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第30話「海より発つ翼」

 フィヨルズヴァルトニル級マザー・ホースでの数日間の海の旅。

 残念ながらその海の旅は快適とは言い難い旅路であった。

 本来艦載機仕様ではない戦闘機を四機も搭載する潜水空母、もしくは戦闘機ランチャー艦であるフィヨルズヴァルトニル級はそのスペースの殆どを格納庫に割かれており、生活スペースは驚くほど狭い。ただでさえ狭いのに、まだ若い女子パイロット四人に配慮し、生活スペースをさらに二つに分割したので、なおのこと狭かった。

 ハワイ近海に到着し、全員に機内待機が命じられた時には、一同やっとあの狭いスペースから開放される、という気持ちだった。

 ある意味、その気持ちは出撃前の緊張を適度に緩和してくれており、一同は若干リラックス気味の気分でいた。

「ふぅー、よし」

 有輝ゆうきが背伸びしてから、コンソールを操作、補助動力装置APUで皐月のコンピュータを立ち上げる。

「久しぶり、皐月」

【> I am happy that I am able to meet you too after such a long time, Sl.Oi.】

 モニタを撫でながら瑞穂みずほが声をかけると、皐月がコンソールに文字列を表示して応じる。

「『私も久しぶりにあえて嬉しいよ、大井おおい三尉』、とはね、相変わらず懐かれてるな」

「うん、皐月と一緒なら、きっとこの作戦も成功させられると思う」

 その表情にはゴーストラプターとの戦いの後に泣いていた瑞穂の面影はもはやない。

「私、皐月と一緒に全力で戦う。みんなを、生存させてみせる」

【> I will coop you.】

 瑞穂の宣言に、皐月が同調する。

「お前と皐月だけに頑張らせたりしない。俺も全力を尽くすよ」

 もちろん、有輝もそれに同調する。

「まもなく浮上します。浮上完了次第、皐月から順次発艦。既に海上にはワイバーンタイプツーが三匹程度飛んでいる模様。幸運を」

 緩やかな揺れの後、正面の扉が開く。

 数日振りの青空。そして、早速マザー・ホースにブレスを浴びせるワイバーンタイプ2達。

「皐月、発艦します」

 瑞穂がスロットルを一気に奥へ倒す。

 推力増強装置アフターバーナーの起動と同時に、電磁式カタパルトとロケットブースターが起動し、皐月が一気に高速で遠投される。

「追加ロケットブースター、分離パージ

 皐月からロケットブースターが切り離され、海面に落下していく。

雷よ、散らばれサンダー・スプレッド!」

 皐月はそのまま緩やかに旋回、マザー・ホース上空を飛ぶワイバーンタイプ2に向けて、機関砲から雷が放たれる。

 ワイバーンタイプ2が硬直して動きを止める。

 その隙にアメリア機トマホーク・ツーが発艦する。

「待たせたわね、ミズホ。練習通り、アサコが出撃するまでの僅かな時間は、私が二人組エレメントよ」

「うん。反転攻撃するよ、アメリア」

 トマホーク・ツーを追撃するように動き出したワイバーンタイプ2を皐月が石飛礫を放って牽制する。

「皐月の統合コンピュータより警告。ワイバーンタイプスリー匍匐飛行NOEで接近。例のハイマニューバタイプだ。数は3」

「そっち?」

 これまでの演習で想定されていたのは、ドレイクタイプが現れる可能性だった。

 かつてのフィヨルズヴァルトニル級運用試験では、例外なくドラゴンは先にフィヨルズヴァルトニル級の撃沈を優先して攻撃してきたため、増援はドレイクタイプが多かったのだ。

「さっきから、タイプ2は私を優先して狙ってくるし、こいつら、戦い方を変えたみたいね」

 アメリアがそう言いながら、機体を操作すると、トマホーク・ツーは加速しつつ急上昇。

 低空のワイバーンタイプ3から距離を取りつつ、ワイバーンタイプ2を惹きつける。

「タイプ2はこっちで惹きつける! ミズホはタイプ3を!」

「分かった! 二尉、敵は?」

「方位オーナイナーエイト。ハワイの方向だ」

了解コピー。方位オーナイナーエイト正面ヘッドオン

 皐月はワイバーンタイプ3のいる方向へ向けて旋回。

 直後、正面で紫色の光が煌めく。

【> I have control.】

 直後、皐月が自動で機動し、飛んでくる紫の熱線を回避する。

「あ、こいつ、勝手にオートマニューバモードに移行したぞ」

「でも、されなかったら撃墜されてた」

「それは否めない。しかし、なかなか射程が長いな、厄介だ」

 言っている間にも、皐月は自動で紫の熱線を回避しながらワイバーンタイプ3に接近している。

【> Return control after 10 seconds.】

 十秒後に操作権を返す、と皐月が告げる。直後。

「見えた。敵を光学で視認ヴィジュアル・コンタクト

【> You have control, Sl.Oi.】

 操作権が瑞穂に戻ってくる。攻撃せよ、ということだろう、と瑞穂は了解する。

石よストーン!」

 皐月の機関砲から石が乱射される。

 最も前を飛んでいた一体が石の直撃を受けてぐちゃぐちゃになる。

 落下を始めるその一体の上を皐月が通過し、残り二体のワイバーンタイプ3は素早く旋回、皐月の後背に付く。

「まずいぞ、こいつは皐月でも振り切れない」

「よく保たせてくれたわね。待たせたわ、相棒!」

 だが、そこに雷が放たれ、ワイバーンタイプ3が硬直する。

浅子あさこ!」

「えぇ、瑞穂!」

 皐月が急速反転ハイGターンし、後方のワイバーンタイプ3に狙いを定める。

石よストーン!」

 再び石飛礫が放たれる。

 同時、浅子の閏月からも石飛礫が放たれ、前方のワイバーンタイプ3に向けて飛び立つ。

 どちらも寸分違わずにそれぞれのワイバーンタイプ3を狙い撃ち、撃墜する。

「さらにドラゴンが接近。ドレイクタイプスリーだ。遅れてやってきたのか。数は2」

「二人でうまくやっちゃお、瑞穂」

「うん」

 皐月と閏月が並んでドレイクタイプ3の方へ機首を向ける。

 だが、ドレイクタイプ3に到達するより早く。

「もう私も発艦できたよ、瑞穂、浅子」

 並んで飛ぶ二機の右側に彩花さいかの如月、そのさらに右側にトマホーク・ツーが並ぶ。

「マザー・ホースより艦載機各機。これより本艦は潜水航行に入る。こちらの防衛は不要だ。そのままハワイに向けて進んでくれ」

了解コピー

了解ラジャー

 マザー・ホースからの通信に、四人が応じる。

「正面に無数の不明機ボギー。恐らくドラゴンだと思われるが、既に作戦を開始している味方機もいるかもしれない。アメリカの空母『セオドア・ルーズベルト』と戦術データリンクを結べるまでは攻撃せず、視認できたドラゴンだけを撃墜しつつ、ハワイに向けて一気に突入しよう」

 有輝の指示に全員が了解、と応じる。

 マザー・ホース飛行隊の隊長は皐月であり、その機長は有輝である。このため、ハワイ奪還作戦の作戦指揮を務める『セオドア・ルーズベルト』の戦闘指揮所CICと繋がるまでは、有輝が指揮する必要があった。

「全く、ただの二尉には荷が重いよ」

 などとぼやきながら、四機は一気にハワイに向けて突入していく。


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