 我が軍でも無理だったオートマニューバ飛行を実現したってのは聞いたのだけど」

「そうなんだよ! なんとね、瑞穂を旧皐月に残したまま、フィヨルズヴァルトニル級から単独発艦して、不明機と戦ったんだよ!

 それだけじゃなくてね。瑞穂が命令違反で更迭されることになった時も、勝手に私を乗せて発進して、瑞穂を救出してみせたんだよ!」

 皐月に興味を持ったらしいアメリアの問いかけに、浅子がまくし立てるように答える。

「そ、そう。随分お転婆なコンピュータみたいね」

 アメリアの想像を超えていたらしい皐月のに、アメリアは頬をかきながら応じる。

(瑞穂は皐月を信じることを選んだみたいだな)

 そんなやりとりを見ながら、有輝はそんな事を考える。

 凛の警告を聞いて、皐月を信じられなくなる、という可能性を有輝は懸念していた。

 皐月が、パイロットの自分への不信を感じれば、何かしらの対処を実施する可能性は高い。それがどの程度の対処になるのかは想像するしか無いが、凛の経験を踏まえれば、最悪の場合、自己保存の上で自爆、という可能性は否めなかった。

 なので、自分自身の安全のためにも、瑞穂が引き続き皐月を信じているらしい事実は頼もしかった。

 その一方で有輝は、どういうわけか皐月は瑞穂になついている、とも考えていたので、そもそもが杞憂である可能性もあったが。

 ともかく、四人がワイワイと喋っているのを、WSO達が眺めるというお馴染みの光景のまま、一行は横田基地まで到着し、そのまま陸路で横須賀基地へ移動。

 そこからいよいよフィヨルズヴァルトニル級に乗り込む。

 そうして、いよいよ一行は、ハワイに向かって出港するのだった。


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